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第2話

 侯爵家での日常は、リーゼリットの予想通り、波乱に満ちていた。

 というより、彼女の平穏を願う心とは裏腹に、勝手に波が押し寄せてくるのだ。

 継母のエルシーによるロザリアへのいじめは、毎日の食事や外出、着るものに至るまで、執拗に続いた。

 リーゼリットはその都度、表面上は高圧的に、あるいは半ば呆れたように振る舞いながら、間接的にロザリアを助け、エルシーの企みを妨害した。

 それは、前世の贖罪の気持ちと、何より面倒な騒ぎを大きくしたくないという保身のためだった。


 たとえば、エルシーがロザリアの食事を減らそうとすれば、「栄養失調で倒れられては、侯爵家の恥になりますわ」と一言で止めさせた。

 あるいは、ロザリアに粗末な布地の服を着せようとするメイドがいれば、「侯爵令嬢として恥ずかしくないものを」と一蹴した。

 そのたびにエルシーは顔を歪め、ロザリアは目を輝かせた。


 ロザリアがリーゼリットに懐いていくのが、リーゼリットには手に取るようにわかった。

 朝の挨拶は日に日に親しみを帯び、リーゼリットの姿を見つけると、それまで消え入りそうなほど小さかった声が、少しだけ弾むようになった。


 ――ああ、もう。これ以上、私に関わらないでほしいのだけど。


 リーゼリットは内心でため息をつく。

 ロザリアの純粋な好意は嬉しい反面、彼女にとっての「平穏」を脅かす存在でもあった。

 前世の悪夢が脳裏をよぎり、これ以上、誰かと深い関係を築くことに、彼女は臆病になっていた。


 そして、運命の分かれ道となる王室の舞踏会の日が近づいてきた。

 前世では、リーゼリットはロザリアに嫌がらせをして招待状を渡さなかった。

 しかし、ロザリアは何故かドレスアップをして舞踏会に現れ、そこでリーゼリットの婚約者であった王子と出会い、お互い一目惚れしたのだ。

 結果、リーゼリットは婚約破棄され、ロザリアが王子と結婚する流れになっていた。


 今世では、そんな面倒な展開はごめんだ。

 さっさと招待状を渡して、さっさと行ってもらおう。


「ロザリア、王室からよ。各国の王子様が后選びをする舞踏会なんですって」


 リーゼリットは、継母が隠していたロザリア宛の招待状を見つけ出し、彼女に差し出した。


「まぁ、素敵ですね。お姉様の婚約者様が見られるかしら。楽しみです!」


 招待状を受け取ったロザリアは、目を輝かせ、嬉しそうにはしゃいで見せる。

 しかし、その表情はすぐに曇った。


「あ、でも、私、着ていくドレスが有りません……」


 ロザリアはしょんぼりと肩を落とす。


「私のを着ていけば良いわよ」


「お姉様のドレスをですか?  いけません、私なんかが……」


「どうしてよ。私のドレスが着られないって言うの?」


「お姉様はスタイルが良いから、私には似合いませんわ」


「そんなこと……ないわ。でもそうね。私のドレスじゃあ、貴女には似合わないかしら」


 リーゼリットの大人っぽいセクシーなドレスより、ロザリアには可愛らしいドレスの方が似合うだろう。


「分かったわ」  


 リーゼリットはロザリアとの会話を切り上げると、自室へと戻った。


 机に向かい、デザインノートを開く。

 ロザリアに似合いそうな可愛らしいドレスのスケッチを始めた。


 うん、これは絶対に似合うわ。

 私って天才じゃない?


 リーゼリットは自身のドレスデザインの才能には自信があった。

 迷うことなく仕立て屋を呼ぶのだった。



「あの、お姉様、これは……?」


 仕立て屋に採寸されるロザリアは、目をパチクリさせて不思議そうに尋ねた。


「私のドレスが着られないみたいだから、貴女用のドレスを作るのよ。そのための採寸よ」


「お姉様が、私のためにドレスを……!?」


 ロザリアは頬を赤らめ、感動で言葉を詰まらせる。


「だって、貴女、侯爵令嬢らしい格好をしないんだもの」


 リーゼリットは腰に手を当て、ムッとした表情を作った。

 何度も言っているのに、継母もロザリアも一向に言うことを聞いてくれないのだ。

 本当に困ってしまう。


「デザインはこれにしたからね。文句があるなら自分でデザインしてちょうだい?」


「お姉様がデザインしてくださったのですか? 素敵です! すごく嬉しいです!」


 ロザリアは素直に喜び、満面の笑みを浮かべた。

 うん、ロザリアは相変わらず可愛い。


「なら良かったわ。あとはよろしくね」


 リーゼリットは照れながらも冷たく言い放つと、後は仕立て屋に任せるのだった。


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