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36.異世界パック

 壁のスイッチを入れると、俺の家に電気が点った。


「突然、明るくなったわね。魔法なのかしら?」

「そういうわけじゃないんだけど……」


 説明してあげたいが、それどころじゃない。


 どうしてこうなったかはよく分かっているけど、それでも言いたい。


「どうしてこうなった……」


 1DKの単身向けアパート。

 壁がそこそこ厚いことが、唯一の取り柄。お世辞にも立派とは言えない。


 不釣り合いに大きなテレビが置かれた一室に、白いケモミミくノ一さん……カイラさんが確かに存在していた。


 夢のように現実感のない光景。


 人工の柔らかな明かりの下の白い肌も、赤い瞳も、白い髪も、芸術品のような美貌も全部本物だ。


 現実だった。


 現実はクソゲーだからね。仕方ないね。


 ……そうだ!


 エクスが故意犯である以上、ここで頼りにすべきは神運営。

 神運営なら。神運営なら、きっとなんとかしてくれる……ッッ。


 ぴこんっ。


「あ、通知が入ってきましたね」


 果たして、俺の願いは天に通じた。


『異界の同行者の実績が解除されましたのでご連絡いたします。

 おめでとうございます。

 初めて“仲間”を異なる世界へ連れてきた特典として、

 24時間限定で異世界パックを販売させていただきます。

[詳細はこちらをタップ]

 このチャンスを是非お見逃しなく、今後の冒険にお役立てください。

 それでは、今後ともよろしくお願いいたします。』


「買った!」

「パックの中身も見てないのに、即答するのやめましょうよ」


 いやいや。

 こういうのは、個別で買うよりもいいって相場が決まってるんだよ。しかも、24時間限定。これは課金するしかないでしょ。


 元がぼったくり?


 そうだね。でも、他から買うことができない以上、消費者は従うしかないんだよ……。


 いいじゃん。デジタルデータじゃなくて、ちゃんと効果があるんだし。


 しかも、対価を払ったら手に入るんだから……運営、神かよ。


「ええと、いったい、どうなっているのかしら?」

「カイラさんのために役立つスキルを手に入れようとしているので、ちょっと待っててください」

「ありがとう。でも、ミナギくん口調」

「あー。とりあえず、そのままで待ってて」


 勢いでうなずかされたけど、そんなすぐに変えられないから。今だって、違和感バリバリだから。


 なので、猶予期間をください。できれば、元号の移行期間よりも多めに。というか、そっちの改修期間短すぎなんだよ、死ね。いや、死ぬのはIT土方俺たちだ。


 と心の中で言い訳しつつ、異世界パックの内容をチェックする。


「パックってことは、いくつかスキルがセットになってるんだろうけど……」


 妖怪基本セット(100CP)とか、そんな感じに。


「《トランスレーション》に《レストアヘルス》。それから《リフレクティブディスガイズ》のスキルがセットになって、石5千個だそうですよ、異世界パック」

「マジかよ」


 合計で石2万個だった《トランスレーション》と《レストアヘルス》だけだとしても、75%オフじゃねーか。


 安すぎ。


「ほら、買うしかない」

「確かに……。ですが、冷静ですね。いつものオーナーなら、安売りに怒りそうなんですけど?」

「そりゃ、できるんなら最初からその値段で売れよと思わなくもないが」


 うそだ。実際はかなり思ってる。


「けど、一度払った石は戻ってこないからな……」


 ジャケ買いをしたマンガがつまらないとか。

 せっかく引いたSSRキャラの性能が微妙だったとか。

 円盤を買っても二期やらないとか。

 苦労して内定をもらった企業がブラックだったとか。


 世界はがっかりに満ちているんだ。いちいち、理不尽だと騒いでも始まらない。


 それに、同じ値段を払えと言われるよりもずっといいじゃないか。俺の時とは、状況も事情も違うしな。


「それで、《リフレクティブディスガイズ》ってのは初耳だけど? どういう効果なんだ?」


 リフレクは……反射。ディスガイズは変装だよな。

 変装を反射する?


「これは、簡単に言うとその場にいても違和感のない容姿に偽装するスキルですね。服装も含めてです」

「なるほど」


 普通の変装は、当然ながら特定の誰かにしかなれないが、こっちは相手が勝手に誤解してくれるわけか。

 一種の幻惑というか、催眠のようなもの?


「……でも、防犯カメラとかには駄目なんじゃ?」

「電子機器もごまかせるようですよ」

「なにそれすごい」


 でも冷静に考えると、スマフォで写真撮られたら即バレとか使えないにもほどがあるか。スキルも、時代に合わせて進化するのかもしれないな。


「ただし、警戒されていると違和感を憶えるそうなので潜入とかには使えませんね」

「そっちは、そのためのスキルが別にありそうだけど……。まあ、そこまでは求めてないから

別にいいよな」


 それに、パックでお得だし。

 というかこれほんと、異世界活動基本セットって名前にしたほうがいいんじゃ?


「というわけで、カイラさん」


 放置してごめんなさいと声をかけると、耳をぴくぴく動かして俺の部屋を興味深そうに観察しているところだった。


 ごめんね、地味な部屋でごめんね。


 意外と片付いてる? 汚す暇もなかっただけだよ。


「ええと、終わったのかしら?」

「はい……。いや、うん。これから、こっちの言葉が分かるようになったり、お互いの風土病的などの心配がなくなったり、容姿をごまかせるようになるから」

「言葉はともかく、容姿も?」

「カイラさんは、とても目を引くから……さ」


 いくらニンジャとはいえ、常に闇で生きているわけではない。

 アルビノなケモミミくノ一さんがその辺を歩いてたら、目立つってレベルじゃない。さすがの我が祖国でもアウトである。


 ……アウトだよな?


 うん。さすがに、厳しいよな……?


 ちょっと自信なくなってきたけど、ごまかせるに越したことはないと思い直す。


「そう、目を引くの……。それは、ミナギくんの目から見てもかしら?」

「それはもちろん」


 迷う余地などなく、俺は断言した。即答だった。


 その耳と尻尾は、ちょっとどころじゃなく無理でしょ。

 あと、カラドゥアスを始めとする武器の類も見つかったらアウトだ。


「そう、そうなのね。それなら仕方ないわ」

「順調にディスコミュニケーションが発生していますねぇ」


 いやいや、誤解の余地なんてどこにもなかったろ。


 あきれると言うよりは、楽しげなエクスに俺は厳しい視線を向ける。


「エクスは、勇者の指輪アインヘリアルリングの効果の切り方を確認しとくように」

「ええー? 事故を装ってあれこれできなくなるじゃないですかー」


 やだーと言う故意犯のエクスに、俺はもう一度言う。


「カイラさんの意思もあるだろ?」

「確かに、あの水の壁でいつも囲まれるのはちょっと問題かもしれないわね」


 ミナギくんには絶対必要だけれど……と、カイラさんも同意する。

 一方、エクスが勝手にこっちへ連れてきてしまったことは怒っていなかった。ありがたい……けど、甘えないようにしないとな。


「もう、分かりましたよ。オーナーは絶食系なんですから!」

「こ、これからは、ちゃんと食べるし」

「ほんとですか? ちゃんと食べるんですね?」


 念押しされるほど絶食は……してたか。


「食べるけど、今はそういう話してないだろ?」

「オーナーは食べるそうですよ?」

「え? 今から!?」


 エクスに水を向けられたカイラさんが、驚いたようにこちらを見る。

 そりゃ、一応、里で朝ご飯を食べたばっかりだけどさ。


 でも、なんで髪を整えたり、きょろきょろして尻尾をぱたぱたさせてるんだろう?


「俺は今から仕事だから」

「え? 仕事なの? 日が暮れているようだけど?」


 だよねー。おかしいよね。夜は寝るものだよね、人類。


 残念。だけど、夜勤だ。


「でも多少は時間はあるし、俺がいない間の食料を確保しないとか……」


 明日の朝まで飲まず食わずは、さすがに厳しかろう。


 俺以外には。


「ということは、私は留守番なのね」

「部外者を連れていくのはちょっと」

「どうせなら、一度ミナギくんの職場を拝見したかったのだけど」

「今は、こっちに慣れるのを優先したほうがいいんじゃ」


 あと、中に入るのは普通に無理。コンプライアンスとか、情報セキュリティとかそういうのうるさいし。


「慣れる。つまり、次回以降もチャンスがあるということね?」

「まあ……」


 カイラさん分余計に《ホームアプリ》の石消費が増えるわけじゃないし、異世界パックのことを考えても一回きりにするのはもったいない。


 それならそれで、有効に機会は使わないと。


 チャンスと呼ぶのかは、ちょっと分かんないけどな。


「あれ? 今の流れだと、エクスも留守番ですか?」

「ああ。カイラさんに、いろいろこっちの常識みたいなのを教えてやってくれよ」

「むー。まあ、仕方がないですねぇ……」


 渋々、了承するエクス。

 もっとごねられるかと思ったので、ちょっと拍子抜け。


「じゃあ、さくっと買ってコンビニにでも行こう」

「はい! では、オーナー。認証をお願いします」


 エクスに促され、指紋認証して異世界パックを購入。

 石5千個――150万円は決して安くないが、必要経費をけちるとあとでもっと高くつく。


「早速実行してみたけど……特に、自覚症状はない?」

「ええ、そうね。特になにか変わったという気はしないわ」


 俺のときと同じだ。

 見た目に関しては、俺が元々の姿を知っているので反応しないだけなのだろう。


 あと、困惑して耳をぺったんさせるカイラさんかわいい。


「とりあえず、外に出て買い物に行こう。驚くことがあるかも知れないけど、なるべく平常心でね?」

「ええ。英雄界アースガルズを自分の足で歩けるなんて、思いもしなかったわ……」


 注意を聞いてはいるけれど。

 カイラさんの赤い瞳は、好奇心にキラキラと輝いていた。

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