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34.宴の始まり

 月影の里を、宵の帳が覆いつつあった。

 しかし、夜目の利く野を馳せる者セリアンに支障はない。また、今の状況なら他の人間でも同じだろう。


 洞窟住居の手前。滝の入り口を抜けた先の広場には、巨大なかがり火が灯されていた。


 その光に照らされた野を馳せる者セリアンの顔には、影人シャドウらしからぬ笑顔が浮かんでいる。


 理由のひとつとしては、オーガの地上侵攻が食い止められたというものがある。


 子供たちには知らされていなかったが、万一を考え成人した者には伝えられていたため、影人シャドウたちとはいえ、否、オーガの実力を知る者が多いからこそ、安堵の空気が広がっていた。


 その祝いとして里から振る舞われた数々の料理や、勇者アインヘリアルから下賜されたという酒や菓子も笑顔に一役買っている。


 実際、宴が始まってから笑い声と拍子の外れた歌声が絶えたことはなかった。


 けれど、それは理由の一端でしかない。


 もうひとつの理由は、巨大なかがり火の周囲に飾られている宝物の数々だろう。


 勇者アインヘリアルがオーガの侵略を食い止める際に、水の精霊殿を蘇らせた。その証拠として精霊から授けられたというファーストーンが、一番の目玉だ。


 青く光り輝く宝玉は、『根源』からもたらされたという伝承に相応しく、間近で見たら思わず平伏しそうになるほどの魔力をまとっている。

 恐らく、平気でいられるのは黒喰エクリプスのみに違いない。


 さらに、金貨数百枚もする宝飾品やそれを超えるダエア金貨もあった。

 陽光の下であったならば、恐らく下品にすら感じるだろう金の輝きも、闇の中では妖しく蠱惑的だ。


 もちろん宴はそれ自体楽しいものだが、普段はモンスターも含め狩った獲物が飾られる程度。こんな宝物を見るのは初めてだ。


 月影の里では個人資産という概念が希薄で、自分の物にしたいという欲望は存在しない。ただ、綺麗な物を眺め愛でられるという喜びがあった。


 いや、もしかするとそれすらも些細なことなのかもしれない。


 かつての邪神戦役で、勇者アインヘリアルとともに戦ったという伝承を誇りとしている月影の里だ。

 勇者アインヘリアルの再臨と、カイラが彼に仕えることになったという報せは、他を圧倒するほどの驚喜をもたらした。


 そして、女性として唯一黒喰エクリプスの称号を持つカイラ。

 里の皆に慕われる彼女の嫁ぎ先が決まったのだ。


 無条件で里の人間が喜べる慶事など、他にあるだろうか。





 というわけで、俺はまた牢名主状態で御神体をやっていた。あれって、何日前になるんだっけ? 《ホームアプリ》で行き来すると、よく分かんなくなるな。


 まあ、下ではキャンプファイヤー状態で里の皆さんが楽しんでるみたいだし、状況に不満はない。

 なにしろ、最初に上から挨拶をさせられたけど、なにも思い浮かばずいきなり乾杯をしても笑顔で受け入れてくれた人たちだからね。


 楽しそうな笑い声とか、聞き覚えのない歌とかも異国情緒があって良い。


 お酒を造る《水行師》のマクロ、《ドワーフの仇敵》でビールとか日本酒とかワインとか作って提供した甲斐があった。


 ところで、ドワーフなら酒は友人だと思うんだけど、なぜか仇敵なんだよな。

 たぶん、敵だから飲んで成敗とかそういう言葉遊びなんだろうけど……。マクロ名に、そういうのいる?


「ミナギくん、長老が挨拶をしたいと」

「分かりました」


 俺の隣から離れないカイラさんが、俺の肘の辺りを触って注意を促す。距離が近い気がするけど、それを指摘しようとしただけで耳がぺたんとするのでなにも言えない。


 下へ向けていた意識を正面に向けると、俺たちの座る敷物の外。羊の角と白い髭を生やした長老が、岩の上にそのまま正座をしていた。


 ……いつの間に?


「ありがとうございます、勇者アインヘリアル様」

「ええと、ミナギでいいですよ」


 年上のおじいちゃんにかしこまられるとか、慣れなさすぎる。

 というか、なにがありがとうなの?


「あと、どうせなら敷物のほうへ。俺のじゃないですけど」

「いえ、ここで結構」


 あっさり断られてしまった。


 長老と言っても、好々爺というイメージはない。

 ニンジャだけど、武人みたいな。巌のごとき雰囲気があった。


「では、ミナギ様。お礼と、翻意をお願いに参りました」

「お礼の言葉はすでに受け取ってますけど……。翻意というと、やっぱりカイラさんは里から出せないと――」

「違うわ」


 ……思わず、寒気がした。

 寒波の出所は、言うまでもないだろう。


 ええぇ……? おかしなこと言った?


「オーナーは、的確にウィークポイントをえぐってきますね……」

「いや、あのごめんなさいごめんなさい」


 理由は分からなくても、まず謝る。とても大事なことだ。古事記に書いてなくても、万葉集では歌われている。たぶん。


「分かってくれたら、それでいいのよ」


 実際、正解だった。一転して、カイラさんが笑顔を浮かべる。

 いや、さっきも笑顔と言えば笑顔だった気がしないでもないけど……記憶から消去しよう。


「ミナギくん、金貨を半分里に寄贈するって言っていたでしょう?」

「ああ。カイラさんが受け取らなかったから」

「受け取れるはずがないでしょう!?」


 でも、報酬はちゃんと分けないとトラブルの元だし。カイラさんが要らないんなら、里で使ってもらうしかなくない?


「実際、あれだけの大金を渡されても困るというのが本音ですな」


 確かに、結構な大金だろうからな……。

 エルフとかと交易はあるみたいだけど、下手に大金見せたらトラブルになりかねないという点も懸念してる?


「個人的には、貯蓄にしてもらってもいいんですけど」

「額が額ですし、遊ばせておくのももったいないでしょうな」


 ふうむ。


 ……あ、そうだ。


「じゃあ、俺が地球……アースガルズから調味料とか日用品を持ってくるんで、その対価にするといういうのはどうです?」

「なんと、英雄界の品を……」


 耳とか尻尾が動かないので感情が分かりにくいけど、長老的には好感触?

 これは、いける……。


「ミナギくん……?」


 しかし、カイラさんのあきれたような声で気付かされた。これって単なるマッチポンプでは?


「オーナー、彼らからすると施しと同じですよ?」


 いや、そうじゃないからね?

 いわば、最終的には石という外貨を獲得する手段なんだからね?


 と言っても、通じなかった。


勇者アインヘリアル様との縁に、深い感謝を」


 と、長老は頭を下げ、しゅっと消えてしまった。


 ニンジャだけに。


「……とりあえず、細かいことは私と打ち合わせて決めましょう」

「はい……」


 う~ん。ちょっと、先走りすぎたか。でも、生涯年収稼ぐには必要だしなぁ。


「まあ、いいわ。せっかくだから食べましょう?」


 とカイラさんが言うと、どこからともなくケモミミニンジャさんたちが現れ、料理の入った皿を敷物に乗せていく。


 え? スタンバってたの? どこで?


「あ、ありがとうございます」


 と俺が言うと、またどこへともなく消えていった。


「さすが、ニンジャですね」

「だなぁ」


 エクス共々感心する。本場は違うな!


「まずは、冷めないうちにこれをどうぞ」

「お、肉だ」


 カイラさんが勧めてきたあぶり焼きのスペアリブは、あのかがり火の側で豪快に丸焼きにされた物の一部だ。

 俺は塩かたれなら断然たれなのだが、これは塩味でもいける。ご飯との相性ならやはりたれだが、これは飲み物が欲しくなる塩味だ。


 普段は飲まないが、せっかくなので自分で造ったビールで流し込んでみる。


「くうぅ……」


 美味いと言うよりは、気持ちいい。


「食事って、楽しいものなんだなぁ……」

「ちょっと、言っている意味が分からないのだけど……」

「気にしないでください。オーナーは今、人間性を取り戻しているところなので」


 謎の組織に改造されたのかな?


「違法な企業に生活を握られ、無理やり非人間的な労働に従事させられていましたけど?」


 さーて! 肉の他には、なにがあるのかな?

 他に目をやると、内臓も余さず使っているようで、煮込み料理もある。


「ん、美味い」


 スプーンですくって食べると、思わずといった調子で素直な感想が漏れた。


「良かったわ。アースガルズの料理に比べたら、大したことはないでしょうけど」

「いやいや、そんなことないですよ」


 新鮮なのと、処理がいいのだろう。

 元々、焼き肉に行ってもレバーばっかり食ってる俺には、クリティカルヒットだ。


 そして、またビール。


 米はないようで、幅広の麺を肉のスープで煮込んだ物が中央にどんっと置かれている。野菜もたくさんで、お祝いの料理っぽい。


 出汁が利いていて、これも美味い。


 しかし、やはりみそやしょうゆ、唐辛子のような香辛料はあまりないようだ。良く言えば素朴、悪く言えばパンチが足りない。


 商機アリだな。


 などと考えつつ、宴の料理に舌鼓を打つ。


 正直なところ、相変わらず食欲というか食べたいという欲求自体は希薄なのだが、実際口にすると意外とするする食べられる。


 心は拒んでいても体は正直って、実際にあるんだなとか思いつつある程度平らげると。


「オーナー、せっかくですし下に降りてみませんか?」


 タイミングを見計らったようなエクスの提案に、顔をしかめたのが自分でも分かった。

 宴会に混ざるとか、そういうキャラじゃないんだけど……


「邪魔にならないかな?」

「そんなことはないわよ」

「う~ん」


 でも、知らない人ばっかりだしなぁ。

 それは相手にとっても同じで、俺が下手に顔を見せたらシラケちゃうんじゃない?


「ここは交流するところですよ! ほら、日本からいろいろ持ち込むんなら、顔を売っておかないと」

「なるほど、一理ある」


 いつまでも御神体扱いもあれだしな。

 せっかくだし、行ってみるかな?

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