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35.なにを為し、なにを思うのか

「オーナーが、理詰めで説得すれば聞いてくれる人で助かりました」

「あれ? 俺ディスられてる?」


 岩棚から下りた瞬間、浴衣に着替えたエクスがそんなことを言った。

 まあ、別にいいんだけど……。お祭りイコール浴衣って、ちょっと安直じゃない?


「まずはファーストーンのほうへ行きましょうか」


 いつものように俺をお姫さまだっこして地上へ運んだカイラさんが、俺たちを先導する。

 夜の闇の中でも、かがり火の明かりを受けても、玲瓏とした白皙の美貌は変わらない。それどころか、増している。


 緊張せずに済むのは、もう一周回って非現実的ですらあるからに違いない。ほら、俺って三次元よりも二次元のほうが得意だから。


 それはそれとして、次の宝箱には空を飛べるマントとか、瞬間移動できるブーツみたいなのを期待したい。それか、落ち着いたらスキルやアプリでなにかないか探してみるかだな。


「さっきまで人だかりができていたけれど、今なら落ち着いて見れるわよ」

「でも、金貨とかはあんな風に見せびらかすみたいなのでいいんですかね?」

「そう? 綺麗ではないの」


 うむむ。

 文化が違うっていうことかな。


 まあ、喜んでくれているのなら、それでいいんだけど。


 さすがはニンジャの里だけあって俺たちのことに気付いているようだが、不躾に話しかけてくるようなことはない。

 正直なところ、その配慮が嬉しい……が、子供は例外だった。


「あ! 甘味様だ!」


 呼ばれて振り向くと、うさ耳の少年がサンプルにと買ってきた個包装のミニドーナッツを両手に抱えて駆け寄ってきた。

 小さいとはいえ影人シャドウの一族。まったく危なげない。


「お礼言おうと思ってたんだ! ありがとうございます!」

「そのお菓子、気に入ってくれたみたいだな」


 礼儀正しいうさ耳少年に、思わず相好が崩れる。

 田舎のおばあちゃんが、あれこれ食べさせようとする理由が分かるような気がした。


「でも、シュークリームのほうが好きだな!」

「飾らない人だー」


 コンビニレベルとはいえ、シュークリームとバラエティパック的なのじゃレベルが違うよな。

 エナドリとか栄養ドリンクと一緒に摂取すると、合法ドラッグになるし。


「じゃあ、お母さんには内緒でな。エクス」

「はい、どうぞ」


 以心伝心と、エクスが《ホールディングバッグ》からシュークリームを出してくれた。そのまま、無限シュークリームのひとつをウサギ耳の少年に手渡す。


「おおおっっ! 甘味様、超しゅーくりーむ様だ!」

「それちょっと定着しすぎじゃない?」


 喜んでくれてるのなら、別にいいんだけどさぁ。


「えへへ……」


 母親に見付からないうちにと、うさ耳の少年が口いっぱいにシュークリームを頬張る。

 実に幸せそうで……。


「やっぱ、しゅーくりーむうめぇ!」


 やだ、このショタかわいい。


 そういう嗜好は欠片もないのだが、ちょっと理解できてしまうかもしれない。


 これがうさ耳の魔力かっ。


「こら、ナユタ! 勝手に行くんじゃないわ……って、カイラ!?」

「クイン?」


 知り合いと言えば、全員が知り合いなのだろうが。特に親しいのだろう。クインと呼ばれたうさ耳の女性が、カイラさんの手を取って小躍りする。


「あーあ。母ちゃん、はしゃいじゃって」


 一方のナユタ少年は、さっきまでシュークリームにはしゃいでいた面影もないほどにクール。こういうところも、子供らしい。


「良かった、カイラ。お祝いを言いたかったのよ。あ、もうカイラなんて気軽に呼んじゃダメなのよね」

「大げさね」

「そんなことないわ。心配してたのよ。良かった、本当に良かった……」


 と、なにやら感極まっていたうさ耳の女性が、くるりとこちらを振り向く。

 え? なに?


「あの! 勇者アインへリアル様!」

「え? あ、はい?」


 いったい何事?


「この娘、こう、自分一人でいろいろなんでもできるから可愛くないところもありますけど、本当は人一倍乙女なので!」

「クイン? ちょっと待って、あなたいったいなにを……」

「わりと、めんどくさかったりもするけど、そこは可愛かったりするので! どうか、長い目で見てあげてください!」


 ど、どういうアピール?


「オーナー、答えを待ってますよ?」


 ええー? 無茶振りじゃない?

 あと、エクスはニヤニヤし過ぎ!


「……ミナギくん、無理に答えようとしなくていいから」


 と、言うカイラさんの瞳は、赤く期待に光っていた。

 なんてこった。答えを待っているのは、カイラさんもだった。


 ああ……ええと……。


「あの……。カイラさんのことは、頼りにさせてもらってますから」

「それじゃ……」

「むしろ、長い目で見てほしいというのは俺のほうというか」


 これでいい? というか、これ以上は無理なんですけど?


勇者アインへリアル様が寛大で良かったです」

「クイン、あなたね……」

「しっかりやるのよ、カイラ」

「だから、いきなり出てきて……」

「ナユタ、邪魔にならないように行くわよ」

「あだだ。母ちゃん、引っ張るなよ。それじゃ、甘味様! カイラ様! 妖精様! またな!」


 突然現れたうさ耳の少年は、同じくうさ耳の母親に連れられ去っていった。


 再び、周囲からざわめきが聞こえて……って、ことは今のやりとり聞かれてた?


 はっとして周囲を見回すが、誰とも目は合わない。


 さすがニンジャ。完璧な擬態だ……。


「あ、オーナー。また誰かが来ますよ」

「邪魔するぞ、勇者アインヘリアル

「お邪魔します、でしょう」


 エクスが言う通り、音もなく現れたふたつの人影。

 フウゴを伴って姿を現したのは、豹の耳の常識人っぽい人だった。


「初めまして、勇者アインヘリアル様。わたしは、ハバキ。カイラ様の師だったものです」

「ハバキ先生……」

「自覚なさい。もはや、里の序列の外にいる存在なのですから」


 うんうん。

 いいなぁ。カイラさんの先生らしく、まともな人だ。


 ……ところで、俺の専属って、そんなに偉いの? 嘘でしょ?


「めんどくせえ……」


 フウゴくん、君は癒しだ。腕白でもいい。そのまま、たくましく育ってほしい。


「それにしても、安心しました」

「え? なにがです?」


 ビールを持ってきたハバキさんが、俺にも杯を渡して注ぎながら言った。

 優しい表情を浮かべて。


 だが、言われた俺はビールを口にしながら首を傾げてしまう。


勇者アインヘリアル様は、本当に素晴らしい人のようですから」

「俺が素晴らしい?」


 指パッチンした憶えはないんだけど?


「ええ。その行いは英雄に相応しいですが、人格もです。失礼ながら、これならカイラ様を安心して任せられます」

「カイラさんには、むしろ、俺が世話になっているんですけど……」

「そういう人のほうがいいと、常々思っていましたので」


 確かに、カイラさんは有能だからな。

 カバーできるような相手のほうが、パーティとして機能するんだろう。むしろ、なんでも自分でできちゃう他のニンジャとは合わないと言うべきか。


 さっき、うさ耳の女性が言っていたのも、そういうところなんだろう。


「本当に良かったです。このまま嫁き遅れると、わたしの教育が悪かったことになると心配していましたから」

「んなことねえって。弟子はたくさんいるけど――」

「ハバキ先生の弟子はたくさんいるけど、なんなのかしら?」


 さっきと違って、カイラさんは変わらない。

 表情も、声も、姿勢も。


 だからこそ、そこには凄味・・があった。


「わたしは、これで失礼します」


 豹の耳と尻尾のハバキさんが、一瞬で消えた。

 さすがニンジャきたない。ところで、俺の専属になるのと嫁き遅れって関係なくない!?


「俺を置いていくのかよ!?」


 慌てて立ち上がり、その後を追うフウゴ。


「じゃあな、勇者アインヘリアル! 酒、美味かったぜ!」

「喜んでくれたのなら、それでいいよ」


 いいなぁ、自由に生きてる。


「ごめんなさいね。ミナギくん。恥ずかしいところを……」

「いやいや、楽しかったですよ」


 うん。思っていたよりずっと楽しい。


「それならいいのだけど」


 カイラさんがはにかむように言って、当初の予定通り中心のかがり火。正確には、その周囲のファーストーンやら金貨やらが飾られている台へと移動する。


「確かに、闇の中で照らされてると妖しい魅力があるな」


 もしかしたら、黄金の茶室もこんな趣向だったのかもしれない。


「さて、オーナー。ご理解いただけましたか?」

「え? なにが?」


 美術館か博物館のように展示物を見て回っていると、エクスが真剣な口調で言った。

 びっくりして、思わずまじまじと見つめてしまう。


「オーナーがなにを為したかです」

「なにをって……」

「別にこの里が差し迫った脅威に晒されていたわけではないですし、自覚がないのは理解できます」


 目を泳がせる俺に対し、エクスの視線は厳しい。


「ですが、オーナーはそれだけのことを成し遂げたんです」

「そうかもしれないけど……。別に俺一人で全部やったわけじゃ」

「これ以上の謙遜は、ただの逃げです」

「うっ……」


 なおも、エクスは俺の退路を断っていく。


「悪いことをしたら、責任を取る。これは当たり前のことです」

「それは、まあ」


 子供でも分かる理屈だ。


「それと同じように、いいことをした場合にも責任があります。それは、感謝をしっかりと受け止め、誇ることです」


 それは……。


「少なくとも、オーナーが決断をしなかったら私は協力などしていません。ちゃんと、胸を張って生きていいんですよ」

「そこまで卑屈じゃないつもりだけど……」


 まあ、そうか。

 そうなのか……な。


 俺はかがり火の向こうの光景を目に焼き付けた。


 それから目を閉じて、楽しそうな人たち、俺を甘味様と呼ぶ子供たち、カイラさんのことを大切にしている大人たち。みんなの顔を思い浮かべる。


「今日のこの夜を迎えられたことを、自慢してもいいのかな」

「もちろんですよ」

「ミナギくん、あなたはそれ以上のことをしてくれたわ」


 優しく、慈愛に満ちて。

 それでいて、からかうような表情を浮かべるカイラさん。


「嫌がるだろうからやらないけれど、ミナギくんではなくミナギ様と呼びたくなるほどね」

「それはマジで勘弁してください」

「分かったわ」


 カイラさんは、あっさりうなずいてくれた……が、それは罠だった。


「代わりに、そろそろかしこまった口調はやめてくれてもいいのではないかしら」

「……え?」


 ため口で話せと?


「エクスさんとは気の置けない風なのに、私だけ丁寧だと逆に壁を感じるわ」

「いいですね! 口調変更イベントですよ、オーナー!」


 確かに、イベントとしては定番だけどさぁ!


「ダメ、かしら?」

「ダメではないですけど……」

「ですけど?」


 ああ、無理だ。

 これ以上は、抵抗できない。


「分かりました」

「分かりました?」

「……わ、分かった。分かったよ」


 これでいいんだろ?


 と、視線を向けると、カイラさんは得意げに微笑みを浮かべている。


 その顔には、してやったりと書いてあった。





 そして、翌朝。


 何事もなく。


 だけど、憑き物が落ちたようにさわやかな目覚めを迎えた俺は、現実――地球へ帰還することにした。


 と言っても、準備は特にない。


 実のところ、別れの言葉さえ不要だろう。


「それじゃ、また元の世界へ戻ってくるので」

「ええ」


 時間が進まないと分かっているカイラさんも、あっさりとしたものだった。


「エクス、よろしく」

受諾アクセプト。《ホームアプリ》を実行し、地球へ帰還します」

「お土産を持って、戻ってきますから」


 俺は、再び異世界を後にした。


 酩酊感や船酔いのような気持ち悪さどころか、溜めもなにもない。


 次の瞬間、俺は帰還する。


 今度は、見慣れた代わり映えのしない自分の家へ。


「ここが、ミナギくんの部屋……なの?」


 ただし、見慣れてるけどあり得ない存在と一緒に。


 って、おおおおおおおおおおおおおいいいいいいいいいいいいいいっっっっっっっっ!!!


「ああ、なんということでしょう。指輪の効果で、一緒に連れてきてしまいました。大変なことになってしまいましたよ、マスター」

「怪盗を追っていたら、世界中の偽札でも見つかったのかな?」


 エクスは、それぐらい棒読みだった。


 はは。


 ははははは。


 はははははははは。


 ……マジこれ、どうしよう?

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