ぴろんっ。
エクスから。というか、タブレットから通知音が鳴った。変なオチが付いて静まりかえっていた場面だけに、やけに大きく響く。
というか、なんの通知だ? まさか、ソシャゲのAPが満杯になった? 異世界でも?
「とりあえず、適当に周回してAP減らしておくか……」
「違いますよ! なんでサーバとつながる前提なんですか! 来たのは、神様からのメッセージです」
「ええぇ……?」
神からのメッセージ。
口に出して言いたくない日本語ランキングの上位ランカーだろう。やばさしか感じねえ。
「まあ……。
しかし、神がいるっぽい世界の住人は受け取り方が違った。カイラさんは、感心しつつ好奇心に目を輝かせている。耳をぱたぱたさせてるところが、ちょっと可愛い。
「それで、どんな内容なのかしら?」
「えーと……」
カイラさんに促され、俺はタブレットの画面を見る。
アプリのアイコンに通知数が表示されているため、迷うことはなかった。
迷いはしないけど、普通のメッセージアプリだったから戸惑いしかなかったけどな!
「勝手に、ユーザーが追加されてますね」
「せめて専用アプリとかじゃねえのかよ」
絶対、他人には見せられねえな。
「こうなる前なら、見せられたと?」
「え~と。どれどれ……」
メッセージに目を通した俺は、目を疑った。
「初戦闘……実績解除……特典……?」
俺の目と頭が悪くなったんでなければ、届いたメッセージにはこう書かれていた。
『初戦闘終了の実績解除おめでとうございます。
特典として、《ホールディングバッグ》をお贈りしました。
是非、これからの冒険ライフにお役立てください。
なお、ホールディングバッグの使用方法に関してはアプリのヘルプをご参照ください。
[ここをタップ]
それでは、今後ともよろしくお願いいたします。』
神様、なんでこんな丁寧!? やたらフレンドリーなのも嫌だけど、こんなにビジネスライクだと、それはそれで怖いな!
「これは……なんとも……これは……」
俺の肩からのぞき込んで、メッセージを読んだエクスも絶句している。そりゃそうなるよ。
「ほんとだよな。初めてスキルを取得したときにも、実績解除の特典くれれば良かったのに」
「そこですか、オーナー!?」
エクスを元気づけたところで、カイラさんに軽く説明。
「こっちで初めて戦闘をしたお祝いに、神様がホールディングバッグってのをくれるらしいです」
「ホールディングバッグ? どの神格かは分からないけれど、さすがね」
「貴重品なんですか?」
「ええ。少なくとも、里にはひとつもないわ」
へえ……。この辺が僻地だから出回ってないって可能性もあるけど、それを抜きにしても有用なのは間違いない。
「ホールディングバッグ……ふむふむ……どうやら、オーナーの鞄が亜空間につながって、大量の物品をしまい込めるようになったようですね」
いわゆる、アイテムボックスとかインベントリとかいうやつだ。
……ってことは、つまり?
「このグレートソードも、収納できるはずだな」
「ですね。まずは、鞄を拾ってきてください」
「ミナギくんの鞄って、これのことかしら?」
落としたまま放置していた黒い通勤鞄を、カイラさんが目ざとく見つけて拾ってきてくれた。さすがニンジャ。
鞄は見たところ特に変化はないが、健康になったらしい俺もそうだし外観は当てにならない。
「ありがとうございます」
「いえ、お礼を言われるほどのことじゃないわよ」
それでも、感謝を伝えるのを怠ってはならない。円滑な人間関係のためにはね。
「それ、かなり表面的ですよね」
「さーて。そもそも鞄の口とサイズ違いすぎるけど、どうやって収納するのかな?」
露骨なごまかしに、エクスは乗ってくれた。ただし、わざとらしいため息をつきで。
「はぁ……。直接鞄に入らない場合は、エクスのカメラで撮影し、《ホールディングバッグ》のアプリから実行する必要があるようです」
「それ、普通に盗みに使えるな」
「
カイラさんの言葉に、一応、うなずく。
ごめんね。こっちの勇者は、人の家のタンスから物を漁るような勇者なんだ。ごめんね。カジノにも入り浸るし。
「安心してください、オーナー。収納できるのは、所有権がオーナー自身にあるか、誰の物でもない物品に限られます。あと、所有者の同意がある場合もですね」
「そりゃそうか」
盗みはともかく、戦闘中に敵の武器を《ホールディングバッグ》に収納とかできちゃうもんな。
「そして、出し入れに石の消費は必要ないようです」
「なら、早速試してみるか」
左手に口を開けた通勤鞄を提げ、右手でタブレットを固定。
肩に乗ったというか、顔の横にいるエクスが自動でアプリを立ち上げて、液晶画面にグレートソード――《雷切》が大写しになる。
ついでに、エクスの衣装が宅配便だか引っ越し業者の制服っぽいのに変わった。
それ、毎回必要?
「へえ……。不思議ね。さすがは、
耳と尻尾をぱたぱたっとさせながら、後ろからタブレットをのぞき込むカイラさん。かわいいかな?
「エクス、収納」
「
そんなケモミミくノ一さんの目の前で、アプリを実行。
グレートソードが白い泡のような光に包まれると、尾を引いて通勤鞄の中へと吸い込まれていった。西遊記のひょうたんを連想する光景だ。
「おお……。全然、重さが変わんねえ」
「取り出す際は、鞄に手を入れて念じるか、アプリの管理画面から指定するようですね」
「普通に出したら押しつぶされそうだから、アプリからやってみるか」
「
エクスがまたしてもアプリを実行し、グレートソードが外へとまろび出る。まるで、さっきの逆再生。まるで、CGだ。
「とりあえず、こんなところだな」
再び鞄に戻しながら、俺は言った。
一度に出し入れできる量とか、最大でどれくらい入るのかとか。その辺の検証はまた今度だ。気になるけど。超気になるけど。
「お待たせしてすみません。案内をお願いできますか」
「いえ、全然構わないわよ。ホールディングバッグの使い方なんて知らなかったから、とても興味深かったわ」
「今のはエクス流なんで、一般的な使い方じゃないと思いますけどね」
「そうなの?」
ぱたっと耳を倒すカイラさん。
ああ……。こっちこそ、興味深い物を見せてもらってるぜ……。
「オーナー、灰にならないでください」
「問題ない。死んでも夢は叶うからな」
「オーナーが幸せなら、エクスはそれで……? いえ、エクスが求めている幸せは、もっと……?」
おっと、エクスがバグりそうだ。
人類を管理するとか言い出す前に、さっさと行こう。
「では、悪いけれど急ぎましょう。他のオーガに出くわす前に里へ着きたいわ」
それは、俺もごめんだ。
さっと歩き始めるカイラさんの斜め後ろから付いていく。
しかし、移動かぁ。どれくらいになるんだろうか。
水使いは、そこがネックなんだよなぁ。
マクロでなにかいいのがないか探しておこうと考えていたところ、エクスが耳元でささやく。
「ところで、オーナー。さっきの自己紹介では、どうしてフルネームを伝えなかったのです?」
「知らないのか? フルネームを教えるってことは、弱点を晒すのと同じことなんだぞ。呪術的な意味で」
ハンドルネームを名乗らなかっただけましだろ?
「あ、は。あはははは……」
そうエクスに説明したが、乾いた笑いしか返ってこなかった。
気を使ったようなリアクションをされると逆に傷つくんで、罵倒するならしてもらっていいですか?