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 チャイムが鳴ったあとの教室には、空っぽの音だけが残っていた。

嶺は、席を立ちながら、感じていた。

周囲の、鋭く乾いた視線。


(……この空気、知ってる)


 ふと脳裏に浮かぶ、あのニュース映像。

――全裸で公園を走って捕まった男のインタビュー。


「いやぁ、世間が狭いですねぇ!」


 満面の笑顔、しかしその周りに漂うのは、誰ひとり笑わない冷たい視線。


(俺、いま、あれと同じだ)


 笑えない。

むしろ、これ以上ないくらい笑えるけど、笑えない。

カバンを持った指先が、微妙に震えた。

椅子の脚が床を引っかく、キイィ、という音が妙に耳に刺さった。


(……死にてぇ)


 教室を出ようとした、その瞬間――


「リョーーウゥゥゥゥゥゥゥ!!!!」


 後ろから奇声と共に、暴力的な勢いで肩を組まれる。

振り向けば、吉田。

顔面全力で変な顔。

目は白目、口はアホみたいに広がり、血管ビキビキ。


「ヨウコソ~~! 底辺のセカイへェェ!」


 吉田は超笑顔で肩を組んできたので、そのまま背負い投げをする。

こいつと同類なんてごめんだ。



 歩道を歩く。

夕暮れの街、空気はカサカサに乾いて、鼻の奥がムズムズする。

コンクリのビル壁には、電子広告パネルがぎらついていた。


【こちらではお見せできませんが、ヌルヌル動きます】


 ド下品なタイトルが点滅している。

下半身だけやたら筋肉質な人影が、延々とうねうね動いていた。

誰も見ない。

でも止まらない。

まるで今の俺みたいだ──と嶺は思った。


(誰も見たくないのに存在してる……それが俺……)


 女子高生──ドン引き。

カップル──足早に通過。

犬──目を逸らした。


──カツ、カツ、カツ。


後ろから、足音。微妙に一定距離を保ち、ピタリとついてくる。

明らかに異常。

歩幅を早める。

向こうも早まる。

遅める。

向こうも遅める。


 ざわざわと警戒心を高めた、その瞬間──!

電柱の陰から、すっ──と女が現れた。

そばかす、メガネ、みつあみ。胸元に生徒会バッジ


「生徒会書記、宮沢夏希です」

「ッ!? おま……!」

「天堂嶺さんですね。──露出狂の」


 全力で刺してきた。


「世間的には、露出狂と認識されているので。訂正は不可です」

「言い訳ぐらいさせてくれよ!」

「変顔に言い訳……救いようのないグズですね」


 冷静に追い討ち。

ナチュラルに致命傷を与えてくるタイプだ。


「公式試合、来週火曜。三年フロア、午後四時。」

「お、おう……」

「──負けても、服は脱がないでくださいね?」

「なんで脱ぐ前提なんだよお!」


 叫び返した、その瞬間。風が吹いた。バサァァァァァァァ!!

宮沢のスカートが──ふわっと捲れた!!


「うわっ!!!」


 俺は反射的に顔を逸らした。

が──その勢いで、バランスを崩す。


「きゃっ!?」


 ガッ!! 俺と宮沢、正面衝突。


──押し倒し事故、発生。神のイタズラ。

俺はコンクリに背中を打ちつけた。


(……!?)


 鼻先に、宮沢の柔らかそうな頬。

うっすら香る、シャンプーの匂い。


(これ──!!!)


 心臓が爆速で脈打つ。柔らかい。

静止。宮沢、上。俺、下。


手をついた感触──

むにゅ、むにゅ。


(……えっ、これ)


目線を落とす。

両手、宮沢の胸、

わしづかみ。


(オワッタ……)


しかも、制服越しでもわかる。

やたら柔らかい。

弾力がやばい。

あったかい。


生クリームみたいな弾性。

掌いっぱいに、命の重み。

沈黙。

遠くで、カラスがカァと鳴いた。


「──新たな前科、確定ですね」


 宮沢が、無表情で宣告した。


「ちがう!!!!!! 事故!!!! 100パー事故だから!!!」


 必死で手を離そうとする。


「ぬあああああああああ!!!!」


 ぴったり密着。離せない。ニュートン先生!

宮沢の髪から、微かな甘い香り。

制服の布地越しに、やたらリアルな体温。


「……死刑」

「え、ちょ、おま──ッ!!?」


 ドガッ!!

反射蹴りが俺の又をえぐった。

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