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第22話「保健室の先生の憂鬱と酔っ払い突撃」

古臭いアパートの部屋で、風呂上がりの桜井蘭菜が胡坐をかき、アタリメを肴にビールを飲んでいた


いつもなら


『今日も平穏に過ごせた〜、風呂のあとのビールは最高!』


と、豪快に飲むのだが、今日は違った


赴任した学校で、まさか自分と同じ前世の世界からの転生者たちがいた事に、最高な気分になれなかった


特に魔帝の転生者が存在した事で、自分の平穏な日々が続くのか心配で仕方がなかった


「それに、あの緒方博輝くんと、周防先生は、楠木摩緒くんが魔帝の転生者だって事知ってるのかしら」


桜井はぼやきながらビールをちびちび飲んだ


「楠木くんを観察してたら普通に高校生してて、楠木君が幻想の魔法を使って居眠りしてるのを緒方くんは、その事知ってて幼馴染してるし、周防先生は、幻想の魔法を見破ってチョーク投げて起こすし・・・本当に魔帝の転生者って事、認識してないのかしら」


桜井は黄昏ながらビールを飲み続けた


「まさか、あの二人、天然で気づいてないとか?」

「いや、待って・・・勇者が気づかないわけないでしょ」

「でも、あんなに普通に接してるし・・・」


桜井は一人でぶつぶつ呟いていた


・・・・・


このあとも、桜井はさりげなく摩緒を観察し続けようとしたが、保健室は仮病の男子生徒がごった返しで、それどころではなかった


「先生〜、なんか頭が痛いです〜」

「僕も腹痛が〜」

「俺、熱があるかも〜」


明らかに仮病の男子生徒たちが、桜井先生目当てに押し寄せていた


また、仮病して桜井先生に診てもらった男子生徒たちは、桜井のお色気話に花を咲かせていた


「桜井先生の笑顔、マジ天使!」

「あの優しい手つきで熱測ってもらった時、ドキドキした!」

「保健室が天国に思える!」


桜井の評判がうなぎ登りしていた


評判が上がるたびに、桜井は心の中で愚痴っていた


「あたしは、暇そうな時間が欲しいのよ〜〜」

「魔帝の観察したいのに、仮病男子が邪魔すぎる〜」

「大賢者だったあたしが、こんなことで悩むなんて・・・」


そんな時、廊下で博輝とばったり会った


「桜井先生、よく楠木摩緒くんの事、観察してるみたいですけど、何かあるのですか?」

博輝が質問してきた


桜井は内心で驚いた

(流石は勇者、めちゃくちゃ鋭い!)


「あら、別に楠木くんだけではないわ、今まで診察した子たちが心配だから、時間があるときに少しだけ経過を見てるだけよ」


桜井は必死に誤魔化した


「そうなんですか・・・桜井先生って凄く生徒思いなんですね」

博輝は素直に褒めて、その場を離れた


桜井は冷や汗をかいていた


(あたしが、エルフの大賢者の転生者ってバレてないよね?)

(というか、エルダ、粋すぎない?前世ではもっとこう・・・洞察力が凄かったのに)

(今世では天然系男子高校生になっちゃったの?)


保健室での仕事が終わり、ボロアパートの部屋で、スーパーの惣菜の焼き鳥を肴にビールを飲みながら、桜井は考え込んでいた


「もし、勇者と龍王にバレてしまったら、平穏な日常など送れないかもしれない・・・」

「でも、その2人だけなら、バレずにやり過ごす事は可能だけど・・・」

「魔帝の場合、バレるバレないレベルでなく覚醒したら、この世界が終わって、平穏な日常が無くなる・・・どうしたら良いのだろう」


桜井はちびちび飲みながら思考していた


「そもそも、なんで私がこんなことで悩まなきゃいけないの?」

「前世では、みんなで協力して魔帝を封印したのに・・・」

「今世では、一人で抱え込むことになるなんて・・・」

「しかも、保健室の先生の給料で、この心労・・・割に合わない」


桜井は愚痴りながらビールを続けた・・・やがて酔いが回り、桜井の思考回路がおかしくなってきた


「そうだ!楠木君を封印したら良いんだ!」


桜井は単純に考えた


「なんで今まで気づかなかったのかしら」

「封印すれば、魔帝は覚醒しない」

「覚醒しなければ、世界は平和」

「世界が平和なら、私の日常も平穏」

「完璧な解決策じゃない!」


桜井は酔いも手伝って、どんどん単純思考になっていく


「よし、決めた!」

「それなら今から、封印へレッツゴー!」


桜井は部屋着のまま立ち上がった


「楠木君の家に突撃よ〜!」


酔っ払った桜井は、摩緒の家に向かって出発した


廊下を歩きながら、桜井は鼻歌まで歌っていた


「♪封印、封印、魔帝を封印〜♪」

「♪これで平穏な日常が戻ってくる〜♪」


古臭いアパートの住人たちは、深夜に鼻歌を歌いながら出かける桜井を見て、首を傾げていた


「桜井さん、大丈夫かしら・・・」

「最近、お疲れなのかしらね」


酔っぱらいの桜井は、地面に落ちている“立派そうな木の枝”を持ち、摩緒の家まで、月夜の上空を飛翔するのであった


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