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3怪 あやかしも人間も変わらないんだな

眩しすぎる光に目を閉じていたタカラの腕から、クロがぴょんと飛び降りた。


「あっ、クロ!」


クロを追いかけて一歩踏み出すと、目の前には、江戸村のような風景が広がっていた。

頭上には、「妖界へお帰りなさい」と書いてあるアーチ型の看板が頭上に掲げられている。

タカラはパチパチと瞬きをしてから一歩後ずさる。後ろを振り返ると、もう扉はどこにもなかった。

前方に向き直り、看板の向こう側の通りを見ると、着物姿ののっぺらぼう、日本髪のろくろっくび、唐笠お化けなどが歩いており、タカラは目を見開いて思わず叫んだ。  


「ゲゲゲッ! アニメとか図鑑で見たことあるあやかしがこんなに!」


「早く行くにゃ」  


クロは二足歩行でスタスタ先を進んでいった。


「歩いてる!」 


「吾輩は猫又である。当然にゃ。ぼうっとしてたら置いてくにゃ」


「ま、待って! 置いてかないでー」


通りを歩く妖怪たちにジロジロ見られながら、タカラは情けない顔でクロの後を追って行った。



スタスタと二足歩行で歩くクロの後ろを、初めの内はびくつきながら歩いていたタカラだったが、どこからかおいしそうな匂いが流れてくると、鼻をひくひくさせながら、道の両脇に並んでいる食べ物屋の方にフラフラ向かって行った。


店の前に座椅子と日よけが置いてある茶屋や、団子、大福、あられなどが陳列棚に並べられている和菓子屋や、煮魚、煮豆、おでんなどぐつぐつと良い音と匂いを漂わせている煮物の総菜屋など、空きっ腹にはたまらない飲食店が道の両脇にずらっと並んでいる。


「うまそー。なんか食いたい。3日食べてないんだよなあ」


ぐぎゅるるるる


腹の虫が鳴き出し、お腹を抑えるも、鳴きやむどころか大きく長くなっていく。周りの妖怪たちが変な目で見てくるが、妖怪への恐怖心よりも食欲が勝ち、タカラはよだれを垂らしながらよたよたと目の前の総菜屋に近づいていった。


「うまそうなおでん、食いたい。おでん、おでん、おでーん!」


煮込んでいる最中の、顔が狸で体は着物を着た人間姿の化け狸が顔をひきつらせ、後退りした。


「ひいっ! に、人間の怨霊! こっち来ないで!」


「おでん、一口でいいから食わせて!」


タカラは正気を失った目でおでんに手を伸ばす。


「この、アホんにゃら!」


四つ足で駆けてきたクロが地面を踏み切り、タカラの横顔めがけてジャンピングネコパンチをくらわせた。


「ぐはっ!!」


タカラは顔から地面に倒れ、頬に刻まれたばかりの3本の引っ掻き傷を手で抑えてのたうち回った。


「いってー! いたい、いたい、いたい、いたーい! 痛すぎて血も涙も出てきた!」


「ひどいのはお前にゃ。女将、驚かせて申し訳ないにゃ。こんなんだけど害はない人間にゃ」


クロはタカラの訴えを無視して、化け狸に頭を下げて謝罪した。


「クロの旦那のお連れさんだったんですね。びっくりしたけど、被害はなかったからいいですよ。それより、よっぽどお腹空いてたみたいだけど、この人間大丈夫ですか?」


しくしく涙を流して地面に横たわったまま動かないタカラに、化け狸は心配そうな目を向けた。


「タカラ、いつまでそうしてるにゃ。早く役所に行くにゃ」


「無理。動けない。夢なのにめっちゃ腹減ってる。誰かさんがとんでもないパンチしてきたから心も折れた。おでん食ったらちょっとは動けそう」


涙目でちらっとクロを見上げるタカラ。クロは、はあーと猫らしからぬ深い溜め息をついた。


「女将、おでん一人前くれにゃ」


「はい、すぐにお持ちします。外の座椅子で待っててくださいな」


タカラは機敏な動きで起き上がり、さっと座椅子に座った。


「現金なやつにゃ」


瞳孔を針のように細くしたクロの呟きは、化け狸のよそうおでんを、ぎらついた目で見つめているタカラの耳には入らなかった。



「ふうー。やっとついたにゃ。妖界と人間界を繋ぐゲートから10分もかからないのにかなり時間かかったにゃ」


クロは目の前にそびえたつ五重塔を苦々しい顔で見上げた。建物の外壁は全て朱色で塗られ、瓦屋根の塔の天辺には縦長の棒のようなものではなく、丸窓のついた倉庫のような箱型の小屋がバランスよくちょこんと乗っている。


「おー、でっけー。修学旅行で見たことある塔に似てる。ここが役所?」


「そうにゃ。タカラ、口の周り拭くにゃ。汁とかソースとかくっついて汚にゃい」


口許に手を当てて人間のようにドン引き顔をしたクロに指摘され、タカラはスーツのパンツのポケットを探ってハンカチを取り出した。


「だってさ、全部うまいんだもん。おでんもうまかったけど、まさかここにきてラーメンとかとんかつとか食べられるとは。あやかしも俺らと同じもの食うんだな」


「人間界で暮らすあやかしも多いにゃん。それこそうまい食べ物を求めて行く者もいるにゃん。あそこで店を出しているあやかしはみんな人間界で暮らしていたことがあるにゃん」


「へー。じゃあ、もしかしてあの鬼上司もあやかしで、マジで鬼だったとか?」


「あいつは人間だったにゃん。人間界での悪人はたいてい人間にゃん。わざわざ妖界から人間界に行って悪さするやつは滅多にいないにゃん。悪さするあやかしがいた時は冥界の役人が捕まえて、牢獄にぶちこんでお仕置きするにゃん」


クロは話しながら役所の扉の方に歩いて行く。


「冥界とか牢獄とか物騒だな」


タカラが顔をしかめて扉を開けようとしたら、自動で両側に開いていった。


「えっ、まさかの自動ドア?」


「雷獣が電気を起こしてくれてるにゃん。役所は、人間界に行ってきたあやかしが人間の技術を習得して造ったから、電気はLEDで、電話も、パソコンも、電子掲示板もあるにゃ。ここ数十年で仕事の効率がぐんと上がったって所長が喜んでたにゃん」


アパートの最寄り駅の近くにあった市役所と同じく、入るとすぐ受付があり、番号札をもらって順番を待つシステムになっている。各部署の前にある椅子には、電子掲示板に流れている役所の紹介動画を見ながら、番号が呼ばれるのを待っている名前もよく分からない様々なあやかしが座っている。

各部署のカウンターの奥には、パソコンが置かれているデスクがずらっと並んでおり、人型の妖怪たちがカタカタとキーボードを打っている。


「あやかしも人間も変わらないんだな」


「タカラ、これに乗っていくにゃ」


入口から直進して奥の壁際まで進むと、馴染みのあるステンレスの扉があり、壁には上下の矢印ボタンがついている。


「エレベーター! こんなのもあるのか」


感心しているとチンと音が鳴って扉が開き、誰も乗っていなかったので入ろうとしたら、扉の脇からスーツを着た20センチ程の小さなおじさんたちが10人わらわらと出てきた。


「うわっ! えっ、小さいおじさん? しかも皆同じ顔!?」


「タカラ、足の下におじさんたちいるにゃ! 避けるにゃ!」


タカラは上げていた右足を下ろす寸前で、壁に手をついて片足姿勢を保ち、安堵したり、怒ったりしてぴょんぴょん跳ねているおじさんたちに謝った。


「す、すいません!」


「気をつけろよ!」

「踏まれなくて良かったあ」

「どこ見てんだ!」

「まあまあ。若者は大目に見てあげましょうや」

「小さいからってバカにしてんのか!」

「生きてればこういうこともあるさ」

「ちっ、人間の小僧が」

「あんまり怒ると血圧上がるぞ」

「無駄口叩いてないで、早く行くぞ!」

「前ならえ! いっち、にっ! いっち、にっ!」


一列に並んだおじさんたちは、それぞれ前にいるおじさんの肩を掴んで、先頭のおじさんの掛け声に合わせて駆け足で去って行った。


「おじさんなのにちょっとかわいく見える。確か、小さいおじさん見たら幸せになれるんだっけ? 10人も見ちゃったよ」


「タカラ、ぼうっと、してないで、早く、乗る、にゃ!」


エレベーターの中で、クロが何度もジャンプをして開くボタンを押している。タカラは慌てて中に入り、閉じるボタンを押した。


「何階に行くんだっけ?」


「一番上の猫のマークが書いてあるところを押すにゃ」


言われた通り最上階の猫の顔の形をしたボタンを押した。エレベーターはゆっくりと上昇していく。他に4つあるボタンを見てみると、数字ではなく何かしら妖怪だと思われる形をしていた。


「クロ、このボタンってどういう意味だ?」


「それぞれの階を束ねているあやかしのマークにゃ」


「へー。そういえばクロは何か仕事してんの?」


「吾輩は……ついたにゃん」


チンと小気味よい音がして扉が開き、クロはさっとエレベーターを降りた。

一階とは異なり、静かな雰囲気のフロアで、細長い廊下が奥の重厚そうなブラウンの扉まで続き、そこに行くまでに両側にいくつかドアがある。

クロに続いてブラウンの扉の前まで進んでいく。扉の上部には、エレベーターのボタンと同じ猫のマークがあり、その横に所長室と記されている。


「ひふみ! 連れてきたにゃん」


クロが扉に向かって声をかけると、扉が勝手に内側に開いた。



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