……さて。
宝箱チェックも後半戦。いや、終盤だ。
「残りは、大したもんじゃなさそうだな」
大きめのと小さめの布系がひとつずつ。大きいのは緑で、小さいのは白い。
それから、よく分からない鍵が一本。
随分とすっきりしたものだ。
まあ、これ以上高いのが出てこられたら俺の小市民ハートが震えて燃え尽きるほどヒートしまうので、全然オッケーなんだが。
「オーナー、オーナー。ひとつ忘れてますよ」
「俺には見えないな。もしかしたら、バカには見えない本なんじゃないのか?」
「本って言ってるわよ」
しまった。
でもさぁ……。
「あれもう、見るからにおどろおどろしいじゃん」
あえて目を背けていたのは、一冊の本。
分厚く、大きく、重たそうで。時代がかった、いかにもな稀覯書。現代のように大量印刷されたのではなく、職人がオーダーメイドで仕上げたであろう本。
俺もまあ、一般人よりはビブリオマニアに近いから決して嫌いじゃないんだが。
「あれもう、見るからにおどろおどろしいじゃん」
「二度言うほど、大事なこと?」
表紙にも背表紙にも、タイトルらしき文字はない。
代わりに触手がうねるような星形で描かれ、人のように見えるなにかがその周囲で踊っていた。ちょっと意味が分からない。分かったら、大惨事だろうけど。
そして、表紙の材質もただの紙や金属じゃなさそう。
よく分かんないけど、こういう本の表紙は決まってるんだ。
人皮だよ、人皮。
「読んだら、絶対に正気度減るやつだよ」
しかも、そこまでして読んで憶えた呪文は大して使えないんだ。間違いないって。俺は、そういうの詳しいんだ。
……って、待てよ?
でも、俺は探索者そのものじゃあないんだ。
「そうか。俺は別にラテン語とか読めないし――」
「読めますよ?」
「そうだった!」
詰んでらっしゃる。
「そうよね。ミナギくんは
大騒ぎする俺を意に介さず、カイラさんは妖しい魔道書をひょいっと手に取った。
「あぶなっ」
「よく分からないけど、ミナギくんとエクスさんの善行への報酬でしょう? それなのに、呪いのアイテムが渡されるはずがないわ」
その神様への全幅の信頼、まぶしすぎる……。
「でも、万が一ということも……」
「こうしてみても、特におかしな感覚はないわよ?」
カイラさんが言う通り、手にした程度では特になにも起きなかった。まあ、あの手の本は時間をかけて正気度を削ってくる場合もあるので油断できないのだが。
「魔道書なんてアナログな物、元々不要ですけどね」
「そうは言っても、読んでみないと判断できないでしょう?」
と、軽くページをめくってみるカイラさんだったが、難しい顔をして俺に手渡した。
これが、人皮の感触……いや、良く分かんねえな。少なくとも、そんなに不気味ではない気がする。
「私には読めないわ」
「あ、はい」
カイラさん、意外と脳筋ムーブが似合うな。
とか失礼なことを思いつつページをめくり、意識を集中すると文字が浮かび上がってくる。
「ええと……『根源における理の領域と魔術の深淵』……?」
「研究書かしら」
「いえ、教本っぽいですね」
標題は小難しいが、そこから先は基礎知識的な文章になった。ぱらぱらとページをめくると、概念図的なものもある。
一般的な教本をカイラさんが読めない文字で書く理由はないはずなので、余程古いものなのか。あるいは、専門書に近いのではないかとは思う。
同じ理由で、教本を人皮の用紙で作る理由もないはずだ。
「これを読み解いたら、石を消費しなくても魔法が使えるんだろうか?」
「でも、オーナーに魔力ってありますっけ?」
あったらビックリだね!
「素直に、《水行師》を使いこなしていったほうが効率的か……」
「ですよね! こんなアナログな物は《ホールディングバッグ》の肥やしにしましょう。そうしましょう」
エクス、そんなに必死にならなくていいのに……。
むしろ、俺がエクスに捨てられないようにしないと。
「さあ、オーナー。宝箱の中身は、残り三つですよ!」
「布がふたつと鍵か」
まあ、布からだよな。
「緑色の大きなほうは、マントのようね」
「こっちは……タオルにしては長いな。マフラー? 赤でも黄色でもなく、白か」
「宝箱に入っている以上、ただの防寒具だとは思えませんが」
結論から言うと、エクスが正解。
どちらも、マジックアイテムだった。
「これはミラージュマント、着用者の姿を実際の位置とはずらして投影し、攻撃を受けづらくする効果があるわ」
「このマフラーはギルシリスという銘で、着用者の意志に従って伸び敵を拘束したり、もう一本の腕みたいに扱えるらしいです」
……なるほど。
「ミナギくん」
「カイラさん」
そっと交換した。
……のはいいけど、スーツにマントってちょっと厳しいな。
着替える順番を間違えたクリプトン星人みたいだ。しかも、マントが緑だから色違い。
「オーナーは、スーツを止めればいいのではないでしょうか?」
「だって、スーツ以外にまともな服なんてないし」
「ええぇ……」
そんなこと言ったって、休日に外出たりしないんだから仕方ないじゃん。出勤するとき以外はさ。
……おかしいな。
休日なのに出勤……? 休日とは……進化とは……ッッ。
「ああ、オーナーがロボット三原則に抵触したような顔にっ」
「なんの原則かは分からないけど、今度、こちらで過ごす服を用意するわ」
提案ではなく、決定だった。
目立たない服でありますように。
俺には、そう祈ることしかできなかった。
「というわけで、最後の鍵だけど……」
手にとってまじまじと見てみる。
家の鍵の数倍はあるだろうか。形状はかなり複雑で、メタリック。古墳に突き刺しそうな雰囲気がある。
これも、宝の地図と同じく、そのときにならないと分からない系だろうか。最後の鍵って言うと、すべての鍵を開けられるような気がしてくるけど……まさか、それはないだろう。
そんなことを考えつつ、くるりと回してみると――
「おおうっ」
唐突に、鍵が光った。
かと思ったら、その光が地面を照らし、魔法陣のようなものを描く。
なんぞ?
「気をつけて、陣からなにか出てくるわ」
さりげなく、俺の前に割り込んできたカイラさん。肩越しに魔法陣を観察し、いつでもバリアを張れる準備するが……杞憂だった。
「もしかして……」
「バイクですか?」
魔法陣が消え、代わりに現れたそれは、エクスの言う通りバイクに似ていた。
ポケバイとまではいかないが、かなり小型。サイズだけで言うと、自転車に近い。かなり小回りがききそうだ。
フレームは赤くて、触ってみた感じからすると頑丈そうだが軽い。
しかし、バイクでも自転車でもないのは明らかだ。
なにしろ、前後の車輪があるべき場所には、かなり大きな。一抱え以上ある巨大な水晶が取り付けられているのだから。
「これ、浮いてるな」
「浮いてますね……」
「なんなのかしらね、これは……」
そうか。カイラさんには分からないのか。
「たぶんですけど、乗り物ですね。機械の馬みたいな?」
「なるほど。売りましょう」
「いやいやいやいや」
早い、決断早いよカイラさん。
「エクスが制御できそうな気がします」
「マジかよ」
「オーナー、タブレットをハンドルの間に置いてください」
言われるまま、ストラップを外してハンドルの間のくぼみに差し込むと……ぴったりはまった。
こんな偶然ある?
「ふむふむ。なるほどなるほど」
レーシングスーツに着替えたエクスが、バイクの周囲を飛び回る。
「よく似たアーキテクチャのCPUですけど……クロック数が違いますね」
「つまり?」
「このフェニックスウィングは、エクスが掌握しました」
「マジで?」
「マジです」
鼻高々に胸を張るが、それも当然。
「操縦はエクスにお任せです。完全に制御してみせましょう」
「すげーSFだ。子供の頃の夢が実現したようなもんじゃん」
「ふふふふふ。オーナーが嬉しそうだと、エクスも幸せです」
今までエクスのための装備品はなかったし、ちょっとできすぎなような気もするが格好いいのでとにかく良し!
「一人乗りで移動する機能しかありませんが、地上2メートルぐらいまで飛んで移動できます」
「地形を選ばないのはいいな」
このサイズなら、ダンジョンみたいな狭い場所でも使えるんじゃ? まあ、《ホールディングバッグ》に収納はできるだろうけど。
「また、燃料として
「そうか。石を使うのか……」
「私なら、魔力不要で走れるわよ?」
代わりに体力使うでしょ!
なんでライバル認定してるのさ。
「巡航速度……時速40~50キロで一時間走って石50個ぐらいでしょうか」
「ガソリン代として考えると、かなり割高だけど……」
「でも、空を飛べるうえに、エクスの自動運転ですよ?」
「付加価値は高いよな」
「私も、自動で走るけど?」
いちいち張り合うカイラさんかわいい……って、そうじゃない。
タブレットも設置できるし、ある程度空も飛べるし、エクスが制御できるしで好いことずくめだ。
「慣熟訓練も兼ねて、このフェニックスウィングに乗って帰りましょう」
「……分かったわ。その飛行馬よりも速く走ればいいのね?」
「おっ、もう帰るのか?」
カイラさんにツッコミを入れようとしたところ、水の精霊さん――ウンディーネが唐突に顔を出した。
ほんと、いきなりだな。
「じゃあ、いいもんやるぞ」
「は?」
なにも持っていなかったはずなのに、ウンディーネがなにかをぽいっと投げて寄越した。
咄嗟にキャッチした俺の手には、水晶玉のような青い宝石が収まっていた。
宝箱からあれだけ出てきたのに、さらにあるの?