「鑑定……人や物品の詳細を確認するためのスキルですか?」
「そうそう。定番だからってわけじゃないけど、便利だろ?」
「否定はしませんが……」
「ステータスなんかがあるかは分からないけど、名前とか特徴が分かるだけでも、違うと思うんだ」
「まあ、そうですね……」
珍しくぐいぐい行く俺に、エクスは難しい顔をする。
もしかして、そういうの無いパターン?
「この世界のことはなんにも知らないわけだし、あるなら取っておきたいんだけど……」
トーンダウンする俺に対し、エクスは営業スマイルに失敗する。
「それは、いわゆるアカシックレコードに接続しなければならないので……」
「無いのか?」
「あります」
「あるの!?」
「ですが、高いです」
「そっかー」
まあ、それもある意味で想定の範囲内。
強いスキルはコストも高い。当然と言えば、当然の話だ。
「ちなみに、石何個よ」
「《初級鑑定》だけでも石2万個必要です。《中級鑑定》は追加で倍の4万個必要なので、なにもできなくなりますね」
さらに、《上級鑑定》は追加で石8万個だと。鑑定シリーズコンプするには、総計石14万個だ。配布石を超えちゃったじゃねえか。
ゲームで言うと、《上級鑑定》は初期取得不可なスキルなんだな。
「うへえ」
思わず、変な声が出た。中級まで行く段階で、《水行師》より高い。もったいないことをした。
「この情報、最初に聞いておけば……」
「先に《水行師》を勧めていなかったら、全力で鑑定にぶっぱしてましたね!?」
「HAHAHA、そんなわけ――」
「――ありますね?」
「ありえた未来だなぁ」
だけど、そうはならなかった。ならなかったんだよ、エクス。
「だから、この話はここで終わりだ」
「警戒レベルを一段階上げておきます」
えー?
子供の無駄遣いを注意する親みたいな反応、ちょっと傷つくんだけど?
「妥当な処置です。まったく、オーナーはエクスがいないとダメダメなんですから。ウフフ……」
「急にヤンデレっぽいリアクションやめろぉ!」
黒歴史.txtの存在を知るヤンデレとか、悪夢以外のなにものでもなさ過ぎません?
「ちなみに、鑑定シリーズなんだが、地球では――」
「使えますよ」
「マジで?」
そうだったらいいなとは思ってたけど、あっさりと肯定されるとは思わなかった。
俺の中で、鑑定が赤マル急上昇だ。
「もちろん、地球で使えるのは《水行師》も同じです」
「取ろう」
あっちで水を作れても保険会社のオプにでもならない限り役立ちそうにないが、鑑定は違う。
フリマとか骨董市で、一攫千金のビッグウェーブが発生じゃん。いい仕事してるかどうかは分からなくても、金額は丸裸だ。詐欺にも遭わない。これは大きい。
「取ろう、鑑定」
「さっき、財布の紐を締めるって言ったばかりではないですか」
「お願い。初級だけでも構わないから」
「オーナーが即断即決すると、逆にちょっと怖いのですが」
「あるとないとじゃ、全然違うって。絶対に、役に立つから。このカシオミニを賭けてもいい」
「タブレットにカシオミニを与えて、どうするつもりですか!?」
欲しい。鑑定欲しい。
「《ホームアプリ》の実行に必要な石を考えると、きつきつになりますよ?」
「稼げばいいんだろ? 生涯年収稼ぐためだよ、ほんとだよ」
「もー、分かりました。今回だけですよ?」
そう承諾したエクスの笑顔が、妙にまぶしかった。
「……エクスが、俺をダメ人間にしようとする圧が強い」
タブレット相手になにをやっているんだろうね?
それはともかく、俺の強い要望に押される形で、速やかに《初級鑑定》はインストールされた。
これで、残り石9500個か。1万切ると、《ホームアプリ》で往復できないこともあり、結構な焦燥感を憶える。財布に札が入っていないのに近い感覚だ。
でも、これは必要な出費なんだ。配布石で余裕があるうちに、取っておかなくちゃいけないスキルなんだ。
「はい。インストール完了しました。どうやら、エクスのカメラを通して確認することで、ステータスを知ることができるようですね」
「なんで、それだけマジモンのアプリっぽい挙動なんだ」
カメラで読みこんだISBNから、通販サイトの中古の値段を調べるアプリとかあった気がする。
苦笑しつつ、試しに自分の財布でも鑑定をしようとした――ところ。
「オーナー、外に人影が現れました」
「え?」
鑑定に気を取られている間に、森を抜けて人影がふたつ出現した。
しかし、どちらも普通ではない。
「女の人にケモミミと尻尾が……。おいおい、これは……」
息が切れたためか、ちょうど俺の足下で立ち止まった白い美女。上空からなので顔はよく見えないが、服装とか全体の雰囲気で女性だと分かる。
でも、正直なところそれは大したことではない。
それよりもなによりも、彼女は忍者刀のような武器を逆手に構え、ケモミミと尻尾を生やしていた。しかも、肌も髪も白い。アルビノを彷彿とさせる。
めっちゃ、異世界だ……。
「ニンジャなのにですか?」
「そりゃ、ニンジャぐらいいるだろ。異世界だもの」
俺とエクスが言い合っている間に、ケモミミくノ一さんがクナイを投擲した。
だが、それはあまりにも非力。
分厚い筋肉の前に、虚しく弾かれてしまった。牽制にもならない。
「えええ……。普通、ここはゴブリンとか狼が相手なんじゃねえの?」
相対しているのは、俺と彼女の身長をあわせても、なお届かない巨躯。
レザーアーマーがはち切れそうなほど隆々とした筋肉で全身が覆われ、手にしたグレートソードは彼女の胴回りよりも太い。
そして、頭頂部に生える二本の角は長く、凶悪そのもの。
鬼。
いわゆる、オーガに違いなかった。
ファンタジーの常識だと中レベルの脅威って感じだが、実物の説得力は桁違いだ。安全地帯にいても、トラックには感じなかった死の恐怖を憶える。
「死ぬ覚悟はできたようだなぁ、嬢ちゃん」
「戯れ言を。
「その意気や良し……ってやつだな。いいぜ、せめて末期の祈りを捧げる時間ぐらいは待ってやる」
カカカと笑いながら、オーガはグレートソードを軽々と操って自らの肩をとんとんと叩く。
一方、ケモミミくノ一さんは気丈に振る舞っているが、忍者刀の先は微妙に震えていた。
「どっちが有利かなんて……」
「……言葉にするまでもありませんね」
俺へ向けられた物ではないのに、オーガから発せられる威圧感に喉が渇く。
「エクス……。鑑定って、ここからでもできる?」
「……見えはしても別次元になるため、エラーが出てしまいました」
しゃーなしか。
「まだ、《セーフティゾーン》の持続時間はあります。このままやり過ごしますか?」
「いや。助ける」
その言葉は、意外なほどするりと俺の中から出ていった。
そうか。助けたかったのか、俺は。
「不意打ちをしよう」
積極的な俺の言葉に、エクスは驚きの表情を浮かべてフリーズした。
気持ちは分かる。俺だって、できればやりたくはない。
「あのオーガは、俺たちに気付いてない。見殺しにするのは気分が悪い。初遭遇の現地人に恩を売れるチャンス。配布石も残ってる。攻撃手段もある」
あえて利点だけを、思いつくままに上げていく。こんな詭弁がエクスに通じるとは思わなかったが、その上で、俺の希望を汲んでくれる。
そんな確信めいた期待があった。
「高い強度で《渦動の障壁》を使用してください。それが、最低限の条件です」
「やったぜ」
さすがエクス。話が分かる。
「確かに、初めてはいつか訪れるものですが……って、オーナーといえどセクハラは許しませんよ、セクハラは」
「なにも言ってないよなっ」
それで緊張がほぐれたわけではないが、変な気負いがなくなったのも確か。
まあ、エクスが狙ったわけではないだろうが。というか、狙ってたら許さん。
「下は……まだ、にらみ合ってるな」
「今のうちに、《渦動の障壁》を実行します」
「よろしく」
「とりあえず、上限の石300個使って25%の強化をしておきますね」
「ちょっ」
使いすぎだろと抗議しかけたところ、ばしゃっと水音がした。
次の瞬間、俺とエクスは水でできたシャボン玉の中にいた。壁という雰囲気は、あまりない。動きに応じて変化し、少し歩いてみたが邪魔にはならない。
渦動というだけあって表面の水は渦のように動いており、巨大な地球儀の中にいるようだった。
「今さらだけど、エクスは濡れるとマズい?」
「問題ありません。《水行師》のスキルを購入した時点で、完全防水になっていますので」
……もしかして、それもあって《水行師》を?
うん。俺のためだけってわけじゃなくて安心した。タブレットが水没したら致命的だもんなって、今はそれどころじゃない。
「作戦はどうします?」
「決まってる。出たとこ勝負だ」
目の前で誰かが危機に陥っているのに、これ以上、悠長にしている余裕はない。
「仰せのままに、オーナー」
エクスが、華麗に一礼。
「では、《セーフティゾーン》をタスクキルします」
同時に訪れる浮遊感。
突然現れた水を纏ったアラフォーに、ケモミミくノ一さんとオーガがフリーズした気配がする。
その間隙を縫って、俺は異世界での小さな。けれど、重大な一歩を改めて踏み出した。