古臭いアパートの部屋で、風呂上がりの桜井蘭菜が胡坐をかき、アタリメを肴にビールを飲んでいた
いつもなら
『今日も平穏に過ごせた〜、風呂のあとのビールは最高!』
と、豪快に飲むのだが、今日は違った
赴任した学校で、まさか自分と同じ前世の世界からの転生者たちがいた事に、最高な気分になれなかった
特に魔帝の転生者が存在した事で、自分の平穏な日々が続くのか心配で仕方がなかった
「それに、あの緒方博輝くんと、周防先生は、楠木摩緒くんが魔帝の転生者だって事知ってるのかしら」
桜井はぼやきながらビールをちびちび飲んだ
「楠木くんを観察してたら普通に高校生してて、楠木君が幻想の魔法を使って居眠りしてるのを緒方くんは、その事知ってて幼馴染してるし、周防先生は、幻想の魔法を見破ってチョーク投げて起こすし・・・本当に魔帝の転生者って事、認識してないのかしら」
桜井は黄昏ながらビールを飲み続けた
「まさか、あの二人、天然で気づいてないとか?」
「いや、待って・・・勇者が気づかないわけないでしょ」
「でも、あんなに普通に接してるし・・・」
桜井は一人でぶつぶつ呟いていた
・・・・・
このあとも、桜井はさりげなく摩緒を観察し続けようとしたが、保健室は仮病の男子生徒がごった返しで、それどころではなかった
「先生〜、なんか頭が痛いです〜」
「僕も腹痛が〜」
「俺、熱があるかも〜」
明らかに仮病の男子生徒たちが、桜井先生目当てに押し寄せていた
また、仮病して桜井先生に診てもらった男子生徒たちは、桜井のお色気話に花を咲かせていた
「桜井先生の笑顔、マジ天使!」
「あの優しい手つきで熱測ってもらった時、ドキドキした!」
「保健室が天国に思える!」
桜井の評判がうなぎ登りしていた
評判が上がるたびに、桜井は心の中で愚痴っていた
「あたしは、暇そうな時間が欲しいのよ〜〜」
「魔帝の観察したいのに、仮病男子が邪魔すぎる〜」
「大賢者だったあたしが、こんなことで悩むなんて・・・」
そんな時、廊下で博輝とばったり会った
「桜井先生、よく楠木摩緒くんの事、観察してるみたいですけど、何かあるのですか?」
博輝が質問してきた
桜井は内心で驚いた
(流石は勇者、めちゃくちゃ鋭い!)
「あら、別に楠木くんだけではないわ、今まで診察した子たちが心配だから、時間があるときに少しだけ経過を見てるだけよ」
桜井は必死に誤魔化した
「そうなんですか・・・桜井先生って凄く生徒思いなんですね」
博輝は素直に褒めて、その場を離れた
桜井は冷や汗をかいていた
(あたしが、エルフの大賢者の転生者ってバレてないよね?)
(というか、エルダ、粋すぎない?前世ではもっとこう・・・洞察力が凄かったのに)
(今世では天然系男子高校生になっちゃったの?)
保健室での仕事が終わり、ボロアパートの部屋で、スーパーの惣菜の焼き鳥を肴にビールを飲みながら、桜井は考え込んでいた
「もし、勇者と龍王にバレてしまったら、平穏な日常など送れないかもしれない・・・」
「でも、その2人だけなら、バレずにやり過ごす事は可能だけど・・・」
「魔帝の場合、バレるバレないレベルでなく覚醒したら、この世界が終わって、平穏な日常が無くなる・・・どうしたら良いのだろう」
桜井はちびちび飲みながら思考していた
「そもそも、なんで私がこんなことで悩まなきゃいけないの?」
「前世では、みんなで協力して魔帝を封印したのに・・・」
「今世では、一人で抱え込むことになるなんて・・・」
「しかも、保健室の先生の給料で、この心労・・・割に合わない」
桜井は愚痴りながらビールを続けた・・・やがて酔いが回り、桜井の思考回路がおかしくなってきた
「そうだ!楠木君を封印したら良いんだ!」
桜井は単純に考えた
「なんで今まで気づかなかったのかしら」
「封印すれば、魔帝は覚醒しない」
「覚醒しなければ、世界は平和」
「世界が平和なら、私の日常も平穏」
「完璧な解決策じゃない!」
桜井は酔いも手伝って、どんどん単純思考になっていく
「よし、決めた!」
「それなら今から、封印へレッツゴー!」
桜井は部屋着のまま立ち上がった
「楠木君の家に突撃よ〜!」
酔っ払った桜井は、摩緒の家に向かって出発した
廊下を歩きながら、桜井は鼻歌まで歌っていた
「♪封印、封印、魔帝を封印〜♪」
「♪これで平穏な日常が戻ってくる〜♪」
古臭いアパートの住人たちは、深夜に鼻歌を歌いながら出かける桜井を見て、首を傾げていた
「桜井さん、大丈夫かしら・・・」
「最近、お疲れなのかしらね」
酔っぱらいの桜井は、地面に落ちている“立派そうな木の枝”を持ち、摩緒の家まで、月夜の上空を飛翔するのであった