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07.シノビの里

 カイラさんが、ニンジャらしく腕を組みながら下半身だけ激しく動いている……などということはなく、早足ではあるが常識的な範囲のスピードで森の中を進んでいた。


 ファンタジーっぽさには欠けるが、俺には優しい。なにしろ、鞄を持ってタブレットを抱えながら追いかけなくてはならないのだ。

 そんな俺が、なんとかついていける速度で移動している……ってことは、おや?


 俺、なんで速さが足りてるんだ?


「ミナギくんは魔術師のようだけど、かなりの健脚ね」

「たぶん、エクスのお陰ですね」


 こっちの様子を確認するように立ち止まったカイラさんに、俺は曖昧な答えを返した。仕方がない。俺も、完全には把握していないのだ。


「それは、移動速度を早くする呪文を使ったということなのかしら?」

「呪文? いやいや。そんなの使えませんよ」

「では、魔道書が魔術師の強化を行ったのかしら? 意思ある魔道書は噂程度の知識しかないけれど、魔道書自身が術者のために呪文スペルを唱えるだなんて聞いたことがないのだけれど」


 驚いているカイラさんには悪いけど、俺はそんな大層なもんじゃない。魔術師じゃなくて《水行師》だと言いたいわけではなく、すごいのはエクスだという意味で。


「エクスも、魔道書というわけではありませんし。というか、電子書籍リーダー以下の存在と一緒にされたくはありません。魔道書なんて、正気度が減るだけで大して役に立たないではありませんか」

「うんうん。タブレットがすごいのは、お世話になってる俺が分かってるから」


 と、カイラさんにはよく分からないことを言うエクスをいさめつつ、歩みを止めることなく俺は説明……というか推測を口にする。


「《レストアヘルス》というスキルで、体力そのものが上がったみたいです。そうじゃなきゃ、夜勤明けのIT土方が、こんなに動けるはずないし」

「やはり、健康が保たれていないとクォリティ・オブ・ライフは高くならないですから」


 俺の推測を、ツインテールナース服のエクスが肯定した。


 健康になるため金を使うのなんてもったいないと思ったが、今では効果を実感している。

 元の状態だったら、速さが足りずに10分ぐらいで死んでたわ。


 異世界は体が資本だなぁ……。


「要するに、俺じゃなくて全部エクスのお陰ということで」

「ふふっ。マスターはエクスがいないとダメなんですから……」

「思い出したようにヤンデレムーブするの、止めよう?」


 そんな気の抜ける会話をしていると、カイラさんが足を止めて俺たちのことを赤い瞳でじっと見つめていた。

 美人に見られると、緊張する……。


「えっと、なにか変なことを言ってましたか?」

「いえ……。意味はよく分からなかったけれど、丁々発止のやり取りが面白くて。私は、すぐに影人シャドウから暗狩アンブラに上がって、今は黒喰エクリプスにまでなってしまったものだから、そんな相手もいなくて……」

「そこ詳しく」


 ほう。ほうほうほう。影人シャドウ暗狩アンブラ黒喰エクリプスときたか。

 ニンジャっぽいうえに中二精神に溢れた階級まであるとか、最高では?


「え? 詳しく?」


 だけど、カイラさんが耳をぺたんとしてしまった。あれ? まずった?


「オーナー? そっちなんですか?」

「え? 駄目だった? やっぱ、一族の掟的なのが――」

「もちろん、年の近い子もいたのよ。でも、ほとんど嫁入りしたり、子供が産まれたりね? そうなると、こうやって外に出てモンスターを狩ったりする私とは生活リズムとか優先順位が違ってしまうでしょう?」


 早口で言うカイラさんに、俺はようやく失敗を悟った。


「あの……。俺が聞きたかったのは、影人シャドウとか暗狩アンブラとか黒喰エクリプスについてなんですが……」

「……きゅう」


 カイラさんは白い肌を桃色に染め、顔を押さえてその場にしゃがみ込んでしまった。白い髪まで羞恥に染まっているように見える。


 なんだこの可愛い生き物。


「愛でてる場合じゃないですよ、オーナー。どうするんですか、この大惨事」

「……やっぱ、俺がどうにかしないとダメ?」

「当然です」


 基本の巫女衣装で、ツインテールのエクスがぷんぷんと頬をふくらます。


 ……よし。


「カイラさん。良ければ、知識のすり合わせをしたいと思うんですが、どうでしょう?」


 見なかったことにしよう。

 何事もなかったかのように行われた俺の提案に、カイラさんは尻尾をぴくりと動かし、耳をピンと立てた。


 そして、同じく何事もなかったかのように立ち上がった。


「ええ……。ちょっと、エクスが想定していた展開と違うんですけど?」


 現実って、そんなもんだよ?


「そうね……。ここまでくれば、もうオーガと遭遇することはないでしょうし」

「オーガと言えば、地下の住人だから、その辺の地面からぽこんって現れたりはしないんですか?」

「里に着く前に、説明をしておいたほうがいいわね」

「お互いに、ですね」

「ええ。私も、確認したいことがあるわ」


 情報交換は重要。古事記に書いてあるかどうかは知らないが、社会人の常識だ。でも、社会人の常識は世間の非常識だったりすることもあるので油断できない。


 俺は去年の夏休みを冬に消化したしね。できない年もある。


「オーガだけれど、土竜ではないのだから、そんなことはないわよ。オーガの地上侵攻は、いくつもの部族が共同で行う一大事業よ」


 ヴァイキングとか、ゲルマンの大移動をイメージしたほうがあってるのかな。


「つまり、きちんとした侵攻ルートがあると」

「ええ。斥候と出くわしたのは、山に囲まれた谷にある打ち棄てられた神殿よ」

「ということは、その神殿の中に、地下とのトンネルがあるのか……」


 カイラさんが、こくりとうなずいた。


 オープンワールドゲーだったら、なにも知らずにふらふら入っていきそうだ。

 そして、一度は操作ミスで穴に落ちて死ぬやつ。


「それで、ミナギくんとエクスさんは、勇者アインヘリアルということでいいのよね?」


 オーガの話を打ち切って、今度はカイラさんが質問というか確認してくる。

 でも、俺にも答えようがないんだよなぁ。


「複数のスキルを自在に操っているのに、そうじゃないと言われたら逆にびっくりするのだけれど」

「そもそも、勇者アインヘリアルとは?」


 定義を求める俺へ、カイラさんは木を背にして考え込む。理知的な雰囲気が醸し出され、とても似合っていた。


「そうね……。魔が世界に満ちる時にここではないどこから現れ、強大な力を振るう者……かしら。かつては、客人まろうどと呼ばれることもあったらしいわね」


 魔が世界に満ちる時なのかは判断つかないが、ここではないどこかから現れたのは事実。


 そして、強大な力は……比較対象がないのでよく分からない。まあ、カイラさんがそう感じたのなら、そうなんだろう。


「条件を満たしているような気もしますけど……エクス。神様からは、なんかなかったのか?」

「いえ。最初に石をたくさん配るので、あとは流れでお願いしますとしか」

「その辺は、自分で調べていけってことなのか……。まあ、ひのきのぼうで魔王討伐させようとする王様より優しくはあるが」


 俺は会ってないけど神様からメッセージも来てるし、とりあえず、勇者アインへリアルってことでいいか。自分から名乗ることはないけど。


「そうなると、むしろ俺のほうがエクスのお供だろ? だから、勇者アインへリアルはこのタブレットになると思うな」

「もう、なにを言うんですか、オーナー。エクスたちは一心同体の比翼の鳥ではありませんか」

「比翼の鳥って、あれ実質別人だろ!?」

「やはり、魔道書ではないのね。てっきり、魔術師の勇者アインへリアルだとおもっていたのだけれど」


 それもう、勇者なのか魔術師なのかよく分かんねえな。


「魔術師っていうのとも、たぶん違うと思いますけど」

「本当に、こちらへ来たばかりでなにも知らない状態なのね。でも、伝承通りでもあるわ」

「伝承?」

「ええ。訪れたばかりの勇者アインヘリアルは自信なさげで、魔法に困惑し、世界に戸惑う。まるで、迷い子のように」


 カイラさんが目をつぶり、思い出すかのように言葉を紡いでいく。


「かと思えば、決して弱き者を見捨てない。強大な敵にも敢然と立ち向かい――必ず打ち破る」


 演技力があるというわけではないが、真剣で、聞く者を魅了する声音。


「ゆえに、勇者アインへリアルと呼ばれるのよ」


 まるで、勇者アインへリアルの活躍が目に浮かぶよう。

 だから、カイラさんが俺を信頼してくれているという部分もありそうだ。


「そして、閨では豹変するとか」

「おおっと、風評被害」


 もう、アラフォーにはそんな情熱残ってないぜ。ここは話を変えよう。


「それで、カイラさんは結局ニンジャってことでいいんですかね? なんか一族の秘密とかに関係してるんなら答えなくても構わないですけど」


 一応逃げ道を用意しつつ、俺は改めてカイラさんの装備を確認する。


 なにかの動物の革だろうか。上半身はぴっちりとして体型を隠すことのない白いチュニックを身にまとっていた。

 それから、ショートパンツとキュロットスカートの中間ぐらいの長さのボトムスに、ロングブーツを履いている。

 腰に巻いたベルトには、忍者刀が鞘に収められ差されていた。


 あんまり忍べてないけど、よく似合っていると思う。俺にファッションセンスなんて欠片もないので、当てにならないが。


「……さすが、異世界だ」

「オーナー、引かれてます」


 しまった。


「ニンジャ? 勇者アインヘリアルの世界にも、私たち影人シャドウと同じ存在がいるのかしら?」

「同じってわけじゃないでしょうが……」


 こちらから、フィクション混じりのニンジャのイメージを伝える。

 というか、過去の勇者アインへリアルから伝わってないのかね?


「なるほど、ニンジャ。忍ぶ者……」

「忍ぶっていう字は、刃の下に心って書きますね」

「素晴らしいわ」

「は?」


 気付いたら、カイラさんの赤い瞳がきらきらと輝いていた。尻尾がぱたぱたっと動き、白い肌も今度は羞恥ではなく興奮で色が変わっている。

 しかも、手まで握られていた。いや、手袋越しなんでセーフだけど。


「闇に生き闇に死す。権力におもねることなく、信念と掟に従って行動する。まさに、影人シャドウの精神が形になったようね」

「そ、そうですね。世界的に人気ありますよ、ニンジャ」


 俺もニンジャ好きだけど、こう迫られると引いてしまう。

 だから、エクス。俺が見てたアニメを参考に、チアリーダーの格好するんじゃあない。なにを応援してるんだ。


「とりあえず、細かい違いはあるだろうけど、ニンジャ=影人シャドウと思って良さそうかな」

「そうね。里の野を馳せる者セリアンは皆、影人シャドウとしての訓練を受けるわ。そして、適性のある者が暗狩アンブラに上がって指揮や指導をし、さらにその一部が黒喰エクリプスとなるのよ」

「下忍、中忍、上忍みたいな感じか……」


 ということは、カイラさん相当強いのでは?

 それを鎧袖一触したヴェインクラルとは……。


 とんでもないのに目を付けられたもんだ。


「とりあえず、イメージは掴めたかな」

「そうですね。あとは、高度な柔軟性を保ちつつ臨機応変に対応するしかないでしょう」

「それ、タブレットが言っちゃう?」

「月影の里に到着してから、話が円滑に進みそうで助かるわ」


 月影の里! 

 いかにもって感じがしていいな。この年になると、王道の良さがしみじみと分かるようになってきたからね。


「ここまでくればもう少しよ」

「じゃあ、急ぎましょう」


 気合いを入れて、エクスを抱え直した。スーツに革靴だけど、いけるいける。


 しかし、俺はケモミミくノ一さんの。しかも、上忍相当のケモミミくノ一さんのもう少しを素直に信じるべきではなかったのだ。


 もう少しは、森の中を蛇行しつつ1時間近くも続いた。


「ミナギくん、お疲れさま。到着したわよ」


 汗ひとつかいていないカイラさんに対し、俺はいっぱいいっぱいだった。

 健康になっても、社畜系アラフォーじゃこんなもんだよ。


「オーナーには、ジムに通ってもらうべきかもしれないですねぇ」

「殺す気か」


 エクスへ反射的に答えつつ周囲を見回すが……集落どころか、家一軒見当たらない。

 というか、水場だ。


 少し先には滝も見える。


「……滝? まさか、そういうこと?」

「気付いたということは、そちらのニンジャも似たようなことをやってたのね」


 ちょっと嬉しそうなカイラさんへ、曖昧にうなずく。


「ここからは、手をつないで進みましょう」


 野を馳せる者セリアンの隠れ里、月影の里。

 それは、滝の向こう側に存在していた。

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