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 朝の空は澄み渡り、通学路沿いの木々が静かに揺れていた。その木漏れ日が生徒たちの足元を明るく照らし、微かな風が爽やかな一日を予感させる。

 少年は、その景色の中で淡々と歩を進めていた。彼の片手には学園の地図が握られており、もう片手はズボンのポケットに突っ込まれている。その冷たい表情にはわずかな迷いを隠しつつも、強い意志が滲み出ていた。


「この道を進めば未来が照らされる……」


 低く呟いた声は誰にも届かず、彼の足音だけが静かな通学路に響いていた。

 その時、前方から聞こえた賑やかな声が彼の足を止める。


「おいおい、朝霧さんよ。そんな短いスカート履いて、俺たちを誘ってるのか?」

「真面目ぶってるけど、結局は俺たちに構ってほしいんだろ?」


 男たちの挑発的な声が、通学路の静けさを一瞬でかき乱した。 嶺が顔を上げると、数人の男子生徒に囲まれた黒髪ストレートの少女が目に映った。制服のミニスカートが彼女の細長い足を際立たせ、スレンダーな体型に加え、控えめながらも魅力的なバストが目を引く。シンプルな装いにもかかわらず、彼女の存在感は周囲を圧倒していた。毅然とした態度で彼らを睨みつけているものの、わずかに眉を寄せ、困惑の色が浮かんでいる。


「逃げるなよ、ちょっと遊んでやるだけだって!」

「指導しなきゃだめでしょう?  そうっすよね、大河さーん?」


 男子生徒の一人が声を張り上げると、ひと際目立つ大柄な男が陽乃の横に立った。

その表情には妙な真剣さと、どこか抜けたような愛嬌が混じっている。


「まったく……色気づきやがって」

「触らないで!」


 陽乃の冷静な声が通学路を切り裂くように響いた。しかし、大河を含む男子たちはその言葉を意にも介さず、笑みを浮かべてさらに近づいていく。


「真面目な顔してるけど、やっぱりかわいいじゃねーか」

「そんなに睨むなよ。もっと笑ってくれよぉ!」

「お前みたいな奴を分からせるのが一番面白いんだよなぁ」


 陽乃は毅然とした態度を崩さないが、困惑の色が濃くなっていく。

そのやり取りを少し離れた位置から見ていた嶺は、彼らの存在そのものが無駄だと言わんばかりに、何の表情も浮かべずただ静かに道を進み続けた。

視線を外し、道の反対側を静かに通り過ぎようとする。


「嶺!? え、ちょ、待て」


 陽乃が声を張り上げるが、嶺の足は止まらない。その背中は遠ざかるばかりだった。


「……関係ないね」

「助けんかい!」


 その冷たい響きは、まるで彼女の声すら届かないかのようだった。

男子生徒の一人が嶺に目をつけ、不敵な笑みを浮かべて声をかけた。


「そこのぼーく、まって?」

「なーに、いっちょまえにシャツだししてんの?」

「先生にちくったら分かってんベー?」


 男子生徒の一人が挑発的に声を張り上げた。

嶺はため息をつきながら立ち止まり、ゆっくりと振り返る。その動作には一切の急ぎがなく、まるで彼らの存在そのものを軽視しているかのようだった。


「……くだらない」


 嶺の低い声が通学路の空気をさらに冷たくした。


「猿どもが」


 その一言に男子生徒たちは顔を歪め、さらに挑発的な言葉を重ねた。


「アァ! 何だとォォオオオ? 一年のくせに生意気だぞ?」

「ちょっと痛い目にあいたいのかなぁ! かなぁぁぁ!」


 男子生徒たちは陽乃を放し、嶺のほうへと頬擦りする勢いで寄ってくる。その足取りには威圧感を込めているつもりだが、嶺の無表情な顔には何の変化もない。


 そんな中、少し離れた場所で静観していた大柄な男、大河が腕を組んだままじっと嶺を見据えていた。短い黒髪が風に乱れる中、その目には鋭い光が宿り、彼の存在が周囲の空気をピリリと引き締めている。


「あいつ……噂の新入生か」


  大河は低く呟く。その声は抑えたものでありながら、確かな重みを持って響いた。挑発や軽口の気配は一切なく、ただ嶺を観察し、見定めるような真剣さが漂っている。

周囲のざわめきが少しずつ大河に届き始めても、彼の目線は嶺から外れることはなかった。その視線は、これから起こる何かを確信するかのように鋭い。


「大河さんの出るまでねぇっすよ」


 男子生徒の一人が余裕の笑みを浮かべながら口を開いた。


「ここは俺たちでキッチリ〆とくんで……先に、楽しんでくださいよ」


 しかし大河は腕を組んだまま首を小さく横に振った。


「いや、どれほどのものか……見せてもらおう」


 その言葉には、どこか嶺に対する期待すら感じさせる響きがあった。


「そうすか。オメェら、その女逃がすんじゃねぇぞ」


 別の男子生徒がニヤリと笑いながら指示を出すように言った。


「大河さんの次は俺だからなぁ」

「わぁってるよー」


 軽口を叩き合う男子たちの余裕ぶった態度は、嶺の冷徹な表情と対照的に見えた。


「やめてってば!」


 陽乃の冷静な声が一瞬、通学路に響き渡る。その毅然とした態度は変わらないものの、彼女の困惑の色を隠しきれない表情が状況の緊張感をさらに高めていた。

嶺は静かにポケットから端末を取り出した。その端末は小型ながら洗練されたデザインを持ち、画面上には「シルディム」の文字が浮かび上がっていた。


端末を操作した瞬間、嶺の周囲に薄い光が現れ、その光が徐々に広がりバーチャルフィールドの入り口を形成する。男子生徒たちも端末を操作し、それぞれバーチャルフィールドにログインする準備を整えた。


「身の程をわきまえさせてやるよォォ!」


 薄い光が嶺を包み込んだ瞬間、現実世界の感覚がすべて剥がれ落ち、彼は完全な仮想世界――バーチャルフィールドへと飛び込んでいった。足元に広がる光の床は、まるで液体のようにたゆたっており、柔らかな輝きが空間全体を照らしている。

空は存在せず、代わりに無数のデータ線が空間を交差するように走り、虹色の光が脈動していた。その中央には巨大な円形フィールドが浮かび、周囲には観客用のアバターが配された高くそびえるスタンドが並んでいる。観客たちのアバターはさまざまな形状をしており、奇抜な装飾やSF風のデザインが目を引く。彼らの視線が一点に集中しているその場所――嶺が静かに立つフィールド中央だ。


「エンゲージ」


 嶺が薄く呟いた瞬間、足元に刻まれていた紋章が淡い光を放ち、彼の姿に重なるように複雑な模様を浮かび上がらせる。紋章から放たれるエネルギーが周囲に波紋のように広がり、バーチャルフィールド全体に緊張感を漂わせた。遠くで観客たちのざわつく声が響き渡る。

観客席のアバターたちはそれぞれ異なる形状をしており、派手な装飾や奇抜なデザインが目を引く。彼らの声がバーチャルフィールド全体に反響し、試合開始前の緊張感をさらに煽り立てていた。

嶺はその喧騒に一切動じることなく、冷徹な目を前方に向けている。その姿はまるでフィールドそのものを支配しているかのような威圧感を放っていた。


 男子生徒たちは各々の端末を操作し、手にデジタル武器を生成する。武器から放たれる光が鋭い音を立て、彼らの表情には自信が満ち溢れている。だが嶺の表情は変わらず、まるでその動きを予期しているかのように落ち着いていた。


『オープン・ザ・ワールド!』


 低い機械音声がフィールド全体に響き渡る。その声が落ちた瞬間、空間が一斉に振動し、フィールドを囲むデジタル紋章が輝きを強める。光の波紋が広がり、男子生徒たちは武器を掲げ、嶺に向かって突進を開始した。嶺の足元には緻密に刻まれた紋章が現れ、淡い光を放ちながら次第に広がっていく。その模様がフィールド全体に伸び、嶺の足元からカードが具現化されるように現れる。彼はそれを軽く手にし、冷徹な瞳を敵へ向けた。


「こいつはどうだ」


 嶺の声が冷静に響き渡ると同時に、彼の手から放たれたカードが空中で輝き、形を変える。その瞬間、巨大な光の刃が形成され、男子生徒たちに向けて一閃する。鋭い音がフィールド全体を震わせ、彼らの武器と防御を完全に打ち砕いた。男子生徒たちは、光の刃に直撃され、紋章の力によってフィールドに叩きつけられた。フィールドに残るのは輝く紋章の痕跡だけであり、その瞬間的な攻撃の威力に誰もが驚きを隠せなかった。


「……は?」


 男子生徒たちは倒れたまま、驚きと恐怖に満ちた表情を浮かべる。


「こんな攻撃が……防げるはずがねぇ!」


 一人が声を震わせ、もう一人は顔を引きつらせた。


「これがランキング一位の力……!」


 観客たちは息を飲みながらその光景を見守る。スタンドのアバターたちは目の前の出来事に圧倒されていた。


「こんなカード操作が可能なのか……!」

「ワンキルでフィールドを支配したぞ!」


 嶺は観客のざわつきにも目もくれず、冷徹な顔で出口へ向かって歩き出す。その背中から漂う冷酷な威圧感に、観客たちはただ圧倒されるばかりだった。

彼は立ち止まり、僅かに周囲を見渡して静かに呟いた。


「満足か?」


 その声には冷徹な余韻が込められており、観客のざわめきが一瞬途切れる。

陽乃はその背中に少し戸惑い気味に声を上げる。


「あーあ、目つけられたよ、絶対」


 彼女の言葉には不安の色が滲んでいるものの、嶺はその言葉に応じることもなく冷静に続けた。


「その時は、これで片づけるだけさ」


 嶺のその一言はあまりにも淡白で、それがかえって揺るぎない自信を感じさせる。

陽乃は騒ぎで盛り上がる観衆の隙をつくように、嶺の手首を掴むと軽く引いた。


「ほら、行くよ!」

「何を――」


  嶺が言いかけるが、陽乃は彼の言葉を遮るように囁く。


「余韻に浸る暇ないでしょ? 遅刻する!」


 嶺はわずかにため息を漏らしつつも特に反論はしなかった。陽乃が率先して細い路地に足を踏み入れると、二人は周囲の視線から隠れるようにその場を離れていった。

遠ざかる二人の背中を見送る観衆たちの間では、まだざわめきが収まらない。誰もが嶺という存在の強烈な印象に言葉を失っていた。


 その中、大河は腕を組んだままフッと鼻息を漏らし、二人が消えた方向をじっと見つめた。その目には興味と期待が混じり、口元にはわずかな笑みが浮かんでいる。


「面白い……」


 大河は独り言のように呟き、静かにその場を立ち去った。


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