「ええと……。なにが起こったのかしら? まさか、《縮地》?」
「やっぱ、そういうのあるんですね。さすがだなぁ」
って、いやいやいや。
「もしそうだとしたら、俺は相当変な人になる気がするんですけど」
「……そうね」
今の間は、なに!?
いや、いい。深くは問うまい。
明後日を向く耳と、パタパタ動く尻尾でだいたい分かった。
ほんと、《シャドウサーヴァント》は解除しておいて良かった。あれ、怪しいってレベルじゃないもんな。カイラさんもどん引きだよ。
「それよりも、一体全体どういうことなのかしら?」
「ええと、なにが起こったかというと、正直に言っても混乱すると思うんですが……」
しかも、証拠もないのがさらにあれだ。
かといって、なにも言わないわけにもいかないのが社会人の辛いところ。報連相はしっかりしないとね。上に責任を取らせられないからね。
「ちょっと、自分の世界へ行って戻ってきました。半日ぐらいですかね」
「ミナギくんがいなくなったのは、ほんの一瞬だったと思うのだけど……」
俺のことを信じていないというわけではない。
だからこそ、矛盾する状況にカイラさんが戸惑いを見せる。
一瞬なのに半日とか言われたら、そりゃそうなるよね。
「俺のアプリ……じゃないスキルでいいか。世界を移動するスキルは、移動した後、その世界で時間は経過しないようになっているんです」
赤い瞳をまん丸にして、カイラさんが呆然と見つめる。
そうだよね。そりゃ、そうなるよね。
「それは……。つまり……?」
それでも、なんとか冷静さを保とうとしているのは、さすが上忍。いや、
里の子供たちにからかわれていた光景からは、想像もできない。
そういうギャップ、いいと思います。
「あの瞬間、ミナギくんは
そして、半日ほど滞在してから、私の前からいなくなった時点へ戻ってきたということになるのね」
「英雄界アースガルズ? なにそれすごい」
そうか。地球は英雄界アースガルズというのか。ちょっと、ファー・ジ・アースっぽいな。
なんでか知らないけど、格好良いので、とにかく良し!
「違うの? 街には天を突くような神殿が建ち並び、水は豊富に流れ、人々は飢えることなく、夜も眠ることのない世界と聞いているのだけど」
「だいたいあってた」
箇条書きマジックだ。
「まあアースガルズはともかく、カイラさんの言う通りです。あっちで、オーガをまとめてどうにかする手段を用意してきました」
「ミナギくん……」
カイラさんが、泣き笑いのような表情を、
一応、俺たちがオーガと戦うことを受け入れはしてくれたが、逃げろと言ったその言葉が本音なのだろう。
でも、そこは俺にとって半日以上前に通過した場所。
やっぱり駄目とか言われたら、ラーメン食べたテンションで失った諭吉さんに顔向けできない。
「今さら、やっぱ逃げろはなしですよ。地球……アースガルズへ戻っても、俺の主観ではこっちの時間は経過しないんですからね」
「オーナーが殺る気……もとい、やる気になってるので、エクスとしても、受け入れてほしいところですね」
今まで黙っていたエクスが俺とカイラさんの間に入って言った。
若干ドヤ顔の保護者ムーブだ。
「……分かったわ」
俺たちを翻意させることはできない。
カイラさんは、ようやく諦めてくれたようだ。
「改めて、きちんとお願いするわ。ミナギくん、エクスさん。あなたたちの力を貸してちょうだい」
「泥船よりは役に立ちますから」
カイラさん、そうそう。深く考えなくていいんだよ。俺は、自己責任世代だからね。まともな就職ができないのも、残業代が出ないのも、心身を病むのも自己責任。
それに比べたら、オーガを追い返すのなんて、どうということはない。むしろ、ご褒美だ。
「でも、それならそうと、最初に説明しておいてくれれば良かったのに。驚いたわよ」
「俺も使うのが初めてで、確証がなかったもので」
ちょっと拗ねたように言うカイラさんだけど、仕方がないことだったのだ。
水を圧縮できるかも分からなかったし、そもそも、実際のところ帰れるかどうかも分かんなかったんだよな。
……うわ。冷静になると怖いな。相当な綱渡りだったんじゃん。
渡りきってから吊り橋のボロさに気付いた俺の目の前に、タブレットの画面から出てきたエクスがふわりと飛んでくる。
「お話の途中で申し訳ありませんが、オーナー。また、実績解除の通知が届いています」
「またか。でも、無いほうが不自然か」
初めて地球へ戻ったときに実績解除された。
なら、こっちへ戻ったときにもあるはず。
というわけで、早速メッセージに目を通す。
『界渡りの実績が解除されましたのでご連絡いたします。
おめでとうございます。
実績解除に伴い、5,000神威石をプレゼントさせていただきます』
「おお、やった」
わーい、配布石! シュウヤ、配布石大好き!
「オーナー、落ち着いてください。続きがありますよ」
「おっと、クールにならないとな」
エクスなら、ラジカセ代わりになるだろうか。
『ただし、この神威石は現金への変換にはご利用いただけません。
スキルやアプリの購入などにのみ利用可能です。
また、その際には優先してこちらの神威石が消費されます。
予めご了承下さい。
それでは、今後ともよろしくお願いいたします』
「まあ、妥当なところか」
「それなら、最初の配布石も変換不可にすれば良かったのにと、エクスは思うのですが……」
「それは撒き餌みたいなもんだろ」
最初から制限を掛けると、やる気を殺ぐからな。
実行するしないは別にして、可能性を見せるのが重要だ。
「それに、あれだけの元手があって異世界にいるんだぜ。変換できてもできなくても、まずスキルを取得するもんだろ」
「オーナー……?」
一般論です。
「ええと……。神の奇跡で、魔力が回復したということなのかしら?」
「そういうことになりますね」
とりあえず、石が1万5千403個になった。
まあ、現金に変換できないのはちょっと痛いが、そういうもんだろう。
それに、ある意味俺の期待通りでもある。
「しかし、換金不可石とか、屋上屋を架す感じがして歪でいいよね」
「オーナーは、フェチなんです?」
ゲームバランスを修正しようとして、逆にバランスが崩れるのって萌えない?
「……それより、渡す物があったのではないですか?」
「私に?」
「あ、これお土産です」
タブレットから《ホールディングバッグ》のアプリを操作し、スーパーの袋を取り出した。
中には、チョコやら飴やらキャラメルやら、きのこやらたけのこやら。片っ端からカゴへ放り込んだお菓子が、ぱんぱん詰まっている。
「……なに?」
「お菓子です」
「お菓子」
カイラさんが鸚鵡返しする。
唐突にかわいい。
「これ全部が!?」
もちろん。
しかし、これだけではないという。
「こっちは甘いやつだけですね。他に、ちょっとしょっぱめのとかもあります」
せんべいとかポテトチップスとか、そういうのだ。
西新宿の煎餅屋で買ったわけではないので、味は普通だと思うけど。
「まったく、子供たちを甘やかして……」
そう言いつつも、耳をぴくぴくさせてるカイラさん。
いい……。
プロは多くを語らないのだ。
「これは、こちらでちゃんと管理するわ」
「ええ。味見をしてから、あげてください」
「味見……。そう、味見ね……」
はい。味見です。
「……とりあえず、これからのことを話し合いましょう」
「作戦会議ですね」
圧縮ペットボトル水のことも、説明しなきゃいけないしな。
カイラさんが先へ進み、洞窟住居の内部を移動する。たぶん、会議室みたいな場所があるんだろう。
それにしても、今度は、ちゃんと自分の足で歩いて行けるぜ。
と感動に浸ろうとしたところ、カイラさんが唐突に立ち止まった。
「なにか忘れ物ですか?」
「いいえ。でも、忘れ物と言えば、そうかもしれないわ」
なんだろう? まだ他に魔力水晶があったとか?
「そういえば、まだ言っていなかったと思って」
「なんですか?」
「おかえりなさい」
いくつしむような、少しはにかんでいるかのような笑顔。
そして、全身を包むような暖かな声。
俺の決断と選択は、間違いじゃない。
素直に、そう思えた。