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10.魔力水晶の真実

 ――あるぇー?


 走る。カイラさんは走っていく。岩山へ向かって。


「カイラさん? カイラさん!?」

「なに? 舌を噛むわよ?」

「もう、俺を下ろしていいんじゃないですかね?」


 そうすれば、舌を噛む心配はないよ!


「面倒だから、このまま倉庫まで案内するわ」

「拒否権は……」

「ごめんなさいね」

「試合終了するわけではないんですから、諦めましょう?」


 エクスの説得に応じたわけではないが、抵抗は無意味そうだ。意識を、タブレットを落とさないようにする方向にシフトする。ストラップとか、買ったほうがいいよなぁ。


 と、現実逃避しても、カイラさんに抱かれているという現実は変わらない。


 しかし、アラフォーにもなってお姫様だっことか。

 どんだけだよ、ファンタジー。


「できるだけ揺らさないけれど、銀板の魔道書を落とさないように気をつけてちょうだい」


 同意を得たと判断したカイラさんが、風を切り裂くように進む。

 すぐに洞窟の中に入り、たいまつで照らされた石の通路を猛スピードで走り続けている。


 洞窟の中でたいまつって、大丈夫なのかな?

 LEDランタンとかに交換したい。


 などと、再び現実逃避していると、ようやくカイラさんが立ち止まった。


「下ろすから、もう少し大人しくしていてちょうだい」

「……ありがとうございます」


 恐る恐る地面に触れるが、特にたたらを踏むこともなかった。そういえば、確かに、ほとんど揺れを感じなかったな。


「オーナー、感触はどうでしたか?」

「そんな余裕はなかった」


 というか、失礼だろ?


「はぁ……」

「そこまで残念そうにするところ!?」


 セクハラ、駄目ゼッタイ。


「ミナギくん、エクスさん。ここに、魔力水晶が収められているわ」

「おお……」


 俺の肩に移動したエクスと目を合わせ、ぐっと拳を握る。

 ついに、石の実物とご対面だ。一応、カイラさんのアクセサリーは見てるけどさ。


「散らかってるから、驚かないでね?」


 少し恥ずかしそうに尻尾をふさっとさせるカイラさんに首を傾げたが、扉が開いて疑問が氷解した。


 そこは、四畳半ぐらいの狭い部屋だった。


 その床一面に、指先ぐらいのきらきら輝く透明な宝石――魔力水晶が散らばっていた。一見して、石庭のように思えなくもない。

 だが、最初からそうやってしまっていたのではないのは、木箱から溢れていることからも明らか。


「袋に入れてた石を、そのままざーっと放り込んだような……」

「……驚いたわ。正解よ」


 白い頬を少しだけ赤く染め、カイラさんが言う。

 散らかし放題の部屋を見られているんだから、


「ここには、微少タイニィな魔力水晶だけが集められているわ」

微少タイニィ? 魔力水晶には、大きさがあるのか……」


 石は石というわけではないらしい。


「そうね。通常、私たちが交易に使うのは、小型スモール以上よ」


 そう言って懐から空袋を取り出し、中身を掌の上に転がす。

 出てきたのは、ゴルフボールぐらいの透明な宝石がふたつ。


「あっちの石が微少タイニィで、こっちが小型スモールか……」

「明らかに、内包している魔力の量が違っていますね」


 エクスのお墨付きだ。そこは、信頼していいだろう。


 しかし。


「ちょっと、扱いが違い過ぎません?」

「私にとっては、その疑問のほうが疑問だわ。微少タイニィな魔力水晶は、ゴミよりはましという扱いをされているの」

「でも、言われてみれば当然ですね。鉱石だって、物によって含有率は異なるんですし」

「そうね……」


 どこから説明するべきか、カイラさんが迷いを見せる。

 オーガの件もあるし、省略できるならしたいのだろう。


「その前に、この微少タイニィな魔力水晶は、本当にミナギくんたちの力になるのかしら」

「エクス?」

「チャージさせてもらっても?」

「ええ、もちろん」


 カイラさんが笑顔で快諾する。

 扱いが雑だ。


「とりあえず、試しに一個だけやってみようか」

「了解です。《マナチャージ》、実行します」


 ぴこんっと音がすると、指でつまんだ魔力水晶がプリズムとなって解体され、タブレットの液晶画面に吸い込まれていく。


微少タイニィな魔力水晶一個に含まれる魔力は、石ひとつ分のようですね」

「レモンのビタミンCかよっ」


 当たり前と言えば当たり前だが……。


「《中級鑑定》の4万個が遠すぎる……」

「オーナー?」


 おおっと、つい本音が。

 ごまかさなきゃ。


「しかし、これだけの数のモンスターを倒したことになるわけか……」

「そもそも、一体のモンスターはひとつの魔力水晶しか持っていないというわけではないのよ」

「あ、そうなんです?」


 ゴブリンとかスライムみたいな雑魚を倒しまくって、この量ってわけじゃなかったんだ。それなら、まだ希望が持てるか?


「大きな魔力水晶を持つモンスターほど、微少な魔力水晶も多くなるの」

「でも、使い道がないってどういう?」


 イメージ的には、自分のMP。マジックポイントでもメンタルポイントでもマグネタイトポイントでもいいが。とにかく、魔法を使うリソースを代用する物だと思っていたんだけど……?


「それは間違いないわ。でも、ひとつの呪文スペルを行使する際には、ひとつの魔力水晶しか使えないの。そして、魔力水晶を使うときには、自身の魔力は使えない」

「なるほど……」


 そりゃ、ゴミ扱いされるわ。


「ええ。内包する魔力量によって、価値が変わるのよ。ものすごく大きくね」


 両手を開いて、差の大きさをアピールする。


 かわいい。


 それはさておき、微少タイニィを1とすると、小型スモールが10、中型ミドルが50、大型ラージが100、巨大ヒュージが500以上。

 あくまで体感であり具体的な数値として理解しているわけではないようだが、この程度の魔力を有しているらしい。


 まだ試してないので確定ではないが、目の前にある小型スモールの魔力水晶をチャージしたら石10個。巨大ヒュージな魔力水晶をチャージしたら石500個分になるのだろう。


 ここらが、微少タイニィなのを除いて、普通に流通する魔力水晶。

 小型スモール以上は、だいたい交易で売ってしまったのだとか。


 さらに、この分類を越える10万とか100万を超える超巨大ガルガンチュアサイズの魔力水晶を持つモンスターもいるとかいないとか。


 100万までいったら……見事生涯年収クリアだ。もう引退するしかねえな。


「そんな微少タイニィな魔力水晶を集めているのはなぜかというと、自然の中に放置しておくと野生動物や植物が吸収してモンスター化してしまうからなのよ」

「なるほど。回収しないという選択肢はないか……」


 そこまで言われれば、俺にも分かる。


「なあ、エクス」

「オーナー、同じことを考えていました」


 そんな制限を取っ払い、魔力水晶を石としてまとめて魔力を扱える《マナチャージ》って、相当なチートなんじゃ……。


「幸せって、身近にあって気付かないものなんだな」

「これに関しては、エクスもびっくりですねぇ」


 どう考えても、クズ魔力水晶を買いあさるしかないわ。待ってろ、生涯年収。


「よく分からないけれど、使えるのね?」

「ええ、それは間違いなく」

「良かったわ。せっかくだから、全部持っていってちょうだい」

「いいんですか?」


 ヴェインクラルと戦ったときに使った石より、遥かに多いぞ。


「ええ。その代わり……」


 カイラさんが、赤い瞳でじっと俺を見つめる。

 うん。そう来る――


「一刻も早く逃げてほしいの」

「……はい?」


 ――言われたのは思いもしない言葉だった。

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