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50.異世界での目覚め

 ……目が覚めた。


 スマホのアラームで起こされたのではない、自然な覚醒。岩肌の天井が、とても新鮮だ。


 寝起きなのに、頭がすっきりとしている。


 そういえば、眠剤飲まなかったけど寝られたな……。カイラさんの薬湯のお陰?


 そのせいかは分からないが、体が軽い。心も軽い。


「睡眠って、偉い」


 メフルザード――真祖から逃亡した直後だが、俺は素直に感動していた。ちゃんと眠ると、思考がクリアになるし、ちゃんとお腹も空くんだな……。


 きっと、《レストアヘルス》だけでは足りなかったんだ。

 怪我が治ってもリハビリが必要なように、睡眠とか食事を通じて、俺の体は真なる健康を取り戻そうとしているのだ。


 今なら、これからやるべきこともクリアだ。


 豪華とは言えないベッドの上で、俺は思考を走らせる。


 吸血鬼――メフルザードの倒し方を調べる。

 そのために必要なスキルがあれば、石を払って取得する。

 戦闘そのものに慣れる。


 その過程で、本條さんには理力魔法の使い方に習熟してもらう。


 とりあえず、こんなところだろう。


 でも、メフルザードの倒し方を調べるのは難しい。


 普通の吸血鬼なら、倒し方は一般常識だ。


 白木の杭で心臓を貫く。

 陽光に晒す。

 燃やす。


 それで仮初の死を与えたら、灰になるまで死体を焼き川に流す。


 その他、十字架やニンニク、聖書が弱点だったり、流れる水を渡れなかったりとかは、誰でも知ってることだろう。


 だけど、メフルザードは、その辺を克服してるっぽいんだよな……。


 オルトヘイムにも、吸血鬼狩りの専門家とかいたりするんだろうか……。ドーンガードみたいなの。

 いたとしても、閉鎖的なイメージあるよな……。


 専門家との接触が無理なら、カイラさんが言っていたように跡形もなく消滅させる?

 となると、レベルを上げて魔法で殴るしかない……かな?


 水属性だと、吸血鬼への対抗手段に乏しいんだよなぁ。流れる水を、ずっと出し続けるってわけにもいかないし。


 他に、一般的な不死者対策としては、殺すのではなく異空間に送り込むとかあるんだけど、《水行師》ではちょっと難しい。

 理力魔法でも、実現は困難じゃないだろうか。かなり応用が利く魔法のようだけど、たぶん、魔力が足りない。


 やっぱり、なにをするにも石かな。


 石さえあれば《上級鑑定》まで取得して一回地球に戻り、鑑定をしてからまたオルトヘイムへ戻るなんていうチキンな技も使えるし。


 レベリングして稼ぎつつ、大きな街で微少タイニィな魔力水晶を買い漁るというのが一番効率的かなぁ。


 ただ、あんまり時間は掛けすぎないほうがいいだろう。


 あっちの時間は止まっているが、俺たちの緊張感。延いては、メフルザードへの敵愾心を維持できるかは分からない。


 エクスたちの作戦会議も、同じ結論に達してそうだな。


「ミナギくん、起きているようね」

「おはようございます、秋也さん」

「ああ。悪いね。俺だけ休ませてもらって」

「オーナー、それは言わない約束でしょ」


 ……あれ?


 カイラさんに運ばれてるエクスが、妙に上機嫌だ。いや、エクスだけじゃない。部屋に入ってきたカイラさんも本條さんも、妙にニコニコしている。


 というか、エクスはなんでOLっぽい服を? 銀行の窓口?


「秋也さん、話を聞いてもらえますか?」

「あ、ああ……」


 もちろん、それは問題ないんだけど……。


 なんで隣に?


 いや、百歩譲って同じベッドの隣に座るのはいいとしよう。百歩譲って。


 でも、ちょっと距離が近くない? というか、距離がなくない? なくなくない?


「失礼するわ」


 そして、カイラさんも反対側に座る。


 タブレットを受け取りながら、俺は呆然としていた。


 拒否はしない。


 しないけど、並んで座ると、ちょっと話しにくいんじゃないかなぁって思うんですが。キャバクラじゃないんだからさ? もちろん、行ったことなんかないけどね。


 あと、距離が近い。


「エクス、エクス?」

「両手に花ですね、オーナー」


 絶対にエクスの仕込みだろ! なにを言ったらこうなるのか、さっぱり分かんないけど!


「確かに、花なのは否定しないけどさ……」

「これからは、この三人でずっと一緒に行動するんですよ? これくらいの距離でうろたえてもらっては困ります」

「その理屈はおかしい」

「エクスは、おかしいとは思いませんね」


 どこかの裁判長のように否定してから、エクスは続ける。


「いいですか、オーナー。お二人とも、美人ですよね?」

「まあ……」


 言っていいのかな?

 ほめるのもセクハラ案件じゃない?


 と迷っていると、左右から視線を感じる。


 めっちゃ感じる……。


 これは、行くは破壊、来るは破壊、すべて破壊ってやつではないでしょうか?


「そこを否定したことは、一度もないけど」


 これでどうだ。


「そうでしたね。オーナーから見ても、お二人は美人だということですね」

「……はい?」


 エクス及び、左右からのプレッシャーが弱まる。

 ギャルゲーマーの勘、衰えてはいなかったようだ。


 ところで、俺はなんでこんなことになってるの? 言質取られてない?


「そんな美人がですよ、フリーの状態で宿なり酒場なり冒険者ギルドへと入ってきたらどうなると思います?」

「ナンパされると思います」


 敬語になっていた。


「その通りです。そこで、この距離感です」

「それはそれで、騒動の種なんじゃなかろうか」


 俺がカイラさんや本條さんとあれな関係とか、信憑性と説得力が天元突破してない?


「とりあえずは、どちらがましかということですね」

「どっちとも言えない気がするけど……」


 言われてみると確かに、天が堕ちてくる心配というレベルではない。現実性が非常に高い。


「なら、本條さんの理力魔法で容姿をごまかすというのは?」

「常時それは、いくらなんでも無茶でしょう」

「一理ある」


 そうなると……。

 あれ? エクスが正しいってことになるのか?


「実際にそうするかはともかく、いざというときそういうごまかしができるように、今のような状況に慣れてないとダメって言いたいわけだな?」

「概ね、その解釈で間違っていません」


 そうだよな。いくらエクスでも、この二人と俺をどうこうしようとか、考えているはずがない。

 それで“仲間”という関係まで壊れたら元も子もないし。


「分かったよ。慣れることは難しいけど、善処する」

「よろしくお願いします」


 エクスがデフォの巫女衣装に戻って頭を下げる。

 一緒にツインテールが揺れるとか、相変わらず芸が細かい。


 ところで、カイラさんと本條さんが軽くガッツポーズしてるのって、どういうことなんですかね?


 わけが分からないよ。


「それで、秋也さん」


 本條さんの声が耳朶をくすぐり、さわやかな吐息が俺を現実に引き戻す。

 どういうつもりか分からないけど、挙動不審になったら負けだ。 


「あの吸血鬼――メフルザードとのことなのですが……」

「うん。俺も目が覚めて、そのことを考えてた」


 良かった。距離感はおかしいけど、普通の話だ。

 平常心、平常心……と言い聞かせてる時点で、


 通報、事案。

 通報、事案。


 おれはしょうきにもどった。


「実は、予知のビジョンが降ってきまして」

「マジかよ」


 前置きに比べて、重要すぎるわ。


「それがですね……」

「私のことは気にしないで」

「……はい。実は、私がレーザーのような光線で、あの吸血鬼を刺し貫いたのですが……」


 レーザーか。

 反射的に、水蒸気で威力を減衰したくなる。


 ……などとは言わず、続きを待った。


「それは、カイラさんが足止めしてくれていたからでして……」


 巻き込んだってことか。

 そりゃ、めっちゃ言いづらいわ。


 エクスなりのクッションだったってことなのか。


「そっか。辛い役目を負わせちゃって、すまない」

「いえ、そんなことはっ。むしろ、役に立たない予知で……」

「そんなことはないさ」

「そうよ。気に病むことはないわ」

「だよね。とりあえず、レーザーってことは、天属性? それを防ぐ防具を見つけないとだな」


 そういう装備品、絶対あるよね。


「え?」

「え?」


 思わず、顔を見合わせた。


 近い。

 近いけど、目を逸らさない。


「なるほど。アヤノさんは、私を殺してしまうと思っていたのね」


 カイラさんも、もちろん、それで死ぬつもりなんかなかった。


「そうですね。確かに、私が見たのは。今まで、重要な場面しか見ていなかったので、てっきり……」

「むしろ、そのビジョンと矛盾がしなければなにをしてもいいって考えたら気楽じゃないかな」

「それは……私には難しそうです」


 そんなことはないと思うけど。


「だから、秋也さん」

「ん?」


 元々なかった距離を、本條さんがさらに詰めてくる。


 あた、あた、当たってない?


「私がビジョンを見たときには、これからも相談させてください。ずっと……」

「ずっとは……」

「駄目……ですか……」

「か、可能な限りは」


 これはさすがに断れなかった。


「良かったわね」

「はい」


 俺を間に挟んで、本條さんとカイラさんが嬉しそうに微笑み合う。


 とりあえず、取るべき方向性が分かっただけでも良しとしよう。

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