柊直虎は摩緒のパンチを受け止められたことに興奮気味になり、不敵に笑った
「このまま、ボーイとの試合も面白そうね・・・」
柊直虎は摩緒から距離を取り、臨戦態勢を取った・・・その動きは猫科の動物のように流れるように美しく、しかし危険な雰囲気を漂わせていた
摩緒も構えを取り、柊直虎の隙を窺った
父親との練習で身につけた技術が、自然と体に染み付いている
「摩緒、やめるんだ・・・無事では済まされないぞ」
倒れている父親が弱々しく窘めた
「大丈夫だよ・・・」
摩緒は笑みを浮かべ、気合を入れて柊直虎を睨みつけた
その気迫は確かに普通の高校生のものではなかった
「ほう・・・『あの方』も転生していたのね・・・」
柊直虎は摩緒には聞こえない声で囁いた
摩緒の気迫に、かつての魔帝との対決を思い出していた
そんな時・・・
「摩緒、やめるんだ!」
博輝と周防がリングの傍まで駆けつけ、止めに入った
柊直虎は一瞬で、その二人の前世を知った
「あら・・・」
柊直虎は両手を上げて試合放棄を宣言した
「レフリーさん、妨害したことをお詫びします・・・わたくしの反則で楠木選手の優勝ということで」
レフリーは困惑しながらも、父親の優勝を宣言した
しかし、観客席は静まり返っていた・・・異常な状況に誰もが言葉を失っていたのだ
柊直虎はリングの傍にいる博輝と周防に向かって
「貴方たちの名は?」
と、聞いて来たので
「俺は、緒方博輝・・・」
「私は、周防辰美よ」
と、2人は名乗り、柊直虎は“何か”納得したかのように
「周防さんに緒方くんね」
と、呟いた後
「わたくし、“昔”のように無鉄砲ではないのよ・・・」
と、語り
そして摩緒に向かって
「ボーイ・・・近いうちに私と対戦しましょう」
柊直虎はそう言うと、リングから降り、スタッフと共に会場を去って行った
摩緒は父親を介抱し、心配そうに声をかけた
「父さん、大丈夫?」
「こんな形で優勝とは・・・」
父親は悔し涙を浮かべていた
博輝と周防は、摩緒に魔帝の覚醒が見られなかったことに安堵していた
・・・・・
次の日から、摩緒の生活は普段通りに戻った・・・早速、周防との約束を反故にした
『コツン!』
数学の授業中、摩緒の額にチョークが飛んできた
「楠木君、私がいくら“貴方の父親の格闘ファン”だとしても、授業中に寝かせるほど、甘くはありませんよ」
周防の冷たい声が教室に響いた
「うう・・・やっぱり駄目か」
摩緒は頭を抱えた
「約束したじゃない」
佐奈子が呆れたように言った
「まあ、摩緒らしいよな」
博輝は苦笑いを浮かべていた
こうして、周防の授業中のチョーク攻撃は続いた・・・摩緒が幻想の魔法をかけて眠ろうとするたびに・・・
『コツン!』『コツン!』『コツン!』
まるで射撃の名手のような正確さで、チョークが摩緒の額に命中し続けた
「周防先生、チョークの命中率100%って異常じゃないですか?」
摩緒が抗議すると・・・
『コツン!』
さらにチョークが飛んできた
「授業中に余計なことを言わない」
クラスメイトたちは、この光景を日常の風景として受け入れ始めていた
・・・・・
数日後、摩緒は一人で入院中の父親の見舞いに行った
父親は柊直虎との試合で負った怪我の治療を受けていた
「摩緒、一人で来たのか?」
「うん、母さんと実那は買い物に行ってるから」
「そうか・・・あの時は心配をかけたな」
父親は申し訳なさそうに言った
「気にしないでよ、それより、怪我の方は?」
「医者によると、あと一週間で退院できるそうだ」
二人は病室で他愛のない話をした後、摩緒は病院を後にした
・・・・・
病院からの帰り道、摩緒は河川敷を通っていた・・・夕日が川面に反射し、静かな時間が流れている
そんな時、筋肉質で如何にもやばそうな男と鉢合わせになった
「おい、ガキ・・・」
男は摩緒を呼び止めた
「俺は直虎様に所属する格闘家だ、お前が楠木庸介の息子だな?」
摩緒は既に怒りが治まっていたため、面倒を避けたかった
「すみません、急いでるので」
摩緒は足早に帰ろうとしたが、数人の男たちが現れ、摩緒の逃げ道を塞いだ
「おっと、そう簡単には帰れないぜ」
摩緒は覚悟を決め、戦闘態勢を取った
「仕方ない・・・」
格闘家も戦闘態勢を取った
「こんなガキ相手に、直虎様が真剣になられるとはな・・・その前に俺が、このガキを叩きのめしてやるぜ」
格闘家が最初の攻撃を仕掛けてきた
右ストレートが摩緒の顔面に向かって飛ぶ
摩緒は首を左に振ってそれを避け、すかさず左手でジャブを放った
格闘家は後ろに下がってそれを躱す
「チッ、素早いガキだ」
格闘家、今度は左フックを繰り出した
摩緒は上体を沈めてダッキングで避け、格闘家の懐に潜り込んだ
「そこだ!」
摩緒は右のアッパーカットを格闘家の顎に向けて放った
格闘家は慌てて顔を反らしたが、拳が顎を掠めた
「がっ!」
格闘家は怯んだが、すぐに反撃に出た
右膝蹴りを摩緒の腹部に向けて放つ
摩緒は両手でガードしながら後退した
格闘家の膝の威力は想像以上だったが、父親との練習に比べればまだ軽い
「この程度なら・・・」
摩緒は自信を持ち始めた
格闘家が右の回し蹴りを放ってきた時、摩緒は左腕でそれを受け止めながら、右手で格闘家の脇腹にボディブローを決めた
「ぐはっ!」
格闘家は大きく息を吐いた・・・摩緒の正確な打撃が効いている
「まだまだ!」
格闘家は必死に左ストレートを放ったが、摩緒はそれを右手で弾き返し、すかさず左のフックを格闘家の顔面に叩き込んだ
「ドカッ!」
格闘家の頭が大きく横に振れた・・・しかし、まだ立っている
「しつこいな・・・」
摩緒は距離を取ると、格闘家が前のめりになった瞬間を狙い、右足で顔面への前蹴りを放った
「バキッ!」
格闘家は後ろに吹き飛び、地面に倒れ込んだ
「これで良いでしょう」
摩緒は帰ろうとしたが、今度は周りの男たちが襲いかかってきた
「おい、ガキ!!!!調子に乗るなよ!!!!!」
最初の男が右拳を振り上げて摩緒に向かってきた
摩緒は左に体を捻ってそれを避け、男の脇腹に右の肘打ちを決めた
「ぐわっ!」
一人目が倒れた瞬間、二人目が後ろから摩緒に飛びかかってきた
摩緒は振り返りざまに右のバックハンドブローを放ち、男の鼻を打ち抜いた
「ぎゃあ!」
二人目も倒れる
三人目と四人目が同時に摩緒を挟み撃ちにしようとした
摩緒は低い姿勢になり、まず右の男に向かって左足でローキックを放った
男は足を取られてバランスを崩す
その隙に左の男に振り向き、右のストレートを腹部に叩き込んだ
「うぐっ!」
左の男が前のめりに倒れた瞬間、摩緒は右足を軸にして体を回転させ、左足で回し蹴りをバランスを崩した右の男の側頭部に決めた
「ドゴッ!」
最後の男も地面に崩れ落ちた
「これで、やっと帰れる・・・」
摩緒が一息ついた、その時!!!!
倒れていた男たちの身体が急に変化し始めた
筋肉が膨張し、爪が伸び、牙が生え、毛深い獣人の姿になった
「え・・・嘘だろ・・・・」
摩緒は恐怖し、逃げようとしたが震えて足が動かなかった
「流石に『獣人形態』になった俺らから、逃れる事は出来ないだろう」
獣人たちは摩緒を襲おうとした・・・摩緒は土壇場で異能力を発動させた
周りの石、木の枝、空き缶——あらゆる物が宙に浮かび、獣人たちに向かって飛んでいく。
「お!!おい!!!この世界の人間如きに魔法だと!!!!」
摩緒は獣人たちを翻弄させ、その隙に逃げようとしたが、獣人たちの超越した身体能力で追いつかれてしまった
「所詮は人間だ・・・二度と格闘技出来ない様に痛めつけてやる」
と、獣人たちが、不気味な笑みでさえずり出し
「逃げられない・・・」
摩緒は絶体絶命の危機に陥った・・・恐怖と困惑で頭が真っ白になる
その時・・・
『余が力を与えてやる・・・』
謎の声が摩緒の脳内で響いた・・・それは低く、威圧感に満ちた声だった
「この声は、一体・・・」
摩緒は“その声”に、益々困惑するのだったが・・・果たして、この危機をどう乗り越える事が出来るのだろうか?