朝の光が学園の校門を鮮やかに照らす中、彼らの存在感は、生徒たちの歓声とざわめきによって、学園全体を包み込んでいた。
千歳凛──「毒舌の月影」。
虚影の牙のリーダーであり、その冷徹な策略とドSな毒舌が彼女の魅力。
「朝から騒々しい」
その一言が場のざわめきを突き刺し、豚野郎たちが興奮の声を上げる。
「ブヒィィィ! 凛様ァァァ!」
家畜どもの雄叫び。凛は冷たい視線で生徒たちを見渡し、淡々と続けた。
「踏まれたいのか!」
その言葉に、豚野郎たちはさらに歓声を上げる。
「ありがとうございます!」
赤井翔──「誇大な紅蓮」。
紅蓮の翼のリーダーでナルシストな2年生。その動き一つ一つが観客の心を引きつける。
「撃ち抜いてぇぇ!」
「こっち向いてぇぇぇ!!」
赤井は人差し指を銃の形にし、ウインクしながらファンに向けて構えた。
その動作に、女子たちは悲鳴を上げながら両手を振った。
「キャァァァ! 赤井さん、カッコよすぎぃ!」
「抱いてぇぇ! 二番目でもいいから!」
「二番は私よ!」
楠木忠盛──「熱血の侍魂」。
白紋連盟の代表として、秩序と調和を掲げつつも、その情熱的な言葉と振る舞いで生徒たちに熱を伝える。
「楠木様に!」
「敬礼っ!」
忠盛は拳を握りしめ、その勢いで場に響く声を上げた。
「うむ、おはよう!」
その一言に白紋連盟のメンバーはさらに高揚し、場の熱気は一層高まった。
日向悠真──「冷徹なる陽光」。
生徒会会長にして中心的存在。そのクールな佇まいが場の緊張をさらに高めた。
「くだらないやり取りは終わりにしろ」
その鋭い視線と低い声が響き、周囲の生徒たちは一瞬で沈黙する。
「悠真様ァァァ!」
「キャァァァ!」
そして、陽乃──「一陣の風」
天堂嶺の同級生であり、嶺の数少ない接触のある人物。陽乃の軽やかな足音が人混みをすり抜けるように響き渡る。
陽乃は、校門付近でたむろしている同級生たちに軽やかな足取りで近づいた。その動きは、周囲の喧騒の中でも風のように自然である。
「おはよう! 昨日の部活どうだった?」
「うん、もうヘトヘトだったよー」
陽乃の軽快な声と笑顔が、立ち話していた輪の中にすっと溶け込んだ。同級生たちと会話を交わしながら、陽乃の姿は生き生きとしていて、彼女に触れる空気さえ柔らかくなったように感じられる。
印章学園のスター「S4」である。
トップランカーは……空気感の扱いだった。
*
雑踏の中、一人だけ、空気を切り裂くような存在感を放つ少女がいた。
周囲の生徒が小さく息を呑み、道を譲る中、彼女の視線が一点を射抜いていた。
「おはよう。今朝の騒ぎ──君だな」
開口一番の問いに、嶺は鼻で笑った。
「風紀委員の見解は早いな。さすが、猿の群れだ。
噂と欲望に鼻が利くあたり、豚とも言えるが──まあ、両方か?」
周囲の空気が一瞬凍る。だが凛は怒るどころか、むしろ微笑んだ。
「猿に豚ね……動物園を思い描いてるようだ。
でも、その中に“人間”がいたって思えるなんて、ずいぶん想像力があるじゃないか」
「つまり、人間は風紀にいないってことか。自白ご苦労」
「違うな。人間は秩序を知る生き物。
本能のままに噛みつくだけの存在は──ただの野生だろう」
「噛みついた覚えはないがな。
うちの部下が服装検査をしたらしいけど……まさか、あれを喧嘩と受け取ったわけじゃないでしょう?」
「言葉の代わりに手が出たなら、それはただの暴力だろう」
「ご高説だな。ならシャツくらい、まともにズボンに入れてから言ってもらえるかな?」
凛の視線が、嶺のわずかに乱れた制服の裾へ向けられる。嶺は目もくれず、鼻で笑った。
「風紀委員ってのは、そんなに服の皺にうるさい職業なのか」
「やれやれ……君の態度──その、どこまでも反抗的な目だ」
凛の声は静かだったが、確かな威圧を帯びていた。
「学園の秩序を守るのが私たちの役目。けれど秩序ってのは、思春期の少年が気まぐれに蹴飛ばしていいものじゃない」
「なら、鉄格子でも付けたらどうだ。自由も思春期も管理できるぞ」
「ふふ。なるほど、口は達者だ。だが、美学がない」
嶺はようやく足を止め、ゆっくりと彼女の方へ振り返る。その目は冷えきっていて、どこかで相手を値踏みしているようだった。
「美学? それを豚の群れを引き連れてるあんたが言うのか」
凛の眉が、わずかに動く。
「豚は躾ければ従順になる。でも──気取った野良犬は、躾けても牙を剥くから嫌いだ」
「じゃあ首輪でもつけてみるか。噛まれて泣くのはそっちだぜ?」
凛は一瞬、唇の端を上げた。
「楽しみにしている。君を放っておくと学園が騒がしくなる──たまには、私の暇潰しになってもらおうか」
嶺は何も言わず、再び背を向けて歩き出す。その姿を、凛は後ろから冷ややかに見つめていた。
その場にいた他のS4メンバーは、この挑発的な掛け合いを興味深そうに見守っていた。
赤井翔は肩をすくめながら笑みを浮かべた。
「いいねえ、孤高の天才と毒舌女王の火花。これぞ学園ドラマ」
楠木忠盛が拳を握りしめて声を張り上げる。
「魂がぶつかり合うその瞬間、まさに青春だ!」
日向悠真は冷静な声を響かせ、場を静めるように言った。
「威勢のある一年生だ」
そのとき──天堂が何かに気づいたように小さく舌打ちした。
振り返ると、いつの間にか背後に生徒指導の教師。
「……あ、はい」
小声で言いながら、シャツの裾をそそくさとズボンに押し込む天堂。
だがその姿を見ても、誰もが特に言及することはなかった。
あくまで、何事もなかったかのように──。