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05.カイラ

 消費した石、850個(日本円換算25万5千円)。

 得られた石、なし(日本円換算0円)。

 残り石、8650個。


 戦利品、持ち上げるのも難しそうなグレートソード。


 俺とエクスとケモミミくノ一さんの命、プライスレス。


 それが、異世界オルトヘイムにおける初戦闘の収支となった。


「プライスレスとか、外で使わないでくださいよ。おじさんにしか通じませんからね」

「うっそぉ?」


 職場でわりと普通に使ってるんだけど? いやいや、新人の子にも普通に通じてたし。そんなはずないって。嘘だと言ってよ、エクス。


「オーナーも、年寄のオヤジギャグどうしようもねえなと思ってましたよね? それが答えです」

「……はい」


 噛みしめるように、俺はうなずく。


 だから、止めることができなかった。

 ケモミミくノ一さんが、片膝を突いて頭を下げるのを。


「危ないところを助けていただき、ありがとうございます勇者アインへリアル様」

「はい? アインヘリアル? 様?」


 予想もしていなかった展開に、俺は固まってしまった。


 アインヘリアル――北欧神話の勇者が出てきたのもそうだし、相手がたおやかな美人さんだったからということもある。

 どれくらい美人かと言えば、綺麗さに心を奪われて、頭の天辺から生えたケモミミと、わずかに覗く尻尾に違和感を憶えないほど。


 しかも、リアルじゃ絶対にお目にかかれない白い肌に、白髪のポニーテールだ。


 アルビノ、いいよね……。


 って、今はそれどころじゃねえ。


「とりあえず、立って立って。あと、話し方も普通で」

「命の恩人にそんな……」

「気持ちは分かりますが、その命の恩人がこう言っているんですよ。というか、そのままだと話が進みません」


 デフォルトの巫女服エクスが、ケモミミくノ一さんを諭す。落ち着いて見たら、ケモミミはイヌっぽいかな?


「そこまで言うのであれば……分かったわ」


 完全に納得したわけではないようだが、ようやく立ち上がってくれた。


 身長は俺より少し低いぐらいで、女性としては高め。赤いルビーのような瞳が目を引く。


 怖いぐらいの白皙の美貌だけど、素の表情は意外と柔らかかった。雰囲気を優しくしているのは、髪と同じ色のケモミミや尻尾のお陰かもしれない。


「私は、カイラ。見ての通り野を駆ける者セリアン……と言っても、勇者アインへリアル様には分からないわよね」

「セリアン……」


 風習とかは分からないけど、ケモミミ種族が普通にいる世界だというのは理解した。

 あと、このカイラさん。どう説明しようかしらと、口に手を当てて考えているところが可愛い。ギャップ萌えだ。


「とにかく、二人は命の恩人よ。本当にありがとう」


 しとやかなお姉さんに改めて頭を下げられ、また固まってしまいそうになる。


「いや、大したことしてないんで、恩人とか止めてっ」

「大したことではないなんて。まさか、そんなはずがないでしょう?」

「オーナー。感謝ぐらい素直に受け取ってはどうです?」

「そういうの苦手なんだよ」


 カイラさんから視線を逸らしながら、俺は言った。


 電車で席を譲ったり、エレベーターで開閉ボタンを押したりとかもそうだけど、そうするのが当たり前なんだからお礼とか言わないでほしい。


 普通のことをやってるだけなのに、お礼を言われて反応するのが面映ゆい。そこはクールに去りたい派なんだ。


「コミュニケーションに難があるだけでは?」

「やめてくれ、エクス。その正論は俺に効く」

「そこのところをどうにかしないと、オーナーを幸せにはできないのでしょうか? 《交渉》スキルとか、あったような……」


 今はそれよりも、カイラさんだ。


 ヴェインクラルのグレートソードの後ろに回って精神的な盾にしつつ、態度を変えるように諭す。


「ほんと、そこまでのことはしてないって。最後は、ほら。そっちに気を取られたお陰でなんとかなったようなものだし?」

「真剣勝負の場にしゃしゃり出て、今となっては汗顔の至りよ。許してもらえるかしら」

「許すもなにも……。まあ、無事でなによりということで。それに、結局、あのヴェインクラルってのは逃がしちゃったし」


 そうなんだよな。

 まあ、復讐のベクトルが俺へ向いているのが不幸中の幸いか。


 いや、それよりも、自己紹介がまだだった。


「えっと、カイラさん。こちらのことはなにも知らないので失礼があったら申し訳ない。勇者アインヘリアルというやつは分からないですが、俺は皆木みなぎ。こっちは、エクス」

「エクスです。オーナーの使い魔ファミリアとでも思ってください」

「ミナギ様と、エクス様……」


 反芻するように、俺たちの名前を呼ぶカイラさん。すごい美声だ。


「でも、様はちょっと……」


 様付けは辛い。所詮、客先に常駐してる程度の男なので。


「なら、ミナギさんがいいかしら?」


 もう一声。


「それなら、ミナギ……くん?」


 そのとき、俺の全身に電流が走った。


 いい。

 その位置が、ちょうど良い。


「ミナギくんって……。さすがに、オーナーのほうが年上なのでは?」

「俺は今でも、20歳ぐらいのお姉ちゃんが欲しいと思っている男だが?」

「それ、時空が歪んでるんですけど……」

「心は自由なんだよ」


 あと、少し嘘があった。

 20歳ぐらいではなく、本当は18歳ぐらいだ。設定上の話だけど。


「ええと、いいのかしら……」

「是非それで」


 カイラさんは軽く咳払いをしてから、改めて赤い瞳で俺のことを見上げる。

 とっさに、少しだけ視線を逸らした。


「ミナギくん、エクスさん。お礼はいいと言われたけれど、謝罪はさせてちょうだい。部外者のあなたたちを巻き込んでしまって、本当にごめんなさいね」

「こっちも、勝手に巻き込まれに行ったところがあるんで、そこもあんまり気にしない方向性で」

「そうですよ。見逃せばいいって言ったのに、飛び込んでいったのはオーナーなんですからね? 反省してください!」


 女教師コスプレになってぷんぷんと怒るエクス。

 スキルと関係ない気がするけど、可愛い以外に感想はなかった。


 反省はしているが、後悔はしていない。


 巻き込まれたいわけじゃないけど、見捨てることもできそうにないんだよな……。


「次からは、もうちょっと安全にやろう」


 鑑定は、マジで危なかった。地球に戻ったら、骨董市とかで使い倒してやるからな《初級鑑定》。


「そういうことじゃないんですけど……でも、オーナーが積極的に動こうとするのは歓迎すべきことですし……」

「扱いの難しい子でごめんよ……」


 女教師コスから通常の巫女モードに戻ったエクスに、頭を下げることしかできない。


「ところで、あれだ。あのオーガのことを聞きたいんだけど……」

「あれは、オーガの地上派遣軍の斥候ね」

「地上派遣軍?」


 カイラさん曰く、ヴェインクラルに限らず、オーガたちは基本的に地下世界の住人で、地上の資源を狙って侵攻してくるんだそうだ。


 その斥候ということは、どこに攻め込むか品定めをしてたわけか。そりゃ、貴重な情報源であるカイラさんをいきなり殺したりはしないわな。途中から、その辺度外視しちゃってたけど。


 それにしても、さすがは異世界。地下世界とかあるのか。蜘蛛の邪神が、世界が滅ぶまで延々と織物していたりしてそうだ。


「あんなのが地下からわんさか出てくるとか、世界滅ぶんじゃ?」

「それはさすがにないわ。あのヴェインクラルというオーガは、恐らく修羅ロード種。それも、相当上位の個体のはずよ」


 あれが雑兵レベルだったら、地上はとっくにオーガのものとなっているということらしい。


 それなら一安心かな?

 そんな上位個体に、なんかライバル認定されちゃったことを除けば。


「おおうっ。エクス、いきなりなんだよ」


 グレートソードの柄にタブレットの角を当てて不安に苛まれていると、立体映像のエクスがぽんっとアップになった。肩から、目の前に移動してきたらしい。


「オーナー。少し、お話が」

「ごめん、カイラさん。ちょっと、相談するから待ってて」


 有無をいわせぬ雰囲気のエクスに、逆らうという選択肢はない。

 返事も待たずにカイラさんから距離を取り、後ろを向く。完全に怪しいが、まあ、今さらだろう。

 エクスもそう思っていたようで、開口一番衝撃的な事実を告げる。


「彼女が身につけているアクセサリー、宝石に見えるのは全部魔力水晶ですよ」

「噂の魔力水晶? マジか」


 エクスの指摘に、俺は驚いた。


「アクセサリーをつけていたとは……」


 ケモミミと尻尾のインパクトで、白髪ポニテだなってことしか記憶になかったので、驚きだ。


「ちゃんと髪飾りとかブレスレットとかしてますよ! どこに目を付けてるんですか」

「特に、そういうの興味ないし……」

「というか、オーナー。途中から、ちゃんと彼女の顔を見て会話していませんでしたよね?」


 気付かれたか。勘のいいタブレットは、これだから。


「話すと長くなるんだが……」


 そこに関しては自覚があった。

 やむにやまれぬ理由も。


 エクスなら。俺のタブレットなら、分かってくれるはず。


「基本的に、メッセージウィンドウってキャラの胸から下に出るじゃん」

「……パードゥン?」

「テキストはキャラの顔より下に出るから、そっちに視線を向ける癖がついちゃってるんだよね」

「あ、はい」


 分かってくれたらしい。さすがエクス、電子の妖精だぜ。


「ええと……。魔力水晶ですね。魔力水晶の話でしたね」

「ちなみに、そのアクセサリーで石どれくらいになりそうなんだ?」

「小さな魔力水晶が飾られている程度なので、あわせても10個程度ですが……」


 そりゃ、焼け石に水だ。


「《水行師》だけに、ですね」

「特に上手いこと言えてないぞ」

「オーナーより先に言って、人の振り見て我が振り直してもらう作戦です」

「おいおい。俺は、褒められて伸びるタイプだぜ?」


 そもそも、そんなこと言おうとしてたなんてことはないし?


「とりあえず、自分でモンスターを倒さなくても補給できる可能性が出てきたか」

「結構消費してしまいましたし、緊急避難的に供出してもらえると助かりますね。まあ、すべてはこのあとの展開次第ではありますが」


 助けた代わりにアクセサリーを寄越せとか印象悪すぎなので、ストック的なのが残ってたりすることを期待しよう。


「あとは、鑑定もしておきたいなぁ……」

「そうですね。金銭的な価値が分かりますね。金銭的な価値が……」

「悪かったよ!」


 そこで内緒話は打ち切り、カイラさんのほうを振り返ると……。


「終わりましたか?」


 内緒話を聞かないようにするためだろう。イヌケモミミを押さえて、困ったように小首を傾げていた。

 やべぇ。かわええ……。


「オーナーって、ああいうのが好きなんですね……」

「なんで、衣装をゴスロリに?」


 ヤンデレムーブ止めて。


「ああ、そうそう。ひとつ、カイラさんにお願いが」

「なに? なんでも言ってちょうだい?」


 尻尾をぶんぶんさせ、ずずっと近付いてくるカイラさん。

 近い、近いよカイラさん。


「オーガのことは他人事じゃないし、魔力水晶っていうのがあれば、分けてもらいたいと思うんだけど……」


 グレートソードを中心に円を描くように離れるが、カイラさんはその分、追いかけてくる。


「なるほど。あの莫大な魔力量は、魔力水晶を利用してのこと。でも……いえ、今は悩んでいる場合ではないわね」


 赤い瞳でこちらをじっと見つめ、白いポニーテールを揺らして言った。


「ミナギくん、魔力水晶なら多少は協力ができると思うわ」

「良かった……」

「でも、そのためには里まで同行をお願いしたいの。招待を受けてくれるかしら?」

「そういうことなら、もちろん。さあ、オーナー。行きましょう」


 エクスが乗り気だ。

 魔力水晶の件以上に、俺を人と関わらせようという気概を感じる。


 しかし、障害というか問題がひとつ。


「俺も、異論はないと言いたいんだけど……」


 この《雷切》というグレートソードの扱いだ。


「これ、俺に運べると思う?」

「……が、頑張れば?」


 一欠片も信じていないことを自白するように、エクスが俺と目を合わせようとしなかった。

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