目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
前世の悪女は目立たず生きたいのに、お節介な魔法使いと婚約回避したい王子に絡まれました。
前世の悪女は目立たず生きたいのに、お節介な魔法使いと婚約回避したい王子に絡まれました。
甘塩ます☆
異世界恋愛悪役令嬢
2025年07月09日
公開日
2.1万字
連載中
前世で「悪役令嬢」として破滅したリーゼリット。二度目の生は、誰にも関わらず、ひっそりと平穏に過ごしたいと願っていた。しかし、継母からのいじめから妹を守ろうとする不器用な優しさが、思わぬ絆を生んでしまう。 そして、運命の舞踏会。平穏を求めるリーゼリットは、妹を身代わりに行かせようとするが、突如現れたのは出たがりな魔法使い!? 「私の仕事を奪った」と怒り心頭の彼女に無理やり着せられたのは、前世のトラウマを呼び起こす、真っ赤なドレスだった。 不本意ながら舞踏会に連れてこられたリーゼリットが逃げ込んだのは、城の片隅の静かな庭園。そこで彼女が出会ったのは、同じく婚約者探しから逃れてきた、隣国の第三王子シリウスで……。 「目立ちたくない」元悪役令嬢と「結婚したくない」王子の、共感と勘違いが織りなす、厄介事回避系異世界恋愛コメディ! 彼女の平穏はどこへ向かうのか!?

第1話


 静寂を破る甲高い悲鳴で、リーゼリットは悪夢から覚めた。

 飛び起きた拍子に、豪華な天蓋付きのベッドから転げ落ちそうになる。

 心臓が嫌な音を立てて波打っていた。


「またこの夢……」


 リーゼリットは16歳誕生日を迎えた日から毎日のように同じ悪夢を見る。

 額に滲んだ冷や汗を拭いながら、リーゼリットは重い息を吐いた。

 ここが侯爵令嬢リーゼリット・フォン・クライアントの豪奢な寝室であることは、すでに嫌というほど理解している。

 そして、自身が前世で、この身体の持ち主である「悪役令嬢」だったことも。


 前世のリーゼリットは、16歳の誕生日に新しい家族が出来た。

 しかし、その継母と連れ子である妹を苛め抜き、最終的に王子から婚約破棄を突きつけられ、修道院送りの末、不遇な死を遂げた。

 その記憶は、リーゼリットにとって拭い難い汚点であり、悪夢の元凶だ。

 特に、妹であるロザリアをいじめ、その純粋な心を傷つけたことへの後悔は、今も彼女の胸に鉛のように沈んでいる。


 窓から差し込む朝日に目を細め、リーゼリットは自身の掌を見つめた。

 二度と同じ過ちを繰り返すものか。

 そう固く誓ったのは、この世界に転生してから何度目になるだろう。

 今世では、妹をいじめることなど断じてしない。

 しかし、積極的に仲良くする気もなかった。

 一度壊れた関係は、そう簡単に修復できるものではないと知っている。

 それに、何より彼女が望むのは「平穏」だ。

 誰にも干渉されず、誰の恨みを買うこともなく、ただ静かに一生を終えること。

 それが今のリーゼリットにとって、唯一の願いだった。

 だから、ロザリアとは適度な距離を保つ。

 目立たぬよう、地味に、ひっそりと。

 それが、きっと誰にとっても一番良い選択なのだから。


「おはようございます。お姉様」


 部屋を出てすぐの廊下で、リーゼリットは妹のロザリアと鉢合わせた。

 今日も眩しいほどに愛らしいロザリアだが、着ている服は下働きの女よりも酷い質素なものだ。


「貴女、何をしているの?」


「お母様に雑巾がけをお願いされました」


 ロザリアの返答に、リーゼリットの眉間に皺が寄る。


「そういうのはメイドの仕事でしょう。なぜ貴女がする必要があるの?  ハンナ!  ハンナはどこ!?」


 苛立ちを込めて手を叩き、メイド頭のハンナを呼びつける。


「はい、お嬢様。どういたしましたか?」


「どうしたじゃないわ。ロザリアに何をさせているの!」


「奥様のご命令でして……」


「私が命令するわ。ロザリアに雑巾がけはさせないで!」


「しかし、私が奥様に叱られてしまいます……」


「何? 私の命令が聞けないとでも言うの?」


「申し訳ございません」 


 リーゼリットはロザリアの手から雑巾をひったくり、ハンナに押し付けた。


「貴女もこの屋敷の娘なのだから、こんな格好をしないの。貴女は侯爵令嬢でしょう?  私が恥ずかしいんだからね!」


 フン、と鼻を鳴らしてロザリアから顔を背けると、リーゼリットはくるりと踵を返し、階段を降りていく。


 ――あーー、またやってしまったわ。


 ロザリアをいじめては駄目なのに、いじめてしまった。 

 また一つ、破滅エンドに近づいてしまったじゃない。 


 リーゼリットが深々と溜息を吐く後ろで、ロザリアは(お姉様、素敵……!)と、うっとり目を輝かせているのだった。



 食事の席に着くと、ロザリアの姿が見当たらなかった。


「ロザリアはどこにいますか?」


 継母のエルシーに尋ねると、彼女はホホホ、と下品に笑った。


「あれは下働きみたいなものですから、リーゼリット様と同じテーブルにつかせるわけには参りませんわ」


 この継母は、亡き侯爵の実子であるリーゼリットに取り入ろうと、実子であるロザリアをいじめる『毒親』だ。

 たしかに、この屋敷に務める下働きたちは、継母とその娘をリーゼリットと同等とは見ていなかった。

 それにしても酷い母親である。


「ロザリアは私の妹です。立派な侯爵令嬢ですよ。ロザリアを呼んできてちょうだい!」


 リーゼリットは近くにいた使用人に、ロザリアを呼んでくるよう言いつけた。

 使用人はすぐにロザリアを見つけて連れてくる。 


「貴女も毎日母親の言うことばかり聞いて。私はロザリアと一緒に朝食を取りたいのよ。妹なんだから。早く席についてちょうだい!」


 ロザリアを席に座らせ、ようやく朝食が始まった。 

 毎日似たようなやり取りばかりで、流石に疲れてくる。


「ロザリアは私が言うことが聞けないの?  明日からはちゃんと朝食に間に合うように来なさいね!」


「はい、お姉様」


 ロザリアは、優しく微笑んで答えた。


 ――あーー、またいじめちゃったじゃない!!


 どうしてこうなるのかしら。

 私はロザリアをいじめる気なんて無いのに。関わらないようにしたいのに!


 運命は変えられないということなのかしら。 


 リーゼリットの溜息は止まらないのだった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?