フィールドの喧騒が、やけに遠くに聞こえた。
俺は今、そのスカートを――「借りに行かねばならない」立場にある。
(終わった……これはもう、ただの体育の授業じゃない……死刑執行だ)
心臓がバクバクする。肺がバグってる。いや、きっと見間違いだ。仮想空間とはいえ、こんなカードが出るわけ――
『借り物:陽乃のスカート』
出てた。しっかりと、しかも金色レア演出で出てた。クソがッ!!
(どうすればいいんだ……借りるって、直接、行くしかないってことじゃないか……!)
脳内でアラートが鳴り響く。
『コード更新:二度見はペナルティです。難易度アップ!』 『※ぬぎたて限定』
(いやああああああああああああ!!!)
無理。無理です。無理ゲーです。 クソゲーかよ。
しかもこの授業、シルディム(≒神)が監視してる仮想体育。全員の動きがカメラで記録されていて、放棄すれば即バン。ランクポイントも吹っ飛ぶ。トップランカーの称号も消える。つまり――
(くそ……どうする……どうやって、借りる!?)
視線の先、グラウンドの向こう。
――陽乃は、そこにいた。
陽の光に照らされたその姿は、もはや神話の女神。ふとももが犯罪的に輝いてる。
(声をかけるしか……ない……ッ!)
意を決して走る。決闘に挑む覚悟で。陽乃がこちらに気づく。
「嶺? どうしたの?」
(今ならまだ引き返せる……否ッ!! ここで退けば“人間”じゃない!!)
俺は祈るように叫んだ。
「スカートをはいてくれ!!」
「……は?」
「ぬぎたてのスカートを、貸してくれ!!」
その瞬間、グラウンドが静寂に包まれた。
風が止まり、音が消え、女子全員の視線が俺を射抜いた。
陽乃は、目を見開いてローキック、フルチャージ。
「ぎゃああああああああああああああああ!!!」
俺の意識は、惑星を一周して帰ってきた。
*
保健室。天井。氷枕。鼻にティッシュ。
「あ、生きてた……」
視界の先、氷の女神・陽乃がいた。表情は氷点下。
「嶺、バカなの?」
「いや違うんだ、これは神の意志で……カードが勝手に……仮想空間の陰謀が……」
「うん、そうね。カードラン・バトル、恐るべし」
陽乃が笑う。こわい。普通の笑顔なのに、こわい。
「ちなみに私も、カード引いたんだけどさ」
「……なんだったの?」
陽乃がスッとカードを取り出す。
『借り物:嶺のパンツ』
「脱げ」
俺は逃げた。
ノーパンにされる前に、保健室を全力疾走で飛び出した。
目指すは――陽乃のロッカー! そこに「ぬぎたて」があるはず!
(やってやるよ、陽乃。お前がその気なら、俺だって……!)
廊下で突然、召喚獣に遭遇。
「通行料として、ナゾナゾを出そう!」
「黙れえええ!! 三本足がどうしたあああ!!」
さらに化学準備室。
「この植物フィールドは理性のツタ。羞恥心の幻覚を見せるぞ」
「陽乃10人召喚すんなぁぁぁああ!! SAN値ゼロなるわ!!」
精神攻撃に耐えながら、ようやく女子更衣室前に到着。息が荒い。足がガクガク。
ロッカーを開けると――あった。陽乃のスカート。
「やっと、手に……!」
その瞬間――
ガラッ
「嶺?」
「……陽乃!?」
見つめ合う二人。
「……話し合おう」
「スカート貸してあげるからパンツ貸して」
「悪くない」
陽乃はゆっくりを俺の手から引き剥がす。そして、ゆっくりとスカートの裾に手をかけた。
「こっち、み、見ないで……」
その瞬間、世界が色づいた気がした。 仮想空間特有の演出か、それとも俺の妄想か――陽乃の背後に花びらが舞い、空気が甘くなる。 腰のラインに沿って、スカートが静かに、滑るように降ろされていく。 太ももが、白昼に晒される。つややかに光る肌が、ふわりと風に撫でられ、微細な鳥肌が立つ。
(や、やばい……このモーション……完全にR18指定……!)
スカートがふとももを伝い、ついに地面へと落ちた。 陽乃がそれをつま先で拾い上げ、優雅な仕草で俺に差し出す。
「……はい、ぬぎたて」
スカートから、湯気が出ていた。
(出るな!! なんで湯気!? 演出盛りすぎだろッ!!)
AIの過剰演算により、スカートにはなぜか芳香が付与されていた。ラベンダーとシトラス、そして微かに陽乃の――
「嶺も、はやく……ぬ、脱いでよ」
俺は震える手で自らのパンツを脱ぎ、陽乃に手渡した。どうしてこうなった。どうして交渉が成立してしまった。任務達成。だが代償がデカすぎる。俺はしばらく無言で、両手を前に添えた。
けれど、その場を立ち去ろうとした瞬間だった。
「……それも」
小さく、けれどはっきりと告げられた言葉に、俺の背中が凍りついた。
「は!? それって、何が!?」
思わず聞き返した俺に、陽乃はいたずらっぽく目を細める。
「わかってるでしょ? 全部じゃないと、交換にならないよ」
彼女の視線が、俺の腰元に向かっている。もう、パンツは脱いだ。なのに——。
「ズボン……! まさか、ズボンも……!?」
「そうよ!」
「ノーパンじゃなくて、フルチンになるだろうが!」
「スカートはけばいいでしょ!」
ありえない。けど、もしかして……いけるのか? 俺……いや、いっちゃダメだろ!
だけど、やるしかない!トップランカーとしての意地があるんだ!
俺は陽乃のスカートをはいて、グラウンドへ駆け出す。
「ゴール! 借り物成功です!」
教師AIの声。腕を天に掲げる俺。歓喜の――
「きゃあああああああああああ!!!」
《時間制限により、VRカードの装備が自動解除されました》
次の瞬間、虚空を抱えたポーズのままの俺。
フルチンである。
風が吹き抜ける。
悲鳴のボリュームが一段階アップする。
AI教師がノイズ混じりで絶叫する。
『エラー! エラー! 校則違反です!!』
陽乃が小声でつぶやく。
「……そういえば、借り物カードって授業が終わると消えるんだった」
遅いよ!!
「ぎゃああああああああああああ!!!???」
俺は叫んだ。女子たちも叫んだ。男子も叫んだ。たぶん、校舎の外にいた鳥も叫んだ。
次の瞬間、空から制裁の如く振り下ろされる三田の鉄拳。
「ド変態がぁぁ!」
全く、お前が言うなである。
*
再び保健室。天井。氷枕。鼻ティッシュ。魂が完全に抜けた俺。
「嶺……」
現れた陽乃は、今度は微妙に顔を赤らめていた。
「……スカート貸すわけないじゃん」
俺は涙目で頷いた。
青春は、始まらない。というか、終わった気すらする。
……だが、それも仕方ない。
カードが物理的に具現化される技術。
それをエンゲージと呼び、身に纏い、実戦へ挑むゲームこそが「シルディム」なのだ。