「この宝石は、いったい……?」
「おう。これはな、こうやって使うんだぞ!」
湖の上から、つつつっとこっちへ移動するウンディーネ。
いったいなにをするのかと、俺もカイラさんも黙って様子を見ていたら……。
「ちぇいさー!」
可愛く声を出したかと思うと、青い宝石へ拳を叩き付けた。
その結果、みしりと水晶玉のような宝石にひびが入り、ぱりんといくつもの欠片に分かれてしまった。
こぼれてしまわないよう、慌てて両手ですくうようにする。
また……守れなかった……。
って、見た目と声は可愛いのに、やることヴァイオレンスだな!
「割れたけど……?」
「これは、割れたのではなく割ったというのです」
カイラさんとエクスが、そろってぽかーんとしてる。カイラさんの尻尾なんて、垂れ垂れだ。
わけが分からないのは俺も同じだが、他人がこうだと、まだ冷静さが保てるね!
「まさか、割って使うとかいうオチじゃ……?」
「そーだぞ!」
「マジかよ!」
自分で言っておいてなんだが、まったく信じていなかった。というか、それなら最初から割っておいてくれない? びっくりするから。
「そして、これをこうしてこうだぞ!」
ウンディーネは俺の手のひらから宝石の欠片をひとつ摘まみ上げ、湖へと放り投げた。ちゃぽんと、周囲に水音が染み渡る。
「…………」
「…………」
「…………」
……なにも起こらない。ただ投げ込んだだけのようだ。
「言うほど複雑なことはしてないよな」
「というか、ただ宝石を割って欠片を投げただけじゃないですか! 妖精や精霊業界の評判が下がるでしょう!?」
エクスは、そういうの気にしなくていいんじゃないかな?
というか、そもそもエクスって妖精とか精霊界隈の存在なんだろうか。
「人の話は最後まで聞くんだぞ」
「まだ、続きがあったのか……」
「当たり前だぞ。あのファーストーンにはな、水を介して石の欠片同士をつなげる力があるんだ!」
自慢気に胸を反らすウンディーネ。
つまり……?
「ファーストーンを沈めた水場と水場の間を、一瞬で移動できるんだぞ。もちろん、アタシが認めたヤツだけだけどな!」
「俺だけ? カイラさんとか、同行者は駄目?」
「一緒に移動したければ、いいぞ!」
「そりゃすごい」
「でも、5人までだ!」
「ふふんっ。まあ、そんなもんですよね」
デフォ巫女衣装で勝ち誇るエクスかわいい。
どこに勝ち誇るポイントがあったか分からないところが、逆にポイント高いぜ。
「ものすごい話になって正直ついていけなかったのだけど、ファーストーンって、あのファーストーンでいいのよね?」
「アタシは、他にファーストーンなんて知らないぞ」
「ミナギくん……。とんでもない物を贈られたわね……」
「え? なんか、マズいもの?」
「逆よ」
貴重すぎてヤバイ系かぁ……。
ぺたんとしているカイラさんの耳が、雄弁に語っていた。
「伝説、いえ、神話の領域よ」
「いやー。それほどでもないぞ?」
「精霊さんもこう言ってますし」
「まあ、見せびらかすような物ではないし、今さらかしらね……」
ため息交じりにそう言って、カイラさんは赤い瞳で湖を見る。
湖面を渡る風が白い髪を揺らし、尻尾も力を取り戻した。
「でも、軽々しく他人に見せないようにね」
俺に紐付いてるから売れないのが唯一の救いか。
普段は、《ホールディングバッグ》に入れておこう。
「それで、ファーストーンの欠片はいくつあるの?」
「ええと……。残りは16個ですね」
拳の一撃で17分割していたようだ。
つまり、あと16地点もワープポイントが作れるわけか。
……待てよ。
「これを使えば、《ホームアプリ》を使わずに、地球とこっちを行ったり来たり――」
「地球? 英雄界アースガルズのことか? それは無理だ! ごめんな!」
「――できないよね。そりゃそうだよな」
さすがにファーストーンの移動じゃ時間は止まらないだろうから、《ホームアプリ》と差別化はできると思うんだけどな。
そういう問題じゃないんだろうけど。
「でも、水場ならアースガルズでも問題なく使えるはずだぞ」
「そうなの?」
「おう! そっちにも精霊はいるからな」
「マジか」
地球は、思ったよりもファンタジーだったかぁ。
それなのに、世界はなぜあんなに病んでいるんだろう……?
精霊さんのお力で、ブラック企業とか撲滅できないですかね? そのためなら、水ならいくらでも出しますけど。
そう。世界が洪水に飲まれるぐらい……。
「ミナギくん、闇に飲まれてるわよ」
「はっ。しまった」
いけない、いけない。
洪水を起こすなら、ちゃんと箱舟作ってからだよね。
ノー箱舟、ノー洪水。
「とりあえず、これで毎日の通勤が楽になるな」
「とっても貴重っぽいのに、そんなことに使っていいんですか……? というか、真っ先に出てくる用途がそれですか?」
そんなに褒められると、照れるな。
「なんなら、エクスがフェニックスウィングで送迎しますよ」
「それは魅力的だけど、相当目立つよな……」
まあ、ファーストーンでの移動でも同じではあるが。
水場限定というのが、結構厳しい。会社のビルの貯水槽……は、やめたほうがいいな。
でも、自宅の浴槽あたりにはひとつ沈めておこう。
「よし、これからも頑張れよ! できれば、火とか風の仲間も解放してくれると嬉しいぞ!」
「機会があったらな」
「おう! それでいいぞ!」
行ければ行く程度の返答にも気を悪くせず、ウンディーネは湖面へ消えた。出るときも消えるときも唐突で、余韻の欠片もない。
それにしても……あっさり引き下がられると、逆にやんなきゃいけない気になってくるな。
でも、水が鍵だったウンディーネはいいけど、他はどうすればいいんだろうか?
シルフの風の神殿で、めちゃくちゃ風を吹かせろ! とか言われても困るんだけど。いくらカイラさんが実質ニンジャでも、神風の術とか使えないだろうし。
「……なんだか、言葉がないわね」
「確かに、元気過ぎて精霊というイメージからはちょっと外れてましたね」
「そういうことでは、ないのだけれど……」
どう説明しようか迷っていたようだが、結局、カイラさんは諦めた。
「とりあえず、里へ帰りましょう」
「そうですね」
顛末を説明したり、今後のことも話し合ったりしなくちゃいけないだろう。
「……ところで。ひとつ確認しておきたいんですが」
「なにか、心配事が?」
「オーガの侵攻路をふさぎに行ったら湖ができたって、説明して大丈夫ですかね?」
「それは……そのファーストーンが、動かぬ証拠よ」
「粉々ですけど」
「……私が、どうにかするわ」
さすがカイラさん!
特急カイラさん便からは卒業するけど、やっぱり頼りになるな!
「それでは、オーナー。フェニックスウィングの初走行と行きましょう」
「なるほど。ここからが本番というわけね」
「……無理すれば、二人で乗れない?」
座席はサドルではなくシート状なので、詰めればなんとか二人座れるのではないだろうか?
結構きつそうだけど、隣で走られるよりはずっといい。
「そうね。ミナギくんは、かなり細身だし……」
「え? 普通じゃない?」
「オーナー、知ってます? 人間、食事を摂らないと細くなるんですよ?」
こ、これからは食べるし。
できるだけ。
「それじゃ、試してみようか」
俺に不利な話になりそうだったので、率先してフェニックスウィングに乗った。
車体がわずかに沈むが、すぐに元の高さへ戻る。前後の水晶球は地面に接することはなかった。
「失礼するわね」
続けてカイラさんが乗るが、結果は同じ。窮屈は窮屈だけど、そこまで密着もしていない。これは、いけそうかな……?
「では、行きますよ」
俺がハンドルに手を置いたのを確認し、その間に浮かんでいるライダースーツのエクスが出発を宣言する。
自由だな。
「おっ」
エンジン音とまではいかないが、ブゥンという低い音とともにフェニックスウィングが発進した。
徐々に速度が上がり、俺のテンションも上がる。すげー。浮いてる。走ってる。ピーキーすぎて、お前にゃ無理だよって感じだぜ。
そんな俺に、カイラさんが腕を回して密着する。
そりゃ、(止まってるときと違って、このスピードなら)そうなるよ!
思わず身を固くする……が、そこまでふにゅんではなかった。
ふふふふふ。
マントがなかったら即死だったぜ。
ありがとう、ミラージュマント。本来の用途じゃないけど! できれば、本来の用途は永遠に出番来てほしくないけど!
「ふうん。まあまあ、かしらね……」
「いやいや、かなりのものでしょ?」
なので、普通に受け答えが可能だ。
「じー」
エクスには、ちょっとばれてる気がしないでもないけど。
「魔力水晶を消費しないのであれば、認めてあげても良かったけど。やはり、シンプルなほうがいざというとき強いわよ」
カイラさんは、機関車が出始めた頃に馬車で競争した人みたいになっているが、二人でも結構速い。
まさに、風を切り裂くって感じだ。
生まれたばかりの湖面は遠ざかり、崖からも離れ、山の斜面を下っていく。タブレットに出している《オートマッピング》の画面も、かなりの速度で移り変わっている。カイラさんに背負われていたときと、同じぐらい。
いや、その理屈はおかしい。
おかしいけど、事実なんだよなぁ……。
それはともかく、地面から浮いているので路面の影響は受けないし、逆に、浮いているからという不安定さもない。
「エクスの制御は完璧ですから」
「さすがエクス。頼りになるな」
「それほどでも……ありますね!」
だが、好事魔多し。
30分ほど走行していたら、背後でぴくりとカイラさんが反応する気配がした。
「なにか襲ってくるわよ」
「《オートマッピング》には、なにも反応ないですけど……」
UNKNOWNのアイコンも含め、なにもない。
しかし、カイラさんは正しかった。
「フォレストウルフね」
こっち目がけて、狼の……といっても、犬に毛が生えたようなのじゃない。下手をすると子牛ぐらいの大きさの狼が飛びかかってきた。
しかも、一匹じゃない。見える範囲に4~5匹ぐらいいる。
「エクス、この状況でマクロ撃てる?」
「……いけますけど、囲まれているので!」
「じゃあ、防御したほうが――」
「私のほうが早いわ」
マフラー――ギルシリスという銘のマジックアイテムが伸びたかと思うと、白い閃光となって踊った。
いつの間にか、マフラーに忍者刀を持たせていたのだろうか。
しばらくそのまま走っていたフォレストウルフだったが、マフラーが戻ったタイミングで足がなくなった。
しかし、慣性がなくなるはずもなく、体だけが地面へと投げ出される。
キャインと、犬のような鳴き声をあげるフォレストウルフたち。
それを置き去りにして、空飛ぶバイクは進んでいった。まだ、隠れているのがいないとは限らないから当然ではあるが……。
カイラさん、あっさり使いこなしていらっしゃる。
「辻斬りアタック……」
「あら。格好良いわね」
「イメージ最悪なんですけど?」
「それに、これでは魔力水晶が回収できませんよ?」
「困るな、それは」
このバイク動かすのだって、ただじゃないんだ。
「フォレストウルフはただの野獣で、魔力水晶は持っていないのだけれど……。確かに、そこは、まだ運用を改善する余地があるわね」
カイラさんが、次からは上手くやりましょうとまとめる。
……あれ? 次?
ということは、結局、密着系移動は変わらないの……?