目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

18.おかえりなさい

「ええと……。なにが起こったのかしら? まさか、《縮地》?」

「やっぱ、そういうのあるんですね。さすがだなぁ」


 って、いやいやいや。


「もしそうだとしたら、俺は相当変な人になる気がするんですけど」

「……そうね」


 今の間は、なに!?

 いや、いい。深くは問うまい。


 明後日を向く耳と、パタパタ動く尻尾でだいたい分かった。


 ほんと、《シャドウサーヴァント》は解除しておいて良かった。あれ、怪しいってレベルじゃないもんな。カイラさんもどん引きだよ。


「それよりも、一体全体どういうことなのかしら?」

「ええと、なにが起こったかというと、正直に言っても混乱すると思うんですが……」


 しかも、証拠もないのがさらにあれだ。


 かといって、なにも言わないわけにもいかないのが社会人の辛いところ。報連相はしっかりしないとね。上に責任を取らせられないからね。


「ちょっと、自分の世界へ行って戻ってきました。半日ぐらいですかね」

「ミナギくんがいなくなったのは、ほんの一瞬だったと思うのだけど……」


 俺のことを信じていないというわけではない。

 だからこそ、矛盾する状況にカイラさんが戸惑いを見せる。


 一瞬なのに半日とか言われたら、そりゃそうなるよね。


「俺のアプリ……じゃないスキルでいいか。世界を移動するスキルは、移動した後、その世界で時間は経過しないようになっているんです」


 赤い瞳をまん丸にして、カイラさんが呆然と見つめる。


 そうだよね。そりゃ、そうなるよね。


「それは……。つまり……?」


 それでも、なんとか冷静さを保とうとしているのは、さすが上忍。いや、黒喰エクリプスか。

 里の子供たちにからかわれていた光景からは、想像もできない。


 そういうギャップ、いいと思います。


「あの瞬間、ミナギくんは勇者アインヘリアルの世界……英雄界アースガルズに戻った。

そして、半日ほど滞在してから、私の前からいなくなった時点へ戻ってきたということになるのね」

「英雄界アースガルズ? なにそれすごい」


 そうか。地球は英雄界アースガルズというのか。ちょっと、ファー・ジ・アースっぽいな。

 なんでか知らないけど、格好良いので、とにかく良し!


「違うの? 街には天を突くような神殿が建ち並び、水は豊富に流れ、人々は飢えることなく、夜も眠ることのない世界と聞いているのだけど」

「だいたいあってた」


 箇条書きマジックだ。


「まあアースガルズはともかく、カイラさんの言う通りです。あっちで、オーガをまとめてどうにかする手段を用意してきました」

「ミナギくん……」


 カイラさんが、泣き笑いのような表情を、白皙はくせきの美貌に浮かべた。

 一応、俺たちがオーガと戦うことを受け入れはしてくれたが、逃げろと言ったその言葉が本音なのだろう。


 でも、そこは俺にとって半日以上前に通過した場所。

 やっぱり駄目とか言われたら、ラーメン食べたテンションで失った諭吉さんに顔向けできない。


「今さら、やっぱ逃げろはなしですよ。地球……アースガルズへ戻っても、俺の主観ではこっちの時間は経過しないんですからね」

「オーナーが殺る気……もとい、やる気になってるので、エクスとしても、受け入れてほしいところですね」


 今まで黙っていたエクスが俺とカイラさんの間に入って言った。

 若干ドヤ顔の保護者ムーブだ。


「……分かったわ」


 俺たちを翻意させることはできない。

 カイラさんは、ようやく諦めてくれたようだ。


「改めて、きちんとお願いするわ。ミナギくん、エクスさん。あなたたちの力を貸してちょうだい」

「泥船よりは役に立ちますから」


 カイラさん、そうそう。深く考えなくていいんだよ。俺は、自己責任世代だからね。まともな就職ができないのも、残業代が出ないのも、心身を病むのも自己責任。


 それに比べたら、オーガを追い返すのなんて、どうということはない。むしろ、ご褒美だ。


「でも、それならそうと、最初に説明しておいてくれれば良かったのに。驚いたわよ」

「俺も使うのが初めてで、確証がなかったもので」


 ちょっと拗ねたように言うカイラさんだけど、仕方がないことだったのだ。


 水を圧縮できるかも分からなかったし、そもそも、実際のところ帰れるかどうかも分かんなかったんだよな。


 ……うわ。冷静になると怖いな。相当な綱渡りだったんじゃん。


 渡りきってから吊り橋のボロさに気付いた俺の目の前に、タブレットの画面から出てきたエクスがふわりと飛んでくる。


「お話の途中で申し訳ありませんが、オーナー。また、実績解除の通知が届いています」

「またか。でも、無いほうが不自然か」


 初めて地球へ戻ったときに実績解除された。

 なら、こっちへ戻ったときにもあるはず。


 というわけで、早速メッセージに目を通す。


『界渡りの実績が解除されましたのでご連絡いたします。

 おめでとうございます。

 実績解除に伴い、5,000神威石をプレゼントさせていただきます』


「おお、やった」


 わーい、配布石! シュウヤ、配布石大好き!


「オーナー、落ち着いてください。続きがありますよ」

「おっと、クールにならないとな」


 エクスなら、ラジカセ代わりになるだろうか。


『ただし、この神威石は現金への変換にはご利用いただけません。

 スキルやアプリの購入などにのみ利用可能です。

 また、その際には優先してこちらの神威石が消費されます。

 予めご了承下さい。

 それでは、今後ともよろしくお願いいたします』


「まあ、妥当なところか」

「それなら、最初の配布石も変換不可にすれば良かったのにと、エクスは思うのですが……」

「それは撒き餌みたいなもんだろ」


 最初から制限を掛けると、やる気を殺ぐからな。

 実行するしないは別にして、可能性を見せるのが重要だ。


「それに、あれだけの元手があって異世界にいるんだぜ。変換できてもできなくても、まずスキルを取得するもんだろ」

「オーナー……?」


 一般論です。


「ええと……。神の奇跡で、魔力が回復したということなのかしら?」

「そういうことになりますね」


 とりあえず、石が1万5千403個になった。

 まあ、現金に変換できないのはちょっと痛いが、そういうもんだろう。


 それに、ある意味俺の期待通りでもある。


「しかし、換金不可石とか、屋上屋を架す感じがして歪でいいよね」

「オーナーは、フェチなんです?」


 ゲームバランスを修正しようとして、逆にバランスが崩れるのって萌えない?


「……それより、渡す物があったのではないですか?」

「私に?」

「あ、これお土産です」


 タブレットから《ホールディングバッグ》のアプリを操作し、スーパーの袋を取り出した。

 中には、チョコやら飴やらキャラメルやら、きのこやらたけのこやら。片っ端からカゴへ放り込んだお菓子が、ぱんぱん詰まっている。


「……なに?」

「お菓子です」

「お菓子」


 カイラさんが鸚鵡返しする。


 唐突にかわいい。


「これ全部が!?」


 もちろん。

 しかし、これだけではないという。


「こっちは甘いやつだけですね。他に、ちょっとしょっぱめのとかもあります」


 せんべいとかポテトチップスとか、そういうのだ。

 西新宿の煎餅屋で買ったわけではないので、味は普通だと思うけど。


「まったく、子供たちを甘やかして……」


 そう言いつつも、耳をぴくぴくさせてるカイラさん。


 いい……。


 プロは多くを語らないのだ。


「これは、こちらでちゃんと管理するわ」

「ええ。味見をしてから、あげてください」

「味見……。そう、味見ね……」


 はい。味見です。


「……とりあえず、これからのことを話し合いましょう」

「作戦会議ですね」


 圧縮ペットボトル水のことも、説明しなきゃいけないしな。


 カイラさんが先へ進み、洞窟住居の内部を移動する。たぶん、会議室みたいな場所があるんだろう。


 それにしても、今度は、ちゃんと自分の足で歩いて行けるぜ。


 と感動に浸ろうとしたところ、カイラさんが唐突に立ち止まった。


「なにか忘れ物ですか?」

「いいえ。でも、忘れ物と言えば、そうかもしれないわ」


 なんだろう? まだ他に魔力水晶があったとか?


「そういえば、まだ言っていなかったと思って」

「なんですか?」

「おかえりなさい」


 いくつしむような、少しはにかんでいるかのような笑顔。


 そして、全身を包むような暖かな声。


 俺の決断と選択は、間違いじゃない。

 素直に、そう思えた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?