チャイムが鳴ったあとの教室には、空っぽの音だけが残っていた。
嶺は、席を立ちながら、感じていた。
周囲の、鋭く乾いた視線。
(……この空気、知ってる)
ふと脳裏に浮かぶ、あのニュース映像。
――全裸で公園を走って捕まった男のインタビュー。
「いやぁ、世間が狭いですねぇ!」
満面の笑顔、しかしその周りに漂うのは、誰ひとり笑わない冷たい視線。
(俺、いま、あれと同じだ)
笑えない。
むしろ、これ以上ないくらい笑えるけど、笑えない。
カバンを持った指先が、微妙に震えた。
椅子の脚が床を引っかく、キイィ、という音が妙に耳に刺さった。
(……死にてぇ)
教室を出ようとした、その瞬間――
「リョーーウゥゥゥゥゥゥゥ!!!!」
後ろから奇声と共に、暴力的な勢いで肩を組まれる。
振り向けば、吉田。
顔面全力で変な顔。
目は白目、口はアホみたいに広がり、血管ビキビキ。
「ヨウコソ~~! 底辺のセカイへェェ!」
吉田は超笑顔で肩を組んできたので、そのまま背負い投げをする。
こいつと同類なんてごめんだ。
*
歩道を歩く。
夕暮れの街、空気はカサカサに乾いて、鼻の奥がムズムズする。
コンクリのビル壁には、電子広告パネルがぎらついていた。
【こちらではお見せできませんが、ヌルヌル動きます】
ド下品なタイトルが点滅している。
下半身だけやたら筋肉質な人影が、延々とうねうね動いていた。
誰も見ない。
でも止まらない。
まるで今の俺みたいだ──と嶺は思った。
(誰も見たくないのに存在してる……それが俺……)
女子高生──ドン引き。
カップル──足早に通過。
犬──目を逸らした。
──カツ、カツ、カツ。
後ろから、足音。微妙に一定距離を保ち、ピタリとついてくる。
明らかに異常。
歩幅を早める。
向こうも早まる。
遅める。
向こうも遅める。
ざわざわと警戒心を高めた、その瞬間──!
電柱の陰から、すっ──と女が現れた。
そばかす、メガネ、みつあみ。胸元に生徒会バッジ
「生徒会書記、宮沢夏希です」
「ッ!? おま……!」
「天堂嶺さんですね。──露出狂の」
全力で刺してきた。
「世間的には、露出狂と認識されているので。訂正は不可です」
「言い訳ぐらいさせてくれよ!」
「変顔に言い訳……救いようのないグズですね」
冷静に追い討ち。
ナチュラルに致命傷を与えてくるタイプだ。
「公式試合、来週火曜。三年フロア、午後四時。」
「お、おう……」
「──負けても、服は脱がないでくださいね?」
「なんで脱ぐ前提なんだよお!」
叫び返した、その瞬間。風が吹いた。バサァァァァァァァ!!
宮沢のスカートが──ふわっと捲れた!!
「うわっ!!!」
俺は反射的に顔を逸らした。
が──その勢いで、バランスを崩す。
「きゃっ!?」
ガッ!! 俺と宮沢、正面衝突。
──押し倒し事故、発生。神のイタズラ。
俺はコンクリに背中を打ちつけた。
(……!?)
鼻先に、宮沢の柔らかそうな頬。
うっすら香る、シャンプーの匂い。
(これ──!!!)
心臓が爆速で脈打つ。柔らかい。
静止。宮沢、上。俺、下。
手をついた感触──
むにゅ、むにゅ。
(……えっ、これ)
目線を落とす。
両手、宮沢の胸、
わしづかみ。
(オワッタ……)
しかも、制服越しでもわかる。
やたら柔らかい。
弾力がやばい。
あったかい。
生クリームみたいな弾性。
掌いっぱいに、命の重み。
沈黙。
遠くで、カラスがカァと鳴いた。
「──新たな前科、確定ですね」
宮沢が、無表情で宣告した。
「ちがう!!!!!! 事故!!!! 100パー事故だから!!!」
必死で手を離そうとする。
「ぬあああああああああ!!!!」
ぴったり密着。離せない。ニュートン先生!
宮沢の髪から、微かな甘い香り。
制服の布地越しに、やたらリアルな体温。
「……死刑」
「え、ちょ、おま──ッ!!?」
ドガッ!!
反射蹴りが俺の又をえぐった。