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第10話「チグハグな魔帝と隠された真実」

魔帝化した摩緒は、獣人たちを見下ろしながら口を開いた


「余の情だ、死ぬ前に遺言くらい聞いてやろう・・・・・でなく、無闇に人に喧嘩を売らないでね」


獣人たちは困惑した


「どうした、早く余に掛かって来いよ、お前らザコに少し位のハンデをくれてやる・・・・・くだらない喧嘩はやめようね」


摩緒と魔帝の意思が混ざったチグハグな言葉に、獣人たちは恐怖しながらも戸惑っていた


「こんな奴が、魔帝様なはずではない!」


そのうち一人の獣人が叫んで飛びかかろうとした


「下手な事をするな!!!!」


炎の獣人が咎めようとした瞬間!!!


魔帝の一睨みが獣人を捉えた


「ぐあああ・・・」


その獣人は口に泡を吹かせて倒れ、気絶した


「ひっ・・・」


その様子を見た獣人たちは、摩緒が本当の魔帝だと確信し、一斉に土下座した


「お許しください!命だけは!」


しかし、魔帝は許さなかった


「さっさと殺し合いしようぜ」


もう助からないと感じた炎の獣人が、最後の賭けに出た


「俺たちを殺したら、直虎様・・・獣王ライハイル様が黙ってられないですよ!」


「獣王」というキーワードに、魔帝は興奮気味に笑い出した


「ははは!ライハイルもこの世界に転生していたのか!」


魔帝は喜び勇んで炎の獣人に向かった


「お前らザコはもう良い、今すぐにライハイルを呼び出せ!」


早く対戦したいと急かすように命令した


炎の獣人は、ひとまず命拾いと安堵したが、それでも恐怖感は消えなかった


スマホを取り出し、落としそうになりながら震える指で獣王に繋げようとした時・・・


いきなり魔帝がスマホを持つ腕を掴んだ


「ひっ!!!ゆ、許してください・・・今、ライハイル様を・・・」


腕を掴まれた、炎の獣人、真っ青になり恐怖で震え


「もう、かけなくても良いよ、ここから立ち去って下さい」


摩緒の言葉に、獣人たちは気絶した獣人を抱えて、悲鳴を上げながら一目散に逃げていったのだった


・・・・・


人間に戻ることを忘れ、獣人の姿のまま逃げ惑う彼らだったが、安全な場所まで逃げ切ると、炎の獣人が息を切らせながら言った


「ここまでくれば、あの魔帝も追って来ないだろう」


「そうですね」

他の獣人たちも納得して頷いた


「そう言えば、元の人間の姿に戻してない」

ある獣人が気づいた


「しまった!!!!」


獣人たちが慌てて周りを見ると、好奇な目で見られていることに気付いた


今更正体を隠すこともできずに開き直って


「これは見世物じゃねえ!」


周りの人に毒付きながら、そそくさと直虎の格闘ジムへと走って行った


一方、河川敷でポツンと佇む摩緒


脳内の空間では激しい言い合いが繰り広げられていた


「邪魔するな!」

「人殺しちゃだめでしょう!」

「余が何をしようと勝手だろう!」

「勝手じゃないよ!僕の身体なんだから!」

「この身体は元々余のものだ!」

「違うよ!楠木摩緒の身体だよ!」

「黙れ!ガキが生意気な!」

「ガキって言うな!君だって高校生の身体してるじゃん!」

「余は永遠不滅の魔帝だ!」

「はいはい、厨二病乙」

「厨二病だと!?この余を何だと思っている!」

「だから幻聴だって言ってるでしょ!現実を受け入れなよ!」

「幻聴ではない!余は確実に存在している!」

「存在してるなら、なんで僕の脳内にしかいないの?」

「そ、それは・・・」

「ほら、言葉に詰まった!やっぱり幻聴じゃん!」

「うるさい!とにかく余の邪魔をするな!」

「邪魔も何も、人を殺しちゃダメって常識でしょ!」


摩緒と魔帝(声だけで姿が見えない)の口喧嘩は続いていた


業を煮やした魔帝は、魔人のシルエットで摩緒の前に現れ


「もうウザい、この身体を乗っ取ってやる!!!!」


摩緒の身体を乗っ取ろうと襲いかかった


「乗っ取られて堪るか!!!!」


摩緒は、身体が奪われない様、意識を集中させ魔帝に対抗した


だが、いきなり魔帝のシルエットに鎖が巻かれ、身動きができなくなった


「この鎖は・・・あの勇者め!!!いつの間に!!!!」


魔帝は恨みを込めて呟きながら、脳内の空間から消えていった


脳内の空間から抜け、河川敷の風景が見えるようになった摩緒は、手足を動かし、自分の意思で身体が動いていることを確認して安堵した


途端にどっと疲れが出て来て、近くのベンチに座り、いつの間にか寝ていた


・・・・・


次の朝、学校で摩緒は机に伏せていた


「厨二病こじらせた・・・」


摩緒は落胆していた


「えらい落ち込んでるじゃん、どうしたんだい?」


博輝が声をかけると、摩緒は顔を上げた


「僕は、周防先生みたいに“痛い厨二病の男”になっちまった」


摩緒は嘆きながら昨日の出来事を話し始めた


「最初は、父の見舞いからの帰りの河川敷で、“お姉系格闘家”柊直虎の子分たちに絡まれて、何とか難を逃れたのは良いのだけど・・・・その後、信じられない事に、その格闘家たちが獣人に変化するわ・・・僕の脳内で魔帝と名乗る声の幻聴が聞こえるわ・・・で、最終的に、その声の主が僕を乗っ取ろうとしたら、鎖に巻かれて、勇者が〜~~と恨み事を言って、脳内から消えたんだ」


摩緒は河川敷での出来事を詳細に話した


博輝は、一切のふざけた突っ込みを入れず、真剣に摩緒の話を聞いていた


「その格闘家たちを退けた後、疲れ切ってベンチで寝てたら、そんな夢を見てしまったのでは?」


博輝が宥めると、摩緒は首を傾げた


「そうかな・・・ラノベ読むの好きだけど、厨二病になるまで読み過ぎてないのだけど」


摩緒は再び机に伏した


博輝は内心で安堵していた・・・事前に摩緒の脳内の魔帝の意思に封印を施していたのだ


しかし、同時に深刻な問題も抱えてしまった


(摩緒が魔帝であることを知ってしまった時の摩緒のメンタル・・・そして、魔帝によって摩緒の人格を失う危険性・・・)


「どうしたら良いものか・・・」


博輝は、そう囁きながら思案を巡らせていたのだった


・・・・・


昼休みになると、摩緒は周防に職員室に呼ばれた


「昨日、河川敷でトラブルにあったそうね」


周防は真剣な表情で問いかけた


「何故、その事を?」

摩緒は驚いて聞き返した


「そこの住民から、この学校の制服の子がガラの悪い男たちから暴力を受けていると、写真とともに通報のメールがありました・・・写真には楠木君が写っていたから、詳しく事の事情を聞きたいのです」


周防は説明した


「絡んで来た男たちは、父と対戦した柊直虎という格闘家に所属する者でした・・・でも、その男たちから逃げ切ることができました」


摩緒がそう答えると、周防は安堵の表情を見せた


「楠木くんが無事なら良いです・・・これ以上は聞きません」


周防は摩緒を教室に帰らせた


一人になった周防は、深刻な表情を浮かべていた


(柊直虎=獣王ライハイルが、楠木くん=魔帝ヒルガデント様に近づいた・・・これは看過できない事態だ)


周防は危機感を募らせていた・・・前世での獣王ライハイルの無鉄砲さを知っている彼女にとって、この接触は極めて危険だった


(このまま放置しておくわけにはいかない)


周防は決意を固めた


教師の業務を終わらせた後、周防は、柊直虎が経営する格闘ジムに単身で乗り込むことにした


夕暮れ時、周防は格闘ジムの前に立っていた


その表情は教師のものではなく、龍王ヒョーデルとしての厳しさを宿していた


「獣王ライハイル・・・今度こそ、あなたの暴走は止めさせてもらいます」


周防は静かに、しかし強い決意を込めて呟いた


そして、ジムの扉を開け、中に足を踏み入れるだった


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