消費した石、850個(日本円換算25万5千円)。
得られた石、なし(日本円換算0円)。
残り石、8650個。
戦利品、持ち上げるのも難しそうなグレートソード。
俺とエクスとケモミミくノ一さんの命、プライスレス。
それが、異世界オルトヘイムにおける初戦闘の収支となった。
「プライスレスとか、外で使わないでくださいよ。おじさんにしか通じませんからね」
「うっそぉ?」
職場でわりと普通に使ってるんだけど? いやいや、新人の子にも普通に通じてたし。そんなはずないって。嘘だと言ってよ、エクス。
「オーナーも、年寄のオヤジギャグどうしようもねえなと思ってましたよね? それが答えです」
「……はい」
噛みしめるように、俺はうなずく。
だから、止めることができなかった。
ケモミミくノ一さんが、片膝を突いて頭を下げるのを。
「危ないところを助けていただき、ありがとうございます
「はい? アインヘリアル? 様?」
予想もしていなかった展開に、俺は固まってしまった。
アインヘリアル――北欧神話の勇者が出てきたのもそうだし、相手がたおやかな美人さんだったからということもある。
どれくらい美人かと言えば、綺麗さに心を奪われて、頭の天辺から生えたケモミミと、わずかに覗く尻尾に違和感を憶えないほど。
しかも、リアルじゃ絶対にお目にかかれない白い肌に、白髪のポニーテールだ。
アルビノ、いいよね……。
って、今はそれどころじゃねえ。
「とりあえず、立って立って。あと、話し方も普通で」
「命の恩人にそんな……」
「気持ちは分かりますが、その命の恩人がこう言っているんですよ。というか、そのままだと話が進みません」
デフォルトの巫女服エクスが、ケモミミくノ一さんを諭す。落ち着いて見たら、ケモミミはイヌっぽいかな?
「そこまで言うのであれば……分かったわ」
完全に納得したわけではないようだが、ようやく立ち上がってくれた。
身長は俺より少し低いぐらいで、女性としては高め。赤いルビーのような瞳が目を引く。
怖いぐらいの白皙の美貌だけど、素の表情は意外と柔らかかった。雰囲気を優しくしているのは、髪と同じ色のケモミミや尻尾のお陰かもしれない。
「私は、カイラ。見ての通り
「セリアン……」
風習とかは分からないけど、ケモミミ種族が普通にいる世界だというのは理解した。
あと、このカイラさん。どう説明しようかしらと、口に手を当てて考えているところが可愛い。ギャップ萌えだ。
「とにかく、二人は命の恩人よ。本当にありがとう」
しとやかなお姉さんに改めて頭を下げられ、また固まってしまいそうになる。
「いや、大したことしてないんで、恩人とか止めてっ」
「大したことではないなんて。まさか、そんなはずがないでしょう?」
「オーナー。感謝ぐらい素直に受け取ってはどうです?」
「そういうの苦手なんだよ」
カイラさんから視線を逸らしながら、俺は言った。
電車で席を譲ったり、エレベーターで開閉ボタンを押したりとかもそうだけど、そうするのが当たり前なんだからお礼とか言わないでほしい。
普通のことをやってるだけなのに、お礼を言われて反応するのが面映ゆい。そこはクールに去りたい派なんだ。
「コミュニケーションに難があるだけでは?」
「やめてくれ、エクス。その正論は俺に効く」
「そこのところをどうにかしないと、オーナーを幸せにはできないのでしょうか? 《交渉》スキルとか、あったような……」
今はそれよりも、カイラさんだ。
ヴェインクラルのグレートソードの後ろに回って精神的な盾にしつつ、態度を変えるように諭す。
「ほんと、そこまでのことはしてないって。最後は、ほら。そっちに気を取られたお陰でなんとかなったようなものだし?」
「真剣勝負の場にしゃしゃり出て、今となっては汗顔の至りよ。許してもらえるかしら」
「許すもなにも……。まあ、無事でなによりということで。それに、結局、あのヴェインクラルってのは逃がしちゃったし」
そうなんだよな。
まあ、復讐のベクトルが俺へ向いているのが不幸中の幸いか。
いや、それよりも、自己紹介がまだだった。
「えっと、カイラさん。こちらのことはなにも知らないので失礼があったら申し訳ない。
「エクスです。オーナーの
「ミナギ様と、エクス様……」
反芻するように、俺たちの名前を呼ぶカイラさん。すごい美声だ。
「でも、様はちょっと……」
様付けは辛い。所詮、客先に常駐してる程度の男なので。
「なら、ミナギさんがいいかしら?」
もう一声。
「それなら、ミナギ……くん?」
そのとき、俺の全身に電流が走った。
いい。
その位置が、ちょうど良い。
「ミナギくんって……。さすがに、オーナーのほうが年上なのでは?」
「俺は今でも、20歳ぐらいのお姉ちゃんが欲しいと思っている男だが?」
「それ、時空が歪んでるんですけど……」
「心は自由なんだよ」
あと、少し嘘があった。
20歳ぐらいではなく、本当は18歳ぐらいだ。設定上の話だけど。
「ええと、いいのかしら……」
「是非それで」
カイラさんは軽く咳払いをしてから、改めて赤い瞳で俺のことを見上げる。
とっさに、少しだけ視線を逸らした。
「ミナギくん、エクスさん。お礼はいいと言われたけれど、謝罪はさせてちょうだい。部外者のあなたたちを巻き込んでしまって、本当にごめんなさいね」
「こっちも、勝手に巻き込まれに行ったところがあるんで、そこもあんまり気にしない方向性で」
「そうですよ。見逃せばいいって言ったのに、飛び込んでいったのはオーナーなんですからね? 反省してください!」
女教師コスプレになってぷんぷんと怒るエクス。
スキルと関係ない気がするけど、可愛い以外に感想はなかった。
反省はしているが、後悔はしていない。
巻き込まれたいわけじゃないけど、見捨てることもできそうにないんだよな……。
「次からは、もうちょっと安全にやろう」
鑑定は、マジで危なかった。地球に戻ったら、骨董市とかで使い倒してやるからな《初級鑑定》。
「そういうことじゃないんですけど……でも、オーナーが積極的に動こうとするのは歓迎すべきことですし……」
「扱いの難しい子でごめんよ……」
女教師コスから通常の巫女モードに戻ったエクスに、頭を下げることしかできない。
「ところで、あれだ。あのオーガのことを聞きたいんだけど……」
「あれは、オーガの地上派遣軍の斥候ね」
「地上派遣軍?」
カイラさん曰く、ヴェインクラルに限らず、オーガたちは基本的に地下世界の住人で、地上の資源を狙って侵攻してくるんだそうだ。
その斥候ということは、どこに攻め込むか品定めをしてたわけか。そりゃ、貴重な情報源であるカイラさんをいきなり殺したりはしないわな。途中から、その辺度外視しちゃってたけど。
それにしても、さすがは異世界。地下世界とかあるのか。蜘蛛の邪神が、世界が滅ぶまで延々と織物していたりしてそうだ。
「あんなのが地下からわんさか出てくるとか、世界滅ぶんじゃ?」
「それはさすがにないわ。あのヴェインクラルというオーガは、恐らく
あれが雑兵レベルだったら、地上はとっくにオーガのものとなっているということらしい。
それなら一安心かな?
そんな上位個体に、なんかライバル認定されちゃったことを除けば。
「おおうっ。エクス、いきなりなんだよ」
グレートソードの柄にタブレットの角を当てて不安に苛まれていると、立体映像のエクスがぽんっとアップになった。肩から、目の前に移動してきたらしい。
「オーナー。少し、お話が」
「ごめん、カイラさん。ちょっと、相談するから待ってて」
有無をいわせぬ雰囲気のエクスに、逆らうという選択肢はない。
返事も待たずにカイラさんから距離を取り、後ろを向く。完全に怪しいが、まあ、今さらだろう。
エクスもそう思っていたようで、開口一番衝撃的な事実を告げる。
「彼女が身につけているアクセサリー、宝石に見えるのは全部魔力水晶ですよ」
「噂の魔力水晶? マジか」
エクスの指摘に、俺は驚いた。
「アクセサリーをつけていたとは……」
ケモミミと尻尾のインパクトで、白髪ポニテだなってことしか記憶になかったので、驚きだ。
「ちゃんと髪飾りとかブレスレットとかしてますよ! どこに目を付けてるんですか」
「特に、そういうの興味ないし……」
「というか、オーナー。途中から、ちゃんと彼女の顔を見て会話していませんでしたよね?」
気付かれたか。勘のいいタブレットは、これだから。
「話すと長くなるんだが……」
そこに関しては自覚があった。
やむにやまれぬ理由も。
エクスなら。俺のタブレットなら、分かってくれるはず。
「基本的に、メッセージウィンドウってキャラの胸から下に出るじゃん」
「……パードゥン?」
「テキストはキャラの顔より下に出るから、そっちに視線を向ける癖がついちゃってるんだよね」
「あ、はい」
分かってくれたらしい。さすがエクス、電子の妖精だぜ。
「ええと……。魔力水晶ですね。魔力水晶の話でしたね」
「ちなみに、そのアクセサリーで石どれくらいになりそうなんだ?」
「小さな魔力水晶が飾られている程度なので、あわせても10個程度ですが……」
そりゃ、焼け石に水だ。
「《水行師》だけに、ですね」
「特に上手いこと言えてないぞ」
「オーナーより先に言って、人の振り見て我が振り直してもらう作戦です」
「おいおい。俺は、褒められて伸びるタイプだぜ?」
そもそも、そんなこと言おうとしてたなんてことはないし?
「とりあえず、自分でモンスターを倒さなくても補給できる可能性が出てきたか」
「結構消費してしまいましたし、緊急避難的に供出してもらえると助かりますね。まあ、すべてはこのあとの展開次第ではありますが」
助けた代わりにアクセサリーを寄越せとか印象悪すぎなので、ストック的なのが残ってたりすることを期待しよう。
「あとは、鑑定もしておきたいなぁ……」
「そうですね。金銭的な価値が分かりますね。金銭的な価値が……」
「悪かったよ!」
そこで内緒話は打ち切り、カイラさんのほうを振り返ると……。
「終わりましたか?」
内緒話を聞かないようにするためだろう。イヌケモミミを押さえて、困ったように小首を傾げていた。
やべぇ。かわええ……。
「オーナーって、ああいうのが好きなんですね……」
「なんで、衣装をゴスロリに?」
ヤンデレムーブ止めて。
「ああ、そうそう。ひとつ、カイラさんにお願いが」
「なに? なんでも言ってちょうだい?」
尻尾をぶんぶんさせ、ずずっと近付いてくるカイラさん。
近い、近いよカイラさん。
「オーガのことは他人事じゃないし、魔力水晶っていうのがあれば、分けてもらいたいと思うんだけど……」
グレートソードを中心に円を描くように離れるが、カイラさんはその分、追いかけてくる。
「なるほど。あの莫大な魔力量は、魔力水晶を利用してのこと。でも……いえ、今は悩んでいる場合ではないわね」
赤い瞳でこちらをじっと見つめ、白いポニーテールを揺らして言った。
「ミナギくん、魔力水晶なら多少は協力ができると思うわ」
「良かった……」
「でも、そのためには里まで同行をお願いしたいの。招待を受けてくれるかしら?」
「そういうことなら、もちろん。さあ、オーナー。行きましょう」
エクスが乗り気だ。
魔力水晶の件以上に、俺を人と関わらせようという気概を感じる。
しかし、障害というか問題がひとつ。
「俺も、異論はないと言いたいんだけど……」
この《雷切》というグレートソードの扱いだ。
「これ、俺に運べると思う?」
「……が、頑張れば?」
一欠片も信じていないことを自白するように、エクスが俺と目を合わせようとしなかった。