周防の手の平に形成された氷の塊は、まるで水晶のように透明で鋭利だった
その表面は陽光を反射してきらめき、明らかに殺傷能力を持つ代物だった
「これで目覚めていただきましょう」
周防は冷静にそう言うと、氷の塊を摩緒に向けて発射した
「うわあああ!」
摩緒は咄嗟に横に飛び込んだ
氷の塊は彼の頬を掠めて飛び、屋上のフェンスに激突した
金属製のフェンスは氷の衝撃で大きく歪み、一部が完全に破損した
「やめろよ!物壊したらどうするんだ!」
摩緒は必死に抗議した
しかし、周防は困ったような表情を浮かべただけだった
「そうですね・・・ここでは周りに迷惑をかけてしまいます、場所を変えましょう」
周防は再び手をかざした・・・今度は氷ではなく、青白い光が彼女の手の平から放たれる
「転移」
その瞬間、摩緒の視界が歪んだ
世界がぐるぐると回転し、気がつくと二人は全く違う場所に立っていた
目の前には果てしなく続く砂浜と、青い海が広がっていた
人の気配は全くなく、聞こえるのは波の音だけだった
「嘘だろ・・・瞬間移動って・・・」
摩緒は膝をついた・・・常識を超えた現象に、彼の理性は限界に近づいていた
逃げ場のない状況に、恐怖が心を支配する
「安心してください・・・死にませんから」
周防は優しい口調で言ったが、摩緒にとってはまったく安心材料にならなかった
「全然安心しないよ!」
摩緒が叫んだ瞬間、周防は次の攻撃を開始した
「氷槍連射」
周防の周りに複数の氷の槍が浮かび上がった
それらは一斉に摩緒に向かって飛んでくる
摩緒は砂浜を駆け回った。氷の槍は彼の足元の砂を抉り、時には服の袖を破った
しかし、不思議なことに摩緒は全ての攻撃を躱していた
「氷壁」
周防は摩緒の逃げ道を塞ぐように氷の壁を作り出した
「氷刃乱舞」
今度は無数の氷の刃が宙を舞い、摩緒を包囲する
それでも摩緒は、まるで予知能力でもあるかのように全ての攻撃を回避し続けた
体を捻り、跳躍し、時には地面に伏せて攻撃をかわす
「信じられません・・・魔帝の記憶がないままで、私の魔法を全て躱すとは」
周防の確信は益々深まっていった・・・これほどの反射神経と直感力を持つ者は、魔帝以外にあり得ない
「くそ・・・逃げてばかりじゃ埒が明かない」
摩緒は腹を決めた・・・周防が次の魔法を準備している隙を狙い、一気に距離を詰める
「はあああ!」
父親との格闘技の練習で身につけた技を使い、摩緒は周防の懐に潜り込んだ
「っ!」
周防は驚いた!!!魔法の詠唱が中断され、氷の塊が不完全な形で崩れ落ちる
摩緒は右拳を周防の顔面に向けて放った
周防は首を反らして避けると、すかさずカウンターの左フックを繰り出す
「っ!」
摩緒は上半身を沈めてパンチを躱し、低い姿勢から周防の腹部に向けてアッパーカットを放った
周防は後ろに跳んで距離を取る
「やりますね」
周防は息を整えながら言った
摩緒の格闘技の腕前は、想像以上だった
摩緒は追撃に転じた
連続で放たれる左右のストレートを、周防は腕でガードしながら後退する
しかし摩緒の攻撃の手は止まらない
「はあ!」
摩緒は右の回し蹴りを周防の側頭部に向けて放った
周防は腕を上げてガードしたが、その威力に体が大きく揺れる
間髪入れず、摩緒は左足でローキックを仕掛けた
周防の足を狙った蹴りは見事に決まり、彼女はバランスを崩した
「今だ!」
摩緒は隙を突いて踏み込み、渾身の右ストレートを放つ
しかし周防も只者ではなかった
崩れた体勢から無理な角度で上体を反らし、ぎりぎりでパンチを避ける
そして周防の反撃が始まった
避けた勢いを利用して体を回転させ、バックハンドブローを摩緒の顔面に向けて放つ
摩緒は咄嗟にダッキングで避けると、周防の足に向けてスイープキックを仕掛けた
周防は跳躍してそれを避け、空中で摩緒に向けて蹴りを放つ
摩緒は両腕でガードしたが、周防の蹴りの威力に数歩後退した
「魔法を使わなくても、これほどとは・・・」
二人は息を荒げながら向かい合った。短時間の攻防だったが、互いの実力を認め合うには十分だった
「仕方ありませんね」
周防は大きく後ろに跳躍すると、そのまま空中に浮かび上がった
「飛行魔法からの・・・氷竜召喚」
空中で巨大な氷の竜が形成され始める
しかし、摩緒も黙ってはいなかった
「うおおおお!」
摩緒が叫ぶと、砂浜の砂、海岸に打ち上げられた流木、小石——あらゆる物体が宙に浮かび上がった
それらは竜巻のような勢いで空中の周防に向かって飛んでいく
「これは・・・物質操作魔法!」
周防は氷の盾を作って防御したが、摩緒の攻撃は執拗だった
浮かび上がった物体は次々と形を変え、まるで生きているかのように周防を追い回した
「あと少し・・・あと少しで魔帝の記憶が蘇るはず」
周防は決断した・・・魔帝が完全に蘇るか、摩緒のまま死ぬか・・・それは大きな賭けだった
「氷帝最終奥義——絶対零度」
周防の体から凄まじい冷気が放たれた
空気中の水分が瞬時に凍り、巨大な氷の嵐が摩緒を包み込む
気温は急激に下がり、砂浜の砂までもが凍りついた
「がああああああ!」
摩緒は断末魔の声を上げた
全身を氷に包まれ、息もできない状況で藻掻き苦しんだ
膝をつき、倒れそうになる
周防は息を呑んで見守った・・・もし摩緒がこのまま死んでしまったら、自分は主君を殺したことになってしまう
しかし!!!
摩緒は立ち止まった・・・氷に包まれたまま、ゆっくりと顔を上げる
その瞬間、氷が砕け散った
「誰だ・・・余の眠りを妨げたのは」
摩緒の声は低く、威圧感に満ちていた
その表情には不敵な笑みが浮かび、眼光は鋭く周防を睨んでいた
「ヒルガデント様・・・」
周防は膝をついた・・・ついに、真の魔帝が覚醒したのだ