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12.《マナチャージⅡ》

 転移をしている間、元の世界では時間が経過しない。

 これが、《ホームアプリ》の驚くべき仕様だった。


「正確な時間は憶えてないけど、確かに時間は経ってないっぽいな」

「時間だけ同じで日付が違うとか。そんな叙述トリックでもないですね」


 赤信号の横断歩道で、腕時計に視線を落とした俺とデフォ巫女服のエクスが語り合う。

 最初は《ホームアプリ》で転移したわけではないが、そこは上手いことやってくれたらしい。


「これ便利すぎだよな。いろいろ使えそう。150万の価値あるわ」

「悪いTRPGプレイヤーの顔してますよ、オーナー」

「TRPGプレイヤーは、だいたい悪だぞ」


 こっちで何時間過ごしても、あっちへ戻るときは同じ時間。カイラさんからすると、俺が消えた瞬間、すぐに戻ってきたように見えるわけだ。


 ちょっとした、メンタルとタイムのルーム。TRPGプレイヤーでなくとも、抜け道を考えていろいろやりたくなる。


 それはそれとして、TRPGプレイヤーはだいたいルールの裏をかいて悪いことをしようとするけれどね。


「オーナー、信号が変わりましたよ」


 エクスの声に、はっと顔を上げる。

 確かに、信号は赤から青に変わっていた。


 しかし、俺は動かない。


 当たり前の帰結として、青から赤へ信号が変わる。


 当然、俺は動かない。


 もう一度、信号が変わった。


 どれだけ待っても、トラックはやってこなかった。もちろん、その辺に俺を轢いたトラックが転がってるとか、タイヤの跡も残ってもいない。


 まるで、トラックだけ存在を消されてしまったかのよう。


「どうなってるんだろうな、これ?」

「そこは、エクスを送った神様的なサムシングが、上手いこと処理したのではないでしょうか?」


 まあ、そうか。それくらいのことはできるか。神様的なサムシングだもんな。


「人を轢いたトラックはいなかったんだ……と、ポジティブに考えるか」

「そうですね。でも、大丈夫ですよ、オーナー。二度はないです。エクスが、させませんから」

「まあ、別にトラウマってわけじゃないけどな」


 ちょっと、思うところがあっただけだ。

 仕事中に人を轢くなんて、とんでもない事故なわけで。それがなかったことになるのなら、そのほうがいい。


「さあ、行こうか」

「はい」


 鞄を持ちタブレットを抱え、俺は横断歩道を進んでいき……途中で気付いた。


「そういえば、エクスの姿って俺以外にも普通に……」

「見えてますよ?」

「二次元になれ!」


 早朝の横断歩道で二次元がどうこう騒ぐサラリーマンが、そこにいた。


 始発帰りの社畜だった。


 ……産業医に知られたら、かなりヤバイやつだなぁ。


 俺に配慮してくれたのか、エクスはなにも言わずにタブレットの画面に戻ってくれた。これ、ロックしたらどうなるんだろうな……?


 疑問はあるが、とりあえず、そのまま鞄に入れる。


 しまってから、ホールディングバッグである通勤鞄にエクス本体を入れたらバグりそうだなと思ったが、特になにも起こらない。問題はないようだ。


「うおっ?」


 と一安心していたら、胸ポケットのスマホが振動した。


 うげぇっ。会社からかぁ?


 もちろん、こんな早朝に電話を掛けてくる非常識な相手なんて、他に心当たりはない。ワンギリの業者だって、今は寝てるだろう。


 あれ? 俺の仕事先、そんな業者以下……?


 それはともかく、今は横断歩道を渡っているからね。出られないね。歩きスマホはダメだからね。仕方がない。


 できれば、その間に呼び出しが止まってくれたら良かったんだが……。


 そんな都合のいい展開はなかった。


 なかった。


「あれ? 知らない番号……って、なんで番号にアルファベットが?」


 横断歩道を渡りきったのは良かったが、鞄とタブレットを持ちつつスマホを取り出すのは相当辛かった。腕がもう一本欲しい。


 そんな苦労をした挙げ句、謎の番号からの着信。


 普段なら無視するところだが、ここまで厄ネタが揃うとそうもいかない。


「皆木ですが」


 画面をスライドして出ると、スピーカーから聞こえてきたのは聞き覚えのある声。


『もう、オーナー。プロポーズは止めてください。天下の往来ですよ?』

「誰も人いなかったじゃん……って、どこにプロポーズの要素があった!?」

『だって、オーナーの対象は二次元でしょう?』


 ……に、二.五次元もいけるよ? 条件次第で。


「って、エクスかよ」

『表に出なくても会話はできますが、このほうが怪しまれないですからね』


 確かに。あのままだと、タブレットと会話をしている痛い人だった。

 アドホックみたいな理屈でつながってるのかな? 今度、ブルートゥースのヘッドセットを用意しよう。


『それから、また実績解除されたようなのでメッセージを読み上げますね』

「マジかよ」


 横断歩道を渡った向こうにあるコンビニの前で立ち止まり、スマホに耳を傾ける。


 まるで、出社前のサラリーマンだ。まさか、帰宅途中。それも、異世界帰りだなんて思うまい。


『異世界帰りの実績が解除されましたのでご連絡いたします。

 おめでとうございます。

 実績解除に伴い《マナチャージ》がアップデートされ、

 神威石を日本円に変換するだけでなく、日本円を神威石に変換可能となりました。

 ただし、変換レートは500円で1神威石となります。

 予めご了承下さい。

 それでは、今後ともよろしくお願いいたします』


「――ということです」

「そうきたかぁ……」


 魔力課金? いや、課金魔力か?


「現金から石をチャージする場合は、課金カードからできるようですね」

「1枚で石20個かぁ」

「1万円分買うのがデフォになってるんですけど……」

「そこは刻んだって仕方ないだろ」


 有償石買ったら、おまけで無償石がついてこないかな? 現金には換えられないけど、スキルの購入とかマクロの強化には使えます、みたいな感じで。


 しかし、この課金した金はどこにいくんだろうな……。市場からお金が消えていることにならない?


「とにかく、これで石がなくて異世界へ行けなくなるという事態は防げそうですね」

「そうだな。めっちゃ高いけどな」


 相変わらず理屈は不明だけど、地球で石を稼ぐ方法が確立された。

 もしかしたら、地球のどっかにヴァンパイアとかワーウルフとかいて、元々稼ぐことはできたのかもしれないが。


 ……完全に思いつきだけど、神がいるんなら、そういう現代ファンタジーみたいな存在がいてもおかしくはないのか? それとこれとは、話が別?


 まあ、悩んでも仕方がないか。


 というか、神威石が正式名称だったんだね。今後も、石としか呼ばないと思うけどな!


「割高だけど、異世界へ戻る分の石は確保させたいという思惑ありありだな」

『いいではないですか。もしオルトヘイムへ完全移住するときは、財産を処分して石に変えられるわけですし』

「まあ、そうだけど……」

『なにか心配が?』

「心配というか、異世界で活動させたいなら、なんで戻れるようにしたんだろうなと思ってな」


 まあ、これも考えても無駄か。

 そんなことより、今は、オーガだ、オーガ。


 理屈としては時間をかけても構わないんだけど、気分的に落ち着かない。やることは、さっさと終わらせないと。


「とりあえず、コンビニだな」


 通話を切ってスマホをしまい、客のいないコンビニへと移動する。


 オーガを駆逐する。


 そのためのアイテムを手に入れるために。

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