滝の裏側。
巧妙に隠された入り口から分かれ道がいくつもある洞窟を抜けると、頭上に青い空。目の前には、岩山をくりぬいて作った家や、洞窟の入口が半円状に広がっていた。
家を建ててるんじゃなくて、洞窟に住んでるっぽい?
「はあ……。これはすげえ……」
「ドワーフほど本格的ではないから、そんなに感心されると恥ずかしいのだけれど……。やっぱり、
「ええ。一応、外国には、こういう場所もあるらしいですけど」
「トルコのカッパドキアですね」
エクスのフォローに、そうだったとうなずく。
でも、正直上の空。
滝の裏側からのこの光景。ある意味、ケモミミくノ一以上のインパクトに、俺のファンタジー脳は完全に魅了状態になっていた。
「いい……」
オタクの八割は、こういうの好きだからね。残りの二割は、大好きだからね。そして、俺はそのどちらでもない。
超大好き。
「なんだか、オーナーが恍惚としてるので、写真を撮っておきますね」
できる電子の妖精だぜ。
地球へ帰ったら、エクスの名前で異世界の写真を貼るだけのSNSアカウントでも作ろうかな。
しかし、長く浸っているわけにもいかなかった。
「カイラ様だ!」
「おかえりなさい、カイラ様!」
ちっちゃなケモミミ少年少女たちが、わらわらと駆け寄ってくる。
もちろん、俺たちではなくカイラさんに。
上忍相当のカイラさんが、どれだけ慕われているのか一目で分かる光景だが……。
「これは……」
「なかなかすごいプレッシャーですね……」
デフォの巫女衣装のエクスが引き気味になっているが、まったく同感だった。たぶん100人まではいないだろうが、二クラス分ぐらいの子供たちに囲まれると身動きが取れなくなる。
しかも、二階とか三階とかの高さがある洞窟から飛び下りて駆け寄ってくるものだから、唖然として逃げるタイミングを失ってしまった。
「ええ、ただいま。みんな、ちゃんと修業していたかしら?」
「私はしてたよ! でも、ティツィはちゃんとしてなかった」
「ウソつくなよ! 俺も、ちゃんと的当てやっただろ!」
「知ってるもん。走り込み、途中でさぼってたでしょ」
「はぁ? そんなこと――」
「してたでしょ?」
「うっせーな」
生意気そうな犬系ケモミミ少年が、おませな猫系ケモミミ少女にやり込められている。
甘酸っぱい。
しまってくれんか。アラフォーには、まぶしすぎる……。
とか思ってたら、矛先が微妙にこっちへ向いてきた。
「ねえ、カイラ様、なんでその
「こら、
「
「失礼なこと言わないの」
いや、事実だと思いますよ。
「だから、手をつないでるのー?」
「え?」
「は?」
言われて気付く。というか、思い出す。
滝の裏の道で迷わないようにと手を取ってもらい、目の前の光景に感動してそのままになっていたことを。
エクス! 気付いてて黙ってたな?
「ふふふ。わざわざ指摘するのは野暮というものですよ、オーナー」
エクスの言葉の途中で、俺とカイラさんは弾かれたように手を離した。
どうするよこれと、ケモミミくノ一さんを見れば、白い肌を真っ赤にして、口笛を吹こうとして失敗している。
尻尾は垂れ、逆に耳はぴんと立っていた。
かわいい。
けど、それで、俺は逆に冷静になれた。
「これはね、手をつないでいたんじゃないんだ」
「ウソだー?」
信じられないのは分かる。
共感してみせつつ、馬系ケモミミ少女に諭すようにして言った。
「これは、迷わないようにしてもらっただけなんだ。お姉ちゃんが弟の手を引くのと同じなんだよ?」
「えー? 大人なのに?」
うん。正論だ。
「でもね、大きくなったからって、自動的に大人になるわけじゃないんだ。人はそんな簡単に変わらないし、成長もしないんだよ?」
ソースは俺。
「オーナー、子供に現実見せるの止めましょう!?」
「わっ。妖精さん?」
「初めまして。エクスはいわば電子の妖精といったところでしょうか」
「妖精? 初めて見たぞ!」
「捕まえろ!」
「こら! あなたたち、いい加減にしなさい!」
カイラさんの一喝で、蜘蛛の子を散らすように離れていった。
だが、子供たちに怖がっている様子はない。
これもひとつのアトラクションのようだ。
「まったく……。ごめんなさいね。まさか、こんなことになるなんて」
「まあ、子供は元気なほうがいいですよ」
と、軽くフォローしたところで、ぴろんっと、また通知音が鳴った。
「また実績解除? なにもしてないよな?」
「そうですね……。いえ、一応、やったことはやったようです」
エクスが俺の肩へと移動し、一緒に画面を見る。
先ほど怒られた子供たちも、磁石に集まる砂鉄みたいに寄ってきた。
そんな中でメッセージを読んだ俺は、またしてもフリーズしてしまった。
「……交流ボーナスのお知らせ?」
メッセージアプリには、こう書かれていた。
『異世界コミュニケーションの実績解除、おめでとうございます。
合計で三人以上の現地人と交流を持ったことで、実績が解除されました。
つきましては、実績解除特典アイテムをお贈りさせていただきました。
内容は、ホールディングバッグからご確認ください。
[ホールディングバッグアプリの起動はこちらから]
それでは、今後ともよろしくお願いいたします。』
相変わらずのビジネス文章。
これ、神様もアプリゲーの運営みたいでウケるとか思いながら送ってるんじゃないだろうか。
「そういや、初戦闘と交流の順番逆になったら、どうなったんだろ?」
「戦闘してからでないと、もらえないとかでしょうか?」
「この運営、戦闘させたがり過ぎる」
どんだけモンスターを倒させたいんだと思いつつ、《ホールディングバッグ》のアプリを起動してもらい、グリッドで区切られた表示領域から「New!」と書かれているアイコンを見る。
まあ、他に《雷切》しかないからなくても分かるんだけど……このアイコンは岩……じゃないな。シュークリームか?
いつもの癖でなにげなくアイコンを長押しすると、アイテムの名称と簡単な説明がポップアップしてきた。
って、ええ……?
「無限シュークリーム……だと……?」
「ものすごく、頭悪そうなアイテムですねぇ……」
・無限シュークリーム
シュークリームをその手に。
品質はコンビニ相当。一日100個まで。
「糖尿病養成アイテムかな?」
無限と言いつつ100個までなのは、調整が入った匂いがする。こういうガバガバなの、嫌いじゃない。
宇宙が、栗まんじゅうじゃなくてシュークリームで飽和しても困るしな。
「ミナギくん。つまり、どういうことなのかしら?」
「こっちの人と交流した功績で、お菓子をもらいました」
「はあ……。はあ……?」
これって要するに、シュークリーム配ってもっと仲良くなろうってことだよな?
「というわけで、ひとつどうぞ」
「はい、エクスが実行します」
ホログラムのエクスがシュークリームのアイコンをダブルタップすると、俺の手の中にシュークリームが出現した。
傍目には、俺がシュークリームを召喚したように見えるかもしれない。エロゲの主人公のようだ。
まあ、鞄に手を突っ込んでいきなりシュークリームを出すよりはましだろう。
「ええと、いただきます?」
断るのは悪いと思ったのか。戸惑いながらも、カイラさんはシュークリームを手に取って、小さくかじる。
「あわっ。あ、甘いわね……」
反対側からクリームが飛び出してびっくりしたカイラさんは、次の瞬間味にもびっくりすることになる。
「蜂蜜の比ではないわ……。こんなに美味しいものがあるなんて……」
驚いたときと同じように耳はぴんとして、その代わりに尻尾はふぁっさふぁっさと揺れている。
なんだろう? なんだか、お腹いっぱいだ。
「せっかくなので、オーナーも食べましょう」
「もう喰ったさ。腹ァいっぱいだ……」
「昨日から、なんにも食べてないじゃないですか!」
ナース服に替わったエクスが、勝手に俺の手にシュークリームを召喚した。
「まあ、そこまで言うなら喰うけどさ」
実は、シュークリームはひっくり返して食べるとクリームが飛び出さないんだぜと、どうでもいいことを考えながら一口。
……うん。シュークリームだ。普通のシュークリームだ。
「エナドリが欲しくなるな……」
「合法ドラッグをキメるの止めましょう?」
「おいしいの?」
さっきのおませな猫系ケモミミ少女が、物欲しそうに上目遣いで見ていた。
「オーナー……」
「予想すべきだったよな……」
猫系ケモミミ少女だけじゃない。
獣系少年少女すべての視線が、俺へと集まっている。
普通に怖い。
ええいっ、どうせただなんだ。
「カイラさん、これみんなに配っても?」
「食べていいの!?」
「やったー!」
「そんな悪いわ」
「えー?」
「ダメなの……?」
俺へと向いていた獣系少年少女の圧がカイラさんへと向かい――勝敗は、あっさりと決した。
「ダメではないのよ。でも、私は、あの件を報告しなければならなくて……」
「あー、そうですね。はい」
オーガが地下から攻めてきているという件か。それは重要だ。
「その後なら――」
「えー!」
「やだー!」
「行ってください」
「でも……」
「ここは、俺に任せて」
「オーナーにだけいい顔はさせませんよ」
「エクス……。おまえ……」
「そう……。なら、任せるわね」
異常な雰囲気の子供たちと俺たちに押され、カイラさんは岩山をくりぬかれた洞窟のひとつに入っていく。
……さて。
ここは俺に任せて先に行けをやった以上、俺たちの戦いはまだ始まったばかりだぜ。
「はい! 一列に並ぶ!」
「数はありますからね! ただし、一人一個だけですよ!」
「わー!」
シノビ……
まあ、無理だよね。
「はーやーくー!」
「あまいの食べたい!」
「食べたい!!」
最後尾プレートとか作ったほうがいいんじゃないかという最大手っぷり。
「順番です、順番! 横入りしたり、ケンカしたり、誰かを泣かせたら、その場で終わりにしますからね!」
「これ、収拾つくのかな?」
控えめに言っても、ここは戦場だった。