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 フィールドの喧騒が、やけに遠くに聞こえた。

俺は今、そのスカートを――「借りに行かねばならない」立場にある。


(終わった……これはもう、ただの体育の授業じゃない……死刑執行だ)


 心臓がバクバクする。肺がバグってる。いや、きっと見間違いだ。仮想空間とはいえ、こんなカードが出るわけ――


『借り物:陽乃のスカート』


 出てた。しっかりと、しかも金色レア演出で出てた。クソがッ!!


(どうすればいいんだ……借りるって、直接、行くしかないってことじゃないか……!)


 脳内でアラートが鳴り響く。


『コード更新:二度見はペナルティです。難易度アップ!』 『※ぬぎたて限定』


(いやああああああああああああ!!!)


 無理。無理です。無理ゲーです。 クソゲーかよ。

しかもこの授業、シルディム(≒神)が監視してる仮想体育。全員の動きがカメラで記録されていて、放棄すれば即バン。ランクポイントも吹っ飛ぶ。トップランカーの称号も消える。つまり――


(くそ……どうする……どうやって、借りる!?)


 視線の先、グラウンドの向こう。


 ――陽乃は、そこにいた。


 陽の光に照らされたその姿は、もはや神話の女神。ふとももが犯罪的に輝いてる。


(声をかけるしか……ない……ッ!)


 意を決して走る。決闘に挑む覚悟で。陽乃がこちらに気づく。


「嶺? どうしたの?」


(今ならまだ引き返せる……否ッ!! ここで退けば“人間”じゃない!!)


 俺は祈るように叫んだ。


「スカートをはいてくれ!!」

「……は?」

「ぬぎたてのスカートを、貸してくれ!!」


 その瞬間、グラウンドが静寂に包まれた。

風が止まり、音が消え、女子全員の視線が俺を射抜いた。

陽乃は、目を見開いてローキック、フルチャージ。


「ぎゃああああああああああああああああ!!!」


 俺の意識は、惑星を一周して帰ってきた。



 保健室。天井。氷枕。鼻にティッシュ。


「あ、生きてた……」


 視界の先、氷の女神・陽乃がいた。表情は氷点下。


「嶺、バカなの?」

「いや違うんだ、これは神の意志で……カードが勝手に……仮想空間の陰謀が……」

「うん、そうね。カードラン・バトル、恐るべし」


 陽乃が笑う。こわい。普通の笑顔なのに、こわい。


「ちなみに私も、カード引いたんだけどさ」

「……なんだったの?」


 陽乃がスッとカードを取り出す。


『借り物:嶺のパンツ』


「脱げ」


 俺は逃げた。

 ノーパンにされる前に、保健室を全力疾走で飛び出した。

目指すは――陽乃のロッカー! そこに「ぬぎたて」があるはず!


(やってやるよ、陽乃。お前がその気なら、俺だって……!)


 廊下で突然、召喚獣に遭遇。


「通行料として、ナゾナゾを出そう!」

「黙れえええ!! 三本足がどうしたあああ!!」


 さらに化学準備室。


「この植物フィールドは理性のツタ。羞恥心の幻覚を見せるぞ」

「陽乃10人召喚すんなぁぁぁああ!! SAN値ゼロなるわ!!」


 精神攻撃に耐えながら、ようやく女子更衣室前に到着。息が荒い。足がガクガク。

ロッカーを開けると――あった。陽乃のスカート。


「やっと、手に……!」


 その瞬間――


 ガラッ


「嶺?」

「……陽乃!?」


 見つめ合う二人。


「……話し合おう」

「スカート貸してあげるからパンツ貸して」

「悪くない」


 陽乃はゆっくりを俺の手から引き剥がす。そして、ゆっくりとスカートの裾に手をかけた。


「こっち、み、見ないで……」


 その瞬間、世界が色づいた気がした。 仮想空間特有の演出か、それとも俺の妄想か――陽乃の背後に花びらが舞い、空気が甘くなる。 腰のラインに沿って、スカートが静かに、滑るように降ろされていく。 太ももが、白昼に晒される。つややかに光る肌が、ふわりと風に撫でられ、微細な鳥肌が立つ。


(や、やばい……このモーション……完全にR18指定……!)


 スカートがふとももを伝い、ついに地面へと落ちた。 陽乃がそれをつま先で拾い上げ、優雅な仕草で俺に差し出す。


「……はい、ぬぎたて」


 スカートから、湯気が出ていた。


(出るな!! なんで湯気!? 演出盛りすぎだろッ!!)


 AIの過剰演算により、スカートにはなぜか芳香が付与されていた。ラベンダーとシトラス、そして微かに陽乃の――


「嶺も、はやく……ぬ、脱いでよ」


 俺は震える手で自らのパンツを脱ぎ、陽乃に手渡した。どうしてこうなった。どうして交渉が成立してしまった。任務達成。だが代償がデカすぎる。俺はしばらく無言で、両手を前に添えた。

けれど、その場を立ち去ろうとした瞬間だった。


「……それも」


 小さく、けれどはっきりと告げられた言葉に、俺の背中が凍りついた。


「は!? それって、何が!?」


 思わず聞き返した俺に、陽乃はいたずらっぽく目を細める。


「わかってるでしょ? 全部じゃないと、交換にならないよ」


 彼女の視線が、俺の腰元に向かっている。もう、パンツは脱いだ。なのに——。


「ズボン……! まさか、ズボンも……!?」

「そうよ!」

「ノーパンじゃなくて、フルチンになるだろうが!」

「スカートはけばいいでしょ!」


 ありえない。けど、もしかして……いけるのか? 俺……いや、いっちゃダメだろ!

だけど、やるしかない!トップランカーとしての意地があるんだ!

俺は陽乃のスカートをはいて、グラウンドへ駆け出す。


「ゴール! 借り物成功です!」


 教師AIの声。腕を天に掲げる俺。歓喜の――


「きゃあああああああああああ!!!」


《時間制限により、VRカードの装備が自動解除されました》


 次の瞬間、虚空を抱えたポーズのままの俺。


 フルチンである。


 風が吹き抜ける。


 悲鳴のボリュームが一段階アップする。


 AI教師がノイズ混じりで絶叫する。


『エラー! エラー! 校則違反です!!』


 陽乃が小声でつぶやく。


「……そういえば、借り物カードって授業が終わると消えるんだった」


 遅いよ!!


「ぎゃああああああああああああ!!!???」


 俺は叫んだ。女子たちも叫んだ。男子も叫んだ。たぶん、校舎の外にいた鳥も叫んだ。

次の瞬間、空から制裁の如く振り下ろされる三田の鉄拳。


「ド変態がぁぁ!」


 全く、お前が言うなである。


 *


 再び保健室。天井。氷枕。鼻ティッシュ。魂が完全に抜けた俺。


 「嶺……」


 現れた陽乃は、今度は微妙に顔を赤らめていた。


 「……スカート貸すわけないじゃん」


 俺は涙目で頷いた。

 青春は、始まらない。というか、終わった気すらする。


 ……だが、それも仕方ない。


 カードが物理的に具現化される技術。

 それをエンゲージと呼び、身に纏い、実戦へ挑むゲームこそが「シルディム」なのだ。

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