「ほら、フウゴ。さっさと行きなさい」
「痛えな、蹴るんじゃねえよ」
頭を下げ続ける同僚の背中を蹴って、この場から追い立てるアルビノケモミミくノ一ことカイラさん。
「ミナギくんの寛大さに感謝して、大人しくしているのよ」
「ったく。口うるせえ、バ――」
「今、なんと言おうとしたのかしら?」
「お、おうふ……」
カイラさんの
大丈夫。俺から見たら、カイラさん全然若いから。
……うん。俺からじゃ慰めにもならないね。むしろ、嫌味だね。黙っておこう。
「オーナー、今のは良かったですね!」
そして、デフォの巫女風衣装のエクスが、くるくると宙を舞う。
喜色満面。まるで、
「以心伝心にして一心同体。完璧なコンビネーションでした」
「ああ。助かったよ」
さすがにエクスほど手放しに喜べないが、手応えがあったのは事実だ。
まあ、さすがにあの世へ行けとまでは思ってなかったので、完全に一心同体とはいえないが。
「だけど、俺が戦うの反対じゃなかったの?」
「無用なリスクを冒すのには反対です。しかし、人生には戦わなければならないときもありますから」
「今がそのときだったんだろうか」
俺が舐められたことは、まあ、いい。面子を大事にする鎌倉武士とかではないので。
でも、ちょっとトラウマを刺激されたくらいで乗っかってしまったのは、良くないことだった。
一歩間違えたら、俺だけでなくエクスやカイラさんまで危険にさらすことになっていたのだから。
エクスの言う通り、無用なリスクだ。
「つまり、仕事を辞めれば危険も減る……?」
「辞めましょう。労働三法なら得意ですから、任せてください!」
なんか、一回地球に戻ってからエクスペディア化が激しいな。うちの無線LANにつないで、データでもダウンロードしたの?
「いつ辞表を出しますか? エクスも同行します」
「でも、そうなると異世界貿易する原資がなくなるな……」
「短い夢でした」
たはーと、肩を落とすエクス。
しかし、一瞬で復活した。
「まあ、それはそれとして今回は普通にムカついたので、すっきりしましたが」
「元々、そんなに怒るようなことでもなかったような……」
ある意味、通過儀礼のようなものだろう。
というか、周囲が怒ってると怒りが続かない部分あるよね?
「オーナーは確かに、こういろいろとダメな人ですが」
そんな俺の感情とは別に、エクスが目をつり上げて力説する。
「それはそれとして、他人からバカにされるとムカつきます」
ふ、複雑なお年頃だね……。
俺からはなんともコメントしづらいため、助けを求めるようにカイラさんの姿を探す……と。
「まったく……。あとで、お説教ね」
まだ、お怒りでした。
「あえて見逃した長老も」
長老ーーー! よく分かんないけど、暗躍したことがバレてるよ、長老ーーー!
会ってないけど、威厳とか大丈夫? それとも、カイラさんがこの里の陰の支配者だったりするのだろうか?
俺の周囲の女子が怖い。怖くない?
それとも、これが異世界スタンダード?
「ミナギくんも、ミナギくんよ」
「はい? なんですか?」
なぜか、裏の支配者の追及が俺へと向けられた。まったく、心当たりがないのにどぎまぎしてしまう。
「私に任せてくれれば、綺麗に収めたのに」
それ、末尾に(物理)って付くやつでしょ?
さすがに、そんなことはさせられない。
「いや、里の仲間なんだし、それなら俺が悪者になったほうがいいかなって……」
赤い瞳が大きく見開かれ、カイラさんの動きが止まる。
だけど、それは一瞬のこと。
はあ……と息を吐き、緊張感は消え去った。
「ところで、コンビネーションという意味では、私もなかなかのものだったのではない?」
「むう……。日は浅いながら、オーナーの意図をきっちりくみ取った行動をしていましたのは認めざるを得ません。なかなかやりますね……」
する? そこで対抗する? そういうの、別に要らなくない?
「とりあえず、もう行きません?」
「そうね……。ああ、これが残っていたわ」
「あっ……」
ペットボトルを拾おうとしたカイラさんが、その姿勢のまま固まる。
だよねー。片手で200キロは無理ゲーだよねー。
「……これ、なにでできているの?」
「それが、オーガを追い払う切り札というかなんというか」
ここで説明していいものかと言い淀んでいると、カイラさんは急に真剣な表情に変わる。
「なるほど。私の部屋へ行きましょうか」
「え? あ、はい。エクス、《ホールディングバッグ》に回収お願い」
そして俺は、半ば引きずられるように洞窟住居を移動する羽目になった。
俺は、普通に移動できない呪いにかかってしまったんだろうか?
「オーナー。女性の部屋なんですから、そんなに見るものじゃないですよ?」
「いや、そういうつもりじゃないんだが……」
女の人の部屋に入らなければならないということで、かなりの隔意もあったのだが、中を見てそんな気分は吹き飛んだ。
ニンジャだけど、和風じゃない。
洞窟の壁はむき出しで、床にはマットとして地味な絨毯が敷かれ。
ランタンで明かりを採った、家具と言えばベッドとチェストぐらいしかない部屋。
でも、ぐっとくる。
「知覚で判定したら、隠してる武器とか見つかりそうでいいよね」
「ちょっとエクスには分からないです」
おっと、引かれてしまった。
飲み物を持ってきてくれるというカイラさんが戻ってくるまで、間を持たせないと。
「そういえば、エクスって充電はどうなってるんだ?」
「しばらくは、なくても大丈夫ですよ」
「そうなんだ。衣装変えたり、結構バッテリー使いそうな感じだったけど」
家に帰ったときは習慣で充電したけど、何日かに一回すればいいのかな? それはすごい。
「最近のスマフォに見習わせたいぐらいだ」
「あんな、新機種が出るたびに使える時間が減っていくような劣等種と一緒にされては困ります」
エクスが、ドヤ顔で胸を張る。
なんなの? タブレットとスマフォで、なんか確執とかあるの?
「エクスなら、ひたすら虚無的にアプリゲーの周回をしまくっても電池切れの心配はなしです」
「《シャドウサーヴァント》が組み合わさって、最強に見える」
でも、あっちに帰ったらモバイルバッテリーは買い足しておこう。
「お待たせしたわね」
「いえ……」
音も前触れもなく戻ってきたカイラさんは、湯気の立つ茶碗を乗せたトレイを持っていた。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
それを受け取り、中身を見る。
緑茶……かな?
「いただきます」
うん、緑茶だった。
温かいお茶なんて、いつ振りだろう?
たまには、苦い飲み物もいい。
「俺の世界にも似たような飲み物がありますけど、美味しいですね」
「口に合って良かったわ。エルフたちとの交易で、入手できるのよ」
「ということは、貴重品なのでは?」
「砂糖ほどではないわよ」
つまり、イエスだと。
これは交易品目が増えそうだ……けど、やり過ぎるとエルフの反感を買って抗争フラグとか立ちそうで怖いな。慎重にいこう。
「それで、早速だけどミナギくん」
「ええ、説明します」
茶碗をそのまま床に置き、俺は頭の中で話の構成を整える。
でも、やることは単純だ。
「まず、さっきのペットボトルには、俺の《水行師》のスキルで圧縮した水が200キロ分詰まっています」
「圧縮……。そんなことが可能……だから、あれだけの重さだったのね」
「何百本も用意してきたんで、単純計算で120トンかな? それを一斉に破裂させて地下道へ流し込みます」
要するに、どうにかしてオーガの本隊が来る前に侵攻ルートに先回りし、大量の水で綺麗さっぱり洗い流すというシンプルな作戦だ。
「120トン以上というのが、具体的にはよく分からないけれど……」
「なんて、例えればいいんだろうな……」
そんなときに頼りになるのがエクスだ。
「圧縮した水を一瞬で解き放つので、水そのものを流すとき以上の破壊力は見込めます。洞窟の広さにもよりますが、崩壊させることも不可能ではないかと」
顧客が求めているのは、ドリルではなく穴という真理を突いた回答。
「それだと、ミナギくんが必ず現場にいなくては駄目よね……」
「まあ、危険を排除するためですから」
まさに、虎穴に入らずんば虎児を得ず。
一番は、地下と地上を結ぶ洞窟の破壊。
それができなくても、タイミングを見計らってオーガたちを水に流せれば時間は稼げる。
「とりあえず、一回やって駄目なら、戻ってまた補給してくるんで」
時間が進まない仕様は、こういうとき強い。過去に戻れはしないが、リトライは可能だ。
一回分の石も戻ってきたしね!
「なるほど……。それなら……」
カイラさんが、顔の前で白魚のような指を組み考え込む。
「了解したわ」
「じゃあ、明日にでも出発するということで、いいですか?」
「そうね……」
しかしまた、眉根を寄せて思案げな表情を浮かべるカイラさん。
「なにか、問題が?」
「いいえ。これだけのことをしてもらって、私はどう報いればいいのか。それを考えていたのよ」
「……はい?」
俺は思わずエクスと顔を見合わせてしまった。
それ、もう先払いしてもらってるよね……?