「それじゃあ、ついてきてくれる?」
カイラさんの笑顔に見とれていた俺は、はっと現実に帰還した。
そして、無言でうなずき洞窟を歩くカイラさんの後を追う。尻尾がふさっと動いて、悪くない眺めだ。
「オーナーが女性の顔をちゃんと見ていたなんて……エクス、感無量です」
「……ちょっと、感動のハードル低い。低すぎない?」
「それがオーナーなので」
まあね? メッセージウィンドウはもっと下に出るなんて言ったのは、俺だけどね?
というわけで、俺の肩にちょんと乗って語るエクスに反論する言葉はない。
「でも、安心してください。これが今回限りの奇跡だったとしても、エクスは絶対にオーナーを見捨てたりしませんから」
「もうちょっと、素直にありがとうって言える表現にしない?」
そろそろ、エクスのヤンデレムーブがネタなのかガチなのか分からなくなってきたぜ。
「エクスは、嘘をついたりしませんよ?」
……なので、周囲を観察することにする。
来るときはカイラさんにお姫様だっこで、じっくり見る余裕なんてなかったからね。
「それにしても、洞窟だなぁ……」
第一印象も、今の感想もまったく変わらない。
自然の洞窟を利用しているのか、それともファンタジーパワーで掘り進めたのかは分からないが、周囲は石だ。
足下は綺麗にならされているものの、壁はごつごつとした質感が残っている。
そんな非日常的な空間に、俺の足音だけが響いていた。さすが
これだけでワクワクするのに、一定の間隔でたいまつが灯され、淡く通路を照らしているのだ。完全に、地下牢と竜である。
「10フィート棒を持たなくちゃいけない衝動に駆られるぜ」
「罠とかはないと思いますけど」
「そうね。今は、外しているわ」
おお、緊急時は罠を設置できるんだ。
「さすがニンジャの里だぜ」
「オーナーのテンションが、見るからに上がってますねぇ」
上がるよ。そりゃ、上がるよ。
住んだら意見は変わるかもしれないけど、今のところは最高じゃん。
「たいまつを、LEDランタンに代えたほうがいいんじゃないかとか思ってた俺を殴りたいね」
「それなら、オーナーが通るときだけ、たいまつにしてもらえばいいのでは?」
「マサイの村かな?」
観光客が来るときだけ原住民っぽい格好をするけど普段は、文明的な暮らしをしているらしいね。
いかにも人間っぽくて、いいエピソードだ。
「LEDランタン……? アースガルズのマジックアイテムかなにかかしら?」
「煙とかが出ない、たいまつ……でいいかな。定期的に、電池という燃料を交換しなくちゃいけませんが」
「なるほど。アースガルズの魔力水晶で駆動する明かりのマジックアイテムというわけね」
間違えているのに話が進む。
高度に発達した科学は魔法と見分けがつかないやつだ。
「オーガをどうにかした後の話ですけど、交易みたいなのができたらいいなって」
「英雄界アースガルズと?」
カイラさんが立ち止まり、ニンジャらしからぬ驚きの表情を浮かべてこちらに赤い瞳を向ける。
「ええ。魔力水晶もたくさんもらっちゃいましたし」
「あれは、助けてくれたお礼だし、使い道のない物なのに……」
「それが商売の基本では?」
「そうだけど……。こんな里で商売するよりも、もっといい場所が……」
だが、なにかに気付いたように、はっと耳を立てた。
「もしかして、例のたくさんのお菓子は、そのための……?」
「気に入ったのなら、もちろん仕入れてきますよ」
高くても、ひとつ何百円だしな。
「さっき食べた、シュークリームというお菓子ならいくらになるのかしら?」
気に入ったのかな?
ちょっと緊張した様子で、カイラさんが聞いてくる。
「ちなみに確認しているだけで、別に他意はないのだけれど」
「あれなら元手かかってないんで、今後もただでいいですけど」
「それはいけないわ。ミナギくんは、この里を堕落させるつもりなの? 神の雷が落ちるわよ」
「えー?」
毎日食ってたら飽きると思うんだけどな。
「エナドリとシュークリームで命をつないでいたのに、なにをいっているんですか」
「しゅ、主食は飽きたりしないから」
「それで、どれくらいの価格にするつもりなのかしら?」
俺とエクスの会話を遮って、二度目の質問。
ちょっと圧が強い。
答えなくちゃいけないけど、難しいな……。
コンビニだと100円ぐらいだけど、そのままだとカイラさんに怒られそうだし……。
「前に……じゃない。さっき食べてもらったシュークリームなら、
「なんて……こと……」
絶望したように、カイラさんがつぶやく。
あれ? 高かった? 石1個300円だし、もらいすぎだったか。
「最初はその値段で配って、徐々に高くしていく作戦ね」
「麻薬の売人ですかっ。そんなことはしませんよ」
「そこは、オーガの件が片づいたら話し合いましょう」
「……はい」
冷静に考えると、オーガの件の話し合いすらまだ行われていなかった。
でも、気になると止まらない。
「そういえば、カイラさん。この月影の里には、どれくらいの人数がいるんですか?」
「そうね。千はいないかしら」
「となると、ちょっと大きな村といったところでしょうか?」
エクスの問いに、ケモミミくノ一さんはうなずき肯定した。
隠れ里という印象からすると多いような気もするが、子供があれだけいたんだ。千人ぐらいは暮らしていてもおかしくないか。
「となると、調味料の消費量って、どれくらいになるんだろうなぁ」
「一人当たりのみその消費量は、平均で年に2キロ弱のようですね」
「やるな、エクスペディア」
「インチキっぽい名前じゃないですか……」
やだーと、悲鳴をあげるエクスを余所に、頭の中で計算する。
そうなると、千人だとだいたい2トン。
1キロのみそのパック2千個。月に、160~170個か。運べなくはないな。
「それ、みそに限ればですよね。他の調味料を気に入られたり、お菓子の輸出も考えると冒険をしてる場合じゃなくなりますよ?」
「安全に稼げるのに、果たして冒険する必要はあるのかな?」
「この里に、完全に依存してるじゃないですか……。もう、オーナーはどうして自然にヒモムーブしちゃうんです?」
ちゃうねん。
「ただ、楽に稼ぎたいだけやねん」
「それをヒモって呼ぶんですよ?」
目から鱗だ。
というか、
人として駄目なやつだこれーーー。
「てっきり、オーガを駆逐する算段をしてるのかと思ったら、面白い話をしているな」
「フウゴ、この件は長老から一任を受けているわ」
突如、影の中から男が現れた。
天井すれすれの巨躯を誇る、虎の耳と尻尾の
フウゴというらしい男が、俺を値踏みするように睨め付ける。
その前に立ちふさがるカイラさんも、耳をぴんと立てている。
すっと、温度が下がったような錯覚。
……ほんとに錯覚か? マジで寒気がするんだけど……。
さっきまでと、落差が酷い。
「干渉を受ける謂われも、話を聞くつもりもないわ。去りなさい、フウゴ」
「取り付く島もないな。その男に、ほれたか?」
「二度は言わないわ」
さらに、周囲の温度が下がった。
タブレットにも、動作温度とか仕様が存在するんですけど!?
ある意味、ヴェインクラルのときより怖い。
しかし、空気を読まないのか読めないのか。フウゴという虎系ニンジャは止まらない。
「
「ああ? 死にますか?」
エクス、キレた。
ちょっとご覧に入れられないような顔をしているエクスに割り込み、カイラさんに問いかける。
「カイラさん、俺がオーガの矢面に立つのがマズかったり?」
「ミナギくんは、気にしなくていいことよ」
一変して、こちらを気遣うような優しい声。
でも、それで分かってしまった。
村人が用心棒を雇うのとは、わけが違うんだ。ぽっと出の
しまったな……。カイラさんに任せきりで、その辺のことをまったく考えていなかった。
「オーナー? 石何個まで使っていいですか?」
エクスの中では、実力を見せつけて意趣返しすることが既成事実化している。
これは、もう、ひとつしか選択肢がない。
「分かりました。やめます」
いきなりのちゃぶ台返し。
周囲を沈黙が支配した。