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11.初収入

「逃げろって、どういう……」

「そのままの意味よ」


 戸惑う俺へ、カイラさんは平坦な声で答える。


「そうね。東の山脈はドワーフの領域で、飛行するモンスターも多いわ。西には光翼族デーヴァの天空庭園があるというし……。やっぱり、南かしら。エルフの集落を抜けると、大きな港町があるから……」

「そうじゃなくて」


 地理も興味深いが、今はそんな話を聞きたいわけでもしたいわけでもない。


「オーガはどうするつもりです?」

「もちろん、私たちでなんとかするわ」


 カイラさんが、赤い瞳をまっすぐ俺へとぶつける。

 白い肌にも、耳にも尻尾にも変化はない。代わりに、冴え冴えとしたプレッシャーが全身から発せられていた。


 黒喰エクリプスという、上忍相当の実力者だと頭ではなく肌で感じられる。


 その彼女が、問答無用と俺たちを遠ざける。


 けど、だからって。はい、そうですか――とはいかない。


「ヴェインクラルに狙われてるのは、俺ですよ」

「あの深傷よ。地下世界アンダーシェイドへ帰還しているでしょう」

「それって、戦力を増強して戻ってくるということなのでは?」

「…………」


 カイラさんは、答えない。いや、答えられなかった。

 つまり、そういうことなのだ。


「だけど、ミナギくんとエクスさんが戦う理由にはならないわ」


 戦う理由。

 ミステリにおける動機ぐらい、扱いに困る問題だ。

 本人以外がこだわるところも、そっくり。


「それは……。俺が勇者アインヘリアルだからでいいのでは?」

勇者アインヘリアルなんかじゃないって、言っていたではないの!」


 怒らせてしまった。

 まあ、今でもそれはそう思っているんだが。


「ごめんなさい、適当な嘘をつきました」

「オーナー……。正直に言えば、なんでも許されるわけではないですよ?」

「……いえ。私も悪かったわ。ごめんなさい」


 タブレットを持ったアラフォーとケモミミくノ一さんがお互いに頭を下げるという、シュールな光景が生まれた。


 しかし、これで手打ちとはならない。


「ミナギくん、でもね――」

「そりゃまあ、俺だって虫ぐらいしか殺したことはないですけどね……。釣りもしたことないし」


 カイラさんの言いたいことは分かる。

 厳密には人ではないのかもしれないが、言葉が通じる相手を殺して平気なのかと。平気なわけがないでしょうと、心配してくれているのだ。


 本当に、ありがたい。会ったばかりの他人なんか、適当に使い潰しても構わないだろうに。


 だけど、子供たちに祭り上げられている間に通過した場所でもある。


「それはすでに、エクスから百万回ぐらい言いましたけど……。オーナーは、肝心なところで頑固なんですよね」


 俺の幸せを優先するエクスも、デフォの巫女装束でお手上げとジェスチャーする。

 悪いとは思うけど、俺にだって譲れないラインというものがある。


「下手したら、あの子供たちが死んじゃうかもしれないわけでしょう?」

「そんなことは、させないわ」


 嘘ではないだろう。

 だが、実現できるかどうかは別の話だ。


「子供たちは無事でも、カイラさんになにかあったら哀しむことになる」

「それは……」


 犠牲なく勝つことはできない。

 当たり前の話を、カイラさんは否定できなかった。


「確かに俺の国は平和だけど、過去の歴史を紐解けば抵抗する力のない平和は空論だということぐらいは分かります」

「理屈だけで、どうにかなるものではないでしょう?」

「まあ、これでも40年近く生きてるんで、その辺はね」


 俺は笑った。

 これ以上の説得は受け付けないという、拒絶の笑みだ。


「それに、これだけの石……魔力水晶があれば、なんとかできると思うんで」

「その点に関しては、エクスも保証します。ノーリスクノーリターン過ぎるので、渋々ですが」

「ノーリスク? 危険はないの……?」


 驚いたような。それでいて、認めてはいけないと自らを律するようにカイラさんが問う。


「作戦通りにいけば、ですけど」

「そうですね。問題は、オーナーの作戦が、そのまま上手くいくヴィジョンってなかなか浮かびづらいことなんですが……」

「それな」


 ダメだったら、理屈倒れのミナギとでも呼んでもらおうか。


「というわけで、ひとつ俺の作戦に付き合ってもらえませんか?」

「それは……」


 様々な葛藤があるのだろうが、カイラさんは決して表情に出さない。

 だが、耳と尻尾だけは動いていた。


 かわいい。


「あー、もう。分かったわ。分かりました。その代わり、ミナギくんのことは私が絶対に守りますからね!」

「不思議なキレ方ですねぇ……」

「新ジャンルだ」


 でも、なんだか嬉しい。


「というわけで、ちょっと故郷に帰って準備をさせてもらいます」

「準備……。帰って? それは、どれくらいかかるの?」

「そうですね。一瞬で戻ってきますよ」

「一瞬?」


 そこを説明すると長くなるので、省略。

 まずは準備の第一弾だ。


「なので、ここの魔力水晶を全部頂いても?」

「ええ。許可は得ているし、元々そのつもりだったから構わないのだけれど……」

「じゃあ、エクス」

「はい! 《マナチャージ》、実行します」


 タブレットのカメラを貯蔵庫へと向けると、散らばっていた魔力水晶が一斉に発光しだした。


「おおっ、これはすごい」


 なんだか、デートスポットっぽい光だ。

 とか感心していたら、とても目を開けていられないほど発光し出す。今にも爆発しそうな雰囲気だ。


「うあっ、まぶしっ」


 思わず、空いている右手で目をかばった。

 エクスやカイラさんは大丈夫か……と気遣う余裕ができたのは、それが収まってから。


「ミナギくん、平気?」

「なんとか……。カイラさんも?」

「もちろん。影人シャドウだもの」


 ちょっと誇らしげなカイラさんに割り込んで、エクスが報告。


「回収完了。石にして1万3千462個でした」

「おお、そりゃすごい。残り、2万個ちょっとまで回復したか」

「正確には、2万2千113個ですね」


 つまり、663万3千900円か。

 生涯年収には遠いが、年収はクリアだ。


 夢の《中級鑑定》にも遠いが、それでもすごい。


 むしろ、もらいすぎじゃなかろうか?


「本当に綺麗になくなったわね。ここ十年分ぐらいの備蓄がなくなって、清々するわ」


 感心というよりは、むしろありがたいとカイラさんが言った。

 でも、木箱とかしか残っていない貯蔵庫はちょっと、物悲しい……って。


「ああああっ」

「どうしたんですか、オーナー? 突然、奇声を発して。《メンタルヘルス》のアプリも入れましょうか?」

「そんなんあるのかよっ。じゃなくて、魔力水晶自体を鑑定するの忘れてた……」

「ああ……。確かに金銭的な価値は確認しておきたかったですが、また機会もあるでしょう」


 それはそうなんだが、気付いちゃったら知りたくなる。

 こうなったら、カイラさんのアクセサリーを鑑定? それはさすがに人としてやっちゃダメだろ。


「これ、鑑定というのをする?」

「……あとで、お願いします」


 本音としては今すぐやりたいが、ちょっと格好悪すぎるので。というか、アラフォーは精神的な仕切り直しがないと、なかなか行動に移れないのだ。


「それより、オーナー。チャージも完了しましたし、そろそろ準備をしに行きましょう」

「そうだな。エクス、ホームアプリの実行頼む」

受諾アクセプト。《ホームアプリ》を実行し、地球へ帰還します」

「ちょっと行ってきますね」

「あ? え、ええ……」


 俺は、異世界を後にする。

 カイラさんに、まともな別れを告げることなく。


 酩酊感や船酔いのような気持ち悪さどころか、溜めもなにもない。


 次の瞬間、俺は帰還した。


「ただいまっと……」

「異世界の初めて、分かりましたか?」

「乗ってくれてありがとう」


 早朝。

 まだ、人っ子一人いない駅前の横断歩道に。

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