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32.ファーストーン

「この宝石は、いったい……?」

「おう。これはな、こうやって使うんだぞ!」


 湖の上から、つつつっとこっちへ移動するウンディーネ。

 いったいなにをするのかと、俺もカイラさんも黙って様子を見ていたら……。


「ちぇいさー!」


 可愛く声を出したかと思うと、青い宝石へ拳を叩き付けた。

 その結果、みしりと水晶玉のような宝石にひびが入り、ぱりんといくつもの欠片に分かれてしまった。


 こぼれてしまわないよう、慌てて両手ですくうようにする。


 また……守れなかった……。


 って、見た目と声は可愛いのに、やることヴァイオレンスだな!


「割れたけど……?」

「これは、割れたのではなく割ったというのです」


 カイラさんとエクスが、そろってぽかーんとしてる。カイラさんの尻尾なんて、垂れ垂れだ。

 わけが分からないのは俺も同じだが、他人がこうだと、まだ冷静さが保てるね!


「まさか、割って使うとかいうオチじゃ……?」

「そーだぞ!」

「マジかよ!」


 自分で言っておいてなんだが、まったく信じていなかった。というか、それなら最初から割っておいてくれない? びっくりするから。


「そして、これをこうしてこうだぞ!」


 ウンディーネは俺の手のひらから宝石の欠片をひとつ摘まみ上げ、湖へと放り投げた。ちゃぽんと、周囲に水音が染み渡る。


「…………」

「…………」

「…………」


 ……なにも起こらない。ただ投げ込んだだけのようだ。


「言うほど複雑なことはしてないよな」

「というか、ただ宝石を割って欠片を投げただけじゃないですか! 妖精や精霊業界の評判が下がるでしょう!?」


 エクスは、そういうの気にしなくていいんじゃないかな?

 というか、そもそもエクスって妖精とか精霊界隈の存在なんだろうか。


「人の話は最後まで聞くんだぞ」

「まだ、続きがあったのか……」

「当たり前だぞ。あのファーストーンにはな、水を介して石の欠片同士をつなげる力があるんだ!」


 自慢気に胸を反らすウンディーネ。


 つまり……?


「ファーストーンを沈めた水場と水場の間を、一瞬で移動できるんだぞ。もちろん、アタシが認めたヤツだけだけどな!」

「俺だけ? カイラさんとか、同行者は駄目?」

「一緒に移動したければ、いいぞ!」

「そりゃすごい」

「でも、5人までだ!」

「ふふんっ。まあ、そんなもんですよね」


 デフォ巫女衣装で勝ち誇るエクスかわいい。

 どこに勝ち誇るポイントがあったか分からないところが、逆にポイント高いぜ。


「ものすごい話になって正直ついていけなかったのだけど、ファーストーンって、あのファーストーンでいいのよね?」

「アタシは、他にファーストーンなんて知らないぞ」

「ミナギくん……。とんでもない物を贈られたわね……」

「え? なんか、マズいもの?」

「逆よ」


 貴重すぎてヤバイ系かぁ……。

 ぺたんとしているカイラさんの耳が、雄弁に語っていた。


「伝説、いえ、神話の領域よ」

「いやー。それほどでもないぞ?」

「精霊さんもこう言ってますし」

「まあ、見せびらかすような物ではないし、今さらかしらね……」


 ため息交じりにそう言って、カイラさんは赤い瞳で湖を見る。

 湖面を渡る風が白い髪を揺らし、尻尾も力を取り戻した。


「でも、軽々しく他人に見せないようにね」


 俺に紐付いてるから売れないのが唯一の救いか。

 普段は、《ホールディングバッグ》に入れておこう。


「それで、ファーストーンの欠片はいくつあるの?」

「ええと……。残りは16個ですね」


 拳の一撃で17分割していたようだ。

 つまり、あと16地点もワープポイントが作れるわけか。


 ……待てよ。


「これを使えば、《ホームアプリ》を使わずに、地球とこっちを行ったり来たり――」

「地球? 英雄界アースガルズのことか? それは無理だ! ごめんな!」

「――できないよね。そりゃそうだよな」


 さすがにファーストーンの移動じゃ時間は止まらないだろうから、《ホームアプリ》と差別化はできると思うんだけどな。

 そういう問題じゃないんだろうけど。


「でも、水場ならアースガルズでも問題なく使えるはずだぞ」

「そうなの?」

「おう! そっちにも精霊はいるからな」

「マジか」


 地球は、思ったよりもファンタジーだったかぁ。

 それなのに、世界はなぜあんなに病んでいるんだろう……?


 精霊さんのお力で、ブラック企業とか撲滅できないですかね? そのためなら、水ならいくらでも出しますけど。


 そう。世界が洪水に飲まれるぐらい……。


「ミナギくん、闇に飲まれてるわよ」

「はっ。しまった」


 いけない、いけない。

 洪水を起こすなら、ちゃんと箱舟作ってからだよね。


 ノー箱舟、ノー洪水。


「とりあえず、これで毎日の通勤が楽になるな」

「とっても貴重っぽいのに、そんなことに使っていいんですか……? というか、真っ先に出てくる用途がそれですか?」


 そんなに褒められると、照れるな。


「なんなら、エクスがフェニックスウィングで送迎しますよ」

「それは魅力的だけど、相当目立つよな……」


 まあ、ファーストーンでの移動でも同じではあるが。

 水場限定というのが、結構厳しい。会社のビルの貯水槽……は、やめたほうがいいな。


 でも、自宅の浴槽あたりにはひとつ沈めておこう。


「よし、これからも頑張れよ! できれば、火とか風の仲間も解放してくれると嬉しいぞ!」

「機会があったらな」

「おう! それでいいぞ!」


 行ければ行く程度の返答にも気を悪くせず、ウンディーネは湖面へ消えた。出るときも消えるときも唐突で、余韻の欠片もない。


 それにしても……あっさり引き下がられると、逆にやんなきゃいけない気になってくるな。


 でも、水が鍵だったウンディーネはいいけど、他はどうすればいいんだろうか?

 シルフの風の神殿で、めちゃくちゃ風を吹かせろ! とか言われても困るんだけど。いくらカイラさんが実質ニンジャでも、神風の術とか使えないだろうし。


「……なんだか、言葉がないわね」

「確かに、元気過ぎて精霊というイメージからはちょっと外れてましたね」

「そういうことでは、ないのだけれど……」


 どう説明しようか迷っていたようだが、結局、カイラさんは諦めた。


「とりあえず、里へ帰りましょう」

「そうですね」


 顛末を説明したり、今後のことも話し合ったりしなくちゃいけないだろう。


「……ところで。ひとつ確認しておきたいんですが」

「なにか、心配事が?」

「オーガの侵攻路をふさぎに行ったら湖ができたって、説明して大丈夫ですかね?」

「それは……そのファーストーンが、動かぬ証拠よ」

「粉々ですけど」

「……私が、どうにかするわ」


 さすがカイラさん!

 特急カイラさん便からは卒業するけど、やっぱり頼りになるな!


「それでは、オーナー。フェニックスウィングの初走行と行きましょう」

「なるほど。ここからが本番というわけね」

「……無理すれば、二人で乗れない?」


 座席はサドルではなくシート状なので、詰めればなんとか二人座れるのではないだろうか?

 結構きつそうだけど、隣で走られるよりはずっといい。


「そうね。ミナギくんは、かなり細身だし……」

「え? 普通じゃない?」

「オーナー、知ってます? 人間、食事を摂らないと細くなるんですよ?」


 こ、これからは食べるし。


 できるだけ。


「それじゃ、試してみようか」


 俺に不利な話になりそうだったので、率先してフェニックスウィングに乗った。

 車体がわずかに沈むが、すぐに元の高さへ戻る。前後の水晶球は地面に接することはなかった。


「失礼するわね」


 続けてカイラさんが乗るが、結果は同じ。窮屈は窮屈だけど、そこまで密着もしていない。これは、いけそうかな……?


「では、行きますよ」


 俺がハンドルに手を置いたのを確認し、その間に浮かんでいるライダースーツのエクスが出発を宣言する。


 自由だな。


「おっ」


 エンジン音とまではいかないが、ブゥンという低い音とともにフェニックスウィングが発進した。

 徐々に速度が上がり、俺のテンションも上がる。すげー。浮いてる。走ってる。ピーキーすぎて、お前にゃ無理だよって感じだぜ。


 そんな俺に、カイラさんが腕を回して密着する。


 そりゃ、(止まってるときと違って、このスピードなら)そうなるよ!


 思わず身を固くする……が、そこまでふにゅんではなかった。


 ふふふふふ。


 マントがなかったら即死だったぜ。

 ありがとう、ミラージュマント。本来の用途じゃないけど! できれば、本来の用途は永遠に出番来てほしくないけど!


「ふうん。まあまあ、かしらね……」

「いやいや、かなりのものでしょ?」


 なので、普通に受け答えが可能だ。


「じー」


 エクスには、ちょっとばれてる気がしないでもないけど。


「魔力水晶を消費しないのであれば、認めてあげても良かったけど。やはり、シンプルなほうがいざというとき強いわよ」


 カイラさんは、機関車が出始めた頃に馬車で競争した人みたいになっているが、二人でも結構速い。

 まさに、風を切り裂くって感じだ。


 生まれたばかりの湖面は遠ざかり、崖からも離れ、山の斜面を下っていく。タブレットに出している《オートマッピング》の画面も、かなりの速度で移り変わっている。カイラさんに背負われていたときと、同じぐらい。


 いや、その理屈はおかしい。


 おかしいけど、事実なんだよなぁ……。


 それはともかく、地面から浮いているので路面の影響は受けないし、逆に、浮いているからという不安定さもない。


「エクスの制御は完璧ですから」

「さすがエクス。頼りになるな」

「それほどでも……ありますね!」


 だが、好事魔多し。


 30分ほど走行していたら、背後でぴくりとカイラさんが反応する気配がした。


「なにか襲ってくるわよ」

「《オートマッピング》には、なにも反応ないですけど……」


 UNKNOWNのアイコンも含め、なにもない。


 しかし、カイラさんは正しかった。


「フォレストウルフね」


 こっち目がけて、狼の……といっても、犬に毛が生えたようなのじゃない。下手をすると子牛ぐらいの大きさの狼が飛びかかってきた。


 しかも、一匹じゃない。見える範囲に4~5匹ぐらいいる。


「エクス、この状況でマクロ撃てる?」

「……いけますけど、囲まれているので!」

「じゃあ、防御したほうが――」

「私のほうが早いわ」


 マフラー――ギルシリスという銘のマジックアイテムが伸びたかと思うと、白い閃光となって踊った。


 いつの間にか、マフラーに忍者刀を持たせていたのだろうか。


 しばらくそのまま走っていたフォレストウルフだったが、マフラーが戻ったタイミングで足がなくなった。

 しかし、慣性がなくなるはずもなく、体だけが地面へと投げ出される。


 キャインと、犬のような鳴き声をあげるフォレストウルフたち。


 それを置き去りにして、空飛ぶバイクは進んでいった。まだ、隠れているのがいないとは限らないから当然ではあるが……。


 カイラさん、あっさり使いこなしていらっしゃる。


「辻斬りアタック……」

「あら。格好良いわね」

「イメージ最悪なんですけど?」

「それに、これでは魔力水晶が回収できませんよ?」

「困るな、それは」


 このバイク動かすのだって、ただじゃないんだ。


「フォレストウルフはただの野獣で、魔力水晶は持っていないのだけれど……。確かに、そこは、まだ運用を改善する余地があるわね」


 カイラさんが、次からは上手くやりましょうとまとめる。


 ……あれ? 次?


 ということは、結局、密着系移動は変わらないの……?

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