摩緒の父親、楠木庸介の格闘技大会決勝戦前日の夜
家の裏庭では、父と息子が最後の練習を行っていた
「いくぞ、摩緒!」
庸介が構えを取った瞬間、摩緒も素早く応戦の姿勢を取った
庸介の拳が摩緒の顔面に向かって飛んだが、摩緒は首を反らして避け、すかさずカウンターの右ストレートを放つ
庸介は慌てて上体を沈めてそれを避けた
「おっ・・・」
庸介は驚きの表情を見せた
摩緒の動きが以前よりもさらに鋭くなっている
摩緒は間髪入れず左足でローキックを仕掛けた
庸介は足を上げてガードしたが、その威力に体が大きく揺れる
「はああ!」
今度は摩緒が連続で攻撃を仕掛けた
左右のストレート、アッパーカット、そして回し蹴り
その攻撃の流れは水のように滑らかで、庸介は防御に回らざるを得なかった
(なんだ、この強さは・・・)
庸介は息子の一段と向上した実力に驚愕していた
このままでは本当に負けてしまう
「うおおおお!」
庸介は本気を出した
練習のつもりが、いつの間にか本気の試合のような激しさになっていた
庸介の渾身の右フックが摩緒の顔面を掠め、続けて左のボディブローが摩緒の腹部に決まった
「がっ!」
摩緒は後退したが、すぐに体勢を立て直した
しかし、庸介の本気の攻撃は止まらない・・・
最終的に、庸介は何とか摩緒を押さえ込んで練習を終了させた
「すまん、摩緒・・・本気になってしまった」
庸介は息を荒げながら謝った
「今までの練習、本気じゃなかったの?」
摩緒は突っ込んだ
「どうしても息子相手だと、どこかでリミットがかかってしまうんだ」
庸介は言い訳をしながらも、摩緒の肩を叩いた
「しかし、身の危険を感じるほど一段と強くなってるな」
「え?そうかな?」
摩緒には自覚がなく、不思議そうに首をかしげた
・・・・・
休日、摩緒の家族は総出で庸介の試合会場に向かった
摩緒、妹の実那、そして母親の亜優子
さらに幼馴染の博輝と佐奈子も一緒に応援に来ていた
会場の出入り口で、摩緒たちは怪しい動きをする長身の女性を見かけた
サングラスをかけ、明らかに下手な変装をしている
「あ、周防先生も来てたんですね」
摩緒が声をかけると、その女性は慌てた
「人違いです!」
その女性は誤魔化そうとしたが・・・
「もうバレバレですよ・・・周防先生」
博輝が呆れたように言った
その女性は諦めてサングラスを外した
「周防先生は、摩緒の父親のファンなんですよ」
博輝が適当に説明すると、摩緒は感動し
「そうだったんですか!それなら、チョーク攻撃への怒りも収まりました!!!周防先生の授業だけは真面目に受けます!!!!」
と、宣告したら
「全ての授業ででしょう!!」
周防がむすっとした表情で突っ込んだ
・・・・・
摩緒たちが、観客席に向かう途中、博輝が周防に念話で話しかけた
『本当は、摩緒が魔帝に覚醒しないか心配で来たのでしょう?』
『・・・そうよ』
周防は肯定した
『普通の人間同士の格闘試合なら心配しなくても良いですが、緒方君も私と同じ理由で楠木君の父親の試合の応援に来たのでしょう?』
『その通りですよ』
博輝も肯定した
『“あの男”の覇気に接触しなければ良いのですが・・・』
周防は心配そうに呟いた
『俺と周防先生がいるから、いざとなったら止めれば良いでしょう』
博輝は周防を安心させようとした
『“あの男”の前世は、魔帝の配下の一人、“獣王ライハイル”という獣人タイガー族の魔物です、魔帝に次ぐ戦闘狂で無鉄砲なところがあります、前世はメスだったから止められましたが、今世は男として転生しているため、容易に止められるか未知数です』
周防の心配は深刻だった
『とにかく無事に終わることを祈りましょう』
博輝は苦笑いしながら諭した
『一言よいですか?』
周防は、少し怒気を含くみ
『何でしょうか?』
戸惑う博輝
『私は、楠木君の父親のファンでも無いし、そもそも格闘技に興味なんてありませんからね』
念を押す周防
『はいはい、了解しました・・・』
博輝は、淡々と承諾し念話を終わらせた
・・・・・
摩緒たちが観客席に座ると、会場は興奮の渦に包まれていた
司会者が会場を盛り上げ、コンパニオンがスポンサーの看板を掲げながらリングの上を練り歩いていた
会場の盛り上がりがピークに達した頃、ついに両選手が登場した
「レディース・アンド・ジェントルメン!まずは楠木庸介選手の入場です!」
庸介が歓声と共にリングに上がり、観客に向かって腕を上げた
「そして、“お姉系格闘家”柊直虎選手の入場です!」
対戦相手の柊直虎も、優雅な仕草でリングに上がった
長い髪を風になびかせ、美しい笑顔を観客に向けている
二人はレフリーの指示に従い対峙し、お互いの拳を突き合わせた
「ゴング!」
試合開始の合図と共に、両者は戦闘態勢を取った
慎重にお互いの隙を窺っている
摩緒たちは固唾を飲んで見守り、博輝と周防は冷静に二人の試合を観察していた
・・・・・
序盤は互角の白熱した戦いが続いた
庸介の重厚な攻撃と、柊直虎の華麗で技術的な攻撃が交互に繰り出される
「おお!楠木選手の右ストレート!」
「柊選手も負けじと回し蹴り!」
司会者の実況が会場を盛り上げる中、博輝と周防は少し安心していた
しかし、中盤に入ると状況が変わった
柊直虎が庸介から距離を取ったかと思うと、急に笑い出した
「あはははは!このわたくしと対等に闘える人間がいるのね!」
柊直虎の目が異様に光り始めた
その瞬間、彼の雰囲気が一変する
「いきますわよ!」
柊直虎は突然、庸介に向かって容赦ない攻撃を仕掛けた
その速度と威力は、先ほどまでとは比べ物にならなかった
「ドガッ!バキッ!」
庸介は柊直虎の攻撃を躱すのが精一杯で、反撃することができない
「おらおら、どうしたの?」
柊直虎は攻撃の手を緩めなかった
庸介は一方的に攻撃され、ついに倒れそうになった
観客席から悲鳴が上がる
レフリーも柊直虎を止めようとしたが・・・
「邪魔よ!」
柊直虎はレフリーを軽々と吹き飛ばした
『あれは獣王ライハイルに覚醒してます!』
博輝と周防は、柊直虎のバーサーカーぶりを見て、すぐに止めに入ろうとした
しかし、その時!!!
「「父さん!」」
摩緒がリングに向かって跳躍していた
その跳躍力は人間離れしており、一瞬で柊直虎の前に立ちはだかった
柊直虎の拳が摩緒に向かって飛んだが、摩緒はそれを片手で受け止めた
『しまった・・・魔帝に覚醒してしまった』
博輝と周防は驚愕した
「あら!!ボーイが、わたくしの攻撃を受けるとは驚きですわ」
柊直虎は驚きと高揚感に満ちた表情を見せた
「「これ以上、父さんを傷つけるな!!!」」
摩緒は怒りに満ちた目で柊直虎を睨んでいた
その眼光には、確かに魔帝の片鱗が宿っていた・・・
会場は静寂に包まれた
誰もが、この異常な状況に息を呑んでいた
果たして、この戦いの行方は・・・