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49.第一回異世界女子会

「ここは……」

「異世界オルトヘイムで……カイラさんの故郷だよ」

「洞窟の中……ですよね? カッパドキアのように、洞窟を住居にしているんですね」


 興味深そうに、本條さんが周囲を見回す。


 転移先は、俺が借りていた一室。岩肌がむき出しでベッドぐらいしかない質素な部屋だ。

 もちろん、里の人に邪険にされているわけじゃない。寝るだけの部屋なので断ったのだ。


 なので、今ひとつ異世界感に欠けるかもしれない。ランプに灯が点っているのが、辛うじてそれっぽさを演出している程度。


 まあ、非日常的であるのは間違いないし、喫茶店の個室から洞窟に飛んだら、充分かな?


 ……いや、一度ファーストーンでの瞬間移動を経験してるから、そうとも限らないのか。本條さんも疑っているわけじゃないから、別にいいんだが。


「信じていなかったわけではないけど、一瞬で戻ってくるとさすがに驚くわね」


 そう言うカイラさんの右手には、カラドゥアスが握られていた。漆黒の刃が、無念そうに揺れている。


「いきなりピンチでした。まさかあそこまでとは、このエクスの目でも見抜けませんでした」

「鑑定シリーズ、やっぱ重要だろ?」


 どこまで分かるか不明なままだけど、やっぱ中級と上級は目標にしたほうがいいって。


「ですが、今回の転移でまた石を消費してしまいましたから。すぐには難しいですよ?」

「そうよね。私の力が及ばなかったせいで、余分に魔力水晶を消費させてしまって」

「……秋也さん」


 岩肌がむき出しになった部屋の中心で、本條さんがぷるぷると肩を震わす。


 美少女にそういうことされると怖いんで、落ち着いてもらっていいですか?


「ちなみに、異世界との行き来にはどれくらい使うものなのでしょう?」

「片道5000個かな?」

「また150万円ですか……」


 本條さんの顔が絶望に染まる。


 美少女にそういう表情されると怖いんで、落ち着いてもらっていいですか?


 こりゃ、早いところ冒険者になって、微少タイニィな魔力水晶は安いんだよって実感してもらわないと。


 さすがに、300万ぐらいで人生棒に振らせるわけにはいかないからな。


「まあ、体真っ二つにしても死なない相手から逃げ出すのに150万なんだから、安い買い物だって」

「ですけど……」


 本條さんはなおも承服しかねると言いたげだったが、納得してもらうしかない。


「それに、不意打ちで片が付くと過信した俺のミスだし」


 吸血鬼の不死性って作品によって全然違うけど、やっぱ、白木の杭とか必要なのかな?

 いや、吸血鬼だって宣言してるし、その辺は全部克服したと思ったほうがいいだろうか……。


「それなら、私の力不足だわ」

「いや、真っ二つにしても平然としているのは生物として普通にヤバイでしょ。あれ以上、どうしろと」

「肉片ひとつ残らず、消滅させる力があれば良かったのだけど」


 怖いな、ファンタジー。


「つまり、私が理力魔法でどうにかしなくてはならないんですね……」


 本條さんも殺る気。否、やる気だ。

 前向きなのはいいけど、本当にいいのかな……。


 俺の疑問というか視線に気付いたのか。本條さんが、軽く息を吐いてから言った。


「私、怒っていますから」

「そりゃ、命を狙われてるんだから当然だろうけど」


 本條さんは頭を振った。

 かぐや姫のような黒髪が揺れ、彩に乏しい部屋が一気に色づく。


「それだけではありません。だって、私以外の力を持った人が、過去に犠牲になったってことですもの。恐らく、何人も」

「……味を知っているってことは、そういうことだよな」


 死んではいないかもしれないが、まともな生活を送れていると信じられるほど楽天的じゃあない。


 話は通じるんだけど分かり合えないってところが、なんとも人間性を失った怪物って感じだよなぁ。


 あれは微妙に騙される。


 だって、会社がまともになることを、ちょっとだけ。ちょっとだけ、期待しちゃったもん……。


「オーナー! そこは、働く前提から逃れましょう? 会社を辞めても生活できれば、会社なんてどうでもいいじゃないですか」

「でも、会社を辞めると社会保険が……」

「国より、スキルですよ! オーナー!」


 すごい標語だな。

 でも、生涯年収分稼いで、なにかあったら《レストアヘルス》を使えるだけの石があれば、健康で文化的な生活は送れるはず……か。


「そのためには、メフルザードをどうにかしないとな」


 最後まで、《ホールディングバッグ》に眠り続けているロザリオ。

 あれがキーになると思うんだが……やっぱり、《中級鑑定》を目指して冒険者になるしかないか。


 本條さんの未来予知に期待するのは、いくらなんでも身勝手だしな。


「え、ええ。そうですね……」


 やはり、不安があるのだろう。本條さんが、表情を暗くする。

 異世界で経験を積んで、自信を持たなきゃだな。


 もちろん、俺も含めて。


「まあ、時間はたっぷりあるんだ。修業編だと思って、じっくり行こう」

「ふむふむ。じゃあ、そこの辺りは私たちで考えるので、オーナーは寝ましょうか」

「え? なんで俺はぶられてるの?」

「それは、オーナーが疲れた顔をしているからですよ」


 ええ?

 そんなことないでしょ? というか、疲れてるんなら本條さんのほうがいっぱいいっぱいなんじゃ?


「でも、こっちじゃ朝だろ? 今から寝ると、生活リズムが……」

「数時間でいいから、仮眠を取ったほうがいいですよ」

「でも、寝れるかどうか」


 眠剤がないと不安なんだけど……。


「寝てください」

「そうですね。健康優先です」

「よく眠れる薬湯を用意するわ」


 あれ? これ、抵抗は無意味なやつ?


「そうです」


 そういうことに、なった。





「それでは、オーナーも眠らせたことですから女子会を始めます!」


 いつもの巫女風の衣装からOL風の制服に着替えた、エクスがぱちぱちぱちと手を叩く。

 カイラと綾乃もそれにならって拍手をするが、二人の秀麗な相貌には戸惑いしかなかった。


 それは、案内されたカイラの部屋が、ミナギに宛てがわれた客室に負けず劣らず殺風景だったから……ではない。


「女子……」

「……会、ですか?」


 作戦会議をするのではなかったのだろうか。

 二対の瞳が、その疑問を乗せて電子の妖精を射抜く。


「吸血鬼対策会議は、無意味ですからね」


 だが、エクスは追及をゆるりとかわした。


「綾乃ちゃん、未来予知しましたね? 恐らく、さっきオーナーが吸血鬼をどうにかしないとと言ったタイミングで」

「えっ……」


 完璧に言い当てられ、綾乃は視線を逸らすことしかできなかった。


「そうなの?」

「恐らくというか、まず間違いなくメフルザードと決着がつくシーンのビジョンでしょう。ですが、言いたくない内容だったようですね」

「それは……。その……」


 さらに追い打ちをかけられた綾乃は、完全に自白をしたも同然だった。


 しかし、エクスはそれ以上追及はしない。


「エクスとしては、言いたくなければそれでいいと思ってます。オーナーが幸せなら、場所にこだわる必要はないですからね」


 あっさりと地球を捨てても構わないと言い放ったエクスは、それよりも重々しく告げる。


「今は女子会です」


 ミナギに奉仕する電子の妖精によって、女子会という名のセミナーが始まった。


「ぶっちゃけ、オーナーのことどう思っているか……は、分かってます」

「……まあ、今さら否定はしないわ」

「そ、そんなに分かりやすかったでしょうか?」

「二人とも、命を救われた挙げ句に、器の大きいところを見せられましたからね。普段の言動や行動はあれですが、それが逆にギャップになった面もあるでしょう」


 ミナギ本人は当然のことをしただけなのだが、相手からするとそれで済む話ではない。

 要するに、本人以外には自明の理だった。


 もちろん、カイラと綾乃の二人に免疫がなかったというのも否定はできないが。


「焦点はむしろ、オーナーの認識。ぶっちゃけ、お二人はオーナーからどう思われていると考えてます?」

「ミナギくんから……」

「秋也さん……から……」


 反芻する二人に、エクスがうなずきかける。

 先手を取ったのは、綾乃だった。


「妹……親戚の子みたいな感じでしょうか。今は」

「なるほど。カイラさんは?」

「仲間。そして、伴侶……かしら」

「なるほど」


 エクスが、笑顔を浮かべる。


「二人とも、甘いです」


 そして、ばっさりと斬り捨てた。

 驚き、そして、不満げな表情を浮かべる二人。


 そんな美女と美少女の周囲をぐるりと一周してから、エクスは綾乃の前で静止した。


「まず、綾乃ちゃん」

「は、はい」


 居住まいを正し、しっかりと聞く態勢に入る。育ちの良さが表れていた。


 ……が、直後、あっさりと崩れる。


「オーナーは、あなたと下手に距離を詰めたら通報されると思っています」

「どういうことですか!? しませんよぅ……」

「どうもこうも、事案です」


 それほど、アラフォーと女子高生の間は険しく溝は深い。

 アラフォー側からは、特に。


「ある程度距離を取れば、オーナーも安心することでしょう。しかし、それは敗着の一手」

「敗北者の思考……ということですか?」

「そうです。まず、お金のことを気にするのは止めましょう。少なくとも、気にする素振りをオーナーに見せるのは止めましょう。返すことよりも、感謝したほうがオーナーは喜びます」


 そもそも、ぽんっと渡した魔道書だけで、石1万個を遥かに超える価値があるはず……とまではエクスも言わない。


 萎縮させても意味はないからだ。


「加えて、もっと好き好き光線を出して良いと思います。開き戸は引いても開きません」

「秋也さんが囚われている、社会的なしがらみを壊さなくてはならないんですね?」

「そう。その鍵が愛です」


 早速理解してくれた綾乃に満足そうにすると、次は白い影人シャドウへ視線を移す。


「そして、カイラさん」

「覚悟はできてるわ」

「オーナーには、勇者アインヘリアルとしての常識とかありません。これが、ディスコミュニケーションの原因です」


 なので、異性の勇者アインヘリアルの仲間イコール伴侶という式は成立しない。


「……エクスさんは、正確に把握しているようだけど?」

「エクスには、バイアスがないですからね」


 客観的に見れば答えは明らかなのに、ミナギというフィルターを挟むと歪んでしまう。


「報酬の分配でも思い知ったと思いますが、オーナーに常識を期待してはいけません」

「そこが、ミナギくんのいいところだと思うのだけど?」


 カイラの擁護。

 エクスは内心でうなずきながらも、言葉では否定せざるを得なかった。


「とにかく、オーナーには結婚願望とかそういうのはありません。ゼロです。無です。この年まで一人で生きてきて、摩耗しきっています」


 普通、指輪を左手の薬指にはめたら理解するか諦めるかしそうなものだが、そういうのを期待してはいけないとエクスは強調した。


「そのため、言葉ではっきり言ったり迫ったりするとオーナーは逃げ出す可能性が高いです」

「逃げる……」

「とても信じられないですが、エクスさんが仰るのなら……」


 すっかり、ミナギの専門家としてエクスは信頼されていた。


「ですが、言葉ではなく態度で示すのはありです。はっきり言うと逃げるので、茹でカエルのように迫るのです」


 カエルを水に入れゆっくりと温度を上昇させると、気付かずにそのまま死んでしまう。

 実際にはそんなことはあり得ないのだが、ある種の決意表明としてエクスは喩えに出した。


「性急に結果は求めない」

「ですが、しっかりと捕まえる……ということですか?」

「イグザクトリィ」


 その通りですと、エクスは満面の笑みを浮かべた。


「理屈と正論で攻めるとオーナーは比較的受け入れてくれますので、このあと、エクスがお手本をお見せしましょう」


 無い胸をそらして、自信満々に言うエクス。

 もはや、二人から疑念が出てくることはなかった。


「エクスとしては、オーナーの健康で文化的な。最低限の幸せのために、お二人が貢献してくれることを望みます」


 三人が視線を交え、手を取り、心を重ねる。


 ここに、ひとつの協定が成立した。


 本人の与り知らぬところで。

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