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第3話


 ロザリア用の可愛らしいドレスが完成し、舞踏会の日が迫っていた。

 リーゼリットは内心、ほっと胸を撫で下ろす。

 これで無事にロザリアが舞踏会に行き、前世のような面倒な騒動に巻き込まれることなく、自分は平穏な日々を送れるはずだ。


 舞踏会当日の夕刻。


「ロザリア、何をしているの?」 


 もうすぐ馬車が迎えに来る時間だと言うのに、ロザリアはいつものメイドの格好で廊下を掃いていた。


「お母様に掃除を言いつけられてしまって……」


 その言葉に、リーゼリットの額に青筋が浮かぶ。


「私の言う事がどうして聞けないの!? 早く来なさい!」


 リーゼリットはロザリアの手を引くと、彼女の屋根裏部屋へと向かった。

 ロザリアは、広い部屋が空いているにもかかわらず、狭い場所が好きだという理由で屋根裏部屋を使わせてもらっていた。

 しかし、彼女が綺麗に整頓しているため、屋根裏とはいえ埃ひとつなく清潔な空間だ。その部屋の片隅には、出来上がったばかりのドレスが飾られたままだ。 

 きっと一人では着れないだろう。


「着るのを手伝うわ」  


「お姉様の支度は良いのですか?」 


「私は行かないから良いの」 


「お姉様が行かないなら、私も行きません!」


「もう、我儘言わないの!」


 リーゼリットはロザリアの綺麗で癖のない金色の髪に、優しくブラシをかける。

 自分は毛量も多く、厄介な癖っ毛で、セットに時間がかかるため、ロザリアの素直な髪質が羨ましかった。

 少しブラッシングしただけで、彼女の髪は艶々と輝く。

 髪型を少しアレンジし、リーゼリット自身の髪飾りをロザリアの髪に飾ってあげる。

 この髪飾りは、ロザリアの方がよほど似合う。

 このまま、あげてしまおうかしら。


「お姉様は本当に器用で羨ましいです。私は不器用で、ドジばかりだから……」


「そうかしら? 貴女を不器用なドジだと思ったことはないわ」


 リーゼリットはドレスの着付けを手伝い、化粧も施してやる。

 ロザリアは元が美しいので、ほとんど化粧は必要ないのだが……。


 ――ああ、本当に綺麗な子。


 私なんて、そばかすはあるし、肌だってすぐに赤みが出てしまうから、ノーファンデなんて考えられないのに。

 唇だって艶々で、明るい色だし。

 何なのかしら。無駄にムカムカしてしまう。


 継母もまあまあ美人だが、系統が違う。お父様に似ているとも思わないし…… 祖父か祖母に似たのだろうか? それともあの二人の良いとこどりをした結果がこれなのだろうか?

 リーゼリットはそんなことを考えながら、ロザリアの準備を手伝った。

 手伝ったと言うより、ほぼ全てリーゼリット作である。

 ドカドカと品のない足音が階段を上がってくる。


「ロザリア!  何をサボっているの!」


 怒鳴り声をあげて屋根裏に入ってきたのは、案の定、継母だった。


「ロザリアはこれから舞踏会に行くんですよ。それを掃除させるなんて、どういうおつもりなんです!」 


 リーゼリットが怒鳴り返す。


「リーゼリット様。ですが、こんな娘を城に連れて行くのは…… あまりに貧相で、リーゼリット様が恥をかくのではと……」


 継母は困惑している。

 困惑したいのはこちらである。

 この子のどこが貧相だというのだろうか。

 どちらかと言えば継母の方が無駄にけばけばしく、下品で貧相だ。


 私が貴女を連れていく方が恥ずかしいのですけど?


「もう馬車が来ますから、降りて待ちましょう」


 リーゼリットは呆れながらもロザリアの手を引く。


「お姉様が行かないのなら私も行きません!」


 意外と頑固なところのあるロザリアが、逆にリーゼリットの手を強く引いた。 


「私の言うことが聞けないの?」


「聞けません!」


「まあ!」


 ――可愛げがないわね。 


「分かりました。私も準備してきます。馬車には間に合いませんので、お二方は先に行ってください」


「私はお姉様と行きます!」


「一人用の馬車の方が安いのよ。貴女の我儘に余計な経費を払えって言うの?」


 腕組みして睨むリーゼリットに、ロザリアは「分かりました……」と、渋々了承した。

 リーゼリットは、ロザリアと継母が馬車に乗り込むのを自室の窓から見送った。


 これでよし。


 あとは、何事もなく時間が過ぎ去るのを待つばかりだ。




 その日の午後、静寂を破るかのように、リーゼリットの部屋に突如として嵐が吹き荒れた。  


「なに事なの!?」


 優雅に読書をしていたリーゼリットは、驚いて椅子から飛び上がった。


「リーゼリット・フォン・クライアント! よくも私の仕事を横取りしてくれたわね!」


 突如、部屋中に響き渡った声に、リーゼリットは思わず耳を塞いだ。

 振り返ると、そこには色鮮やかなローブをまとい、大きな帽子をかぶった小柄な老婆が仁王立ちしている。

 顔には深い皺が刻まれているが、その瞳はぎらぎらと輝き、まるで炎を宿しているかのようだ。 


「だ、誰……!?」


 リーゼリットは呆然と呟いた。 


 そういえば、前世ではロザリアが舞踏会に行けずに落ち込んでいるところに魔女が現れ、彼女を魔法でドレスアップさせてくれたとか言っていたかもしれない。

 この国では昔からそんな伝説があるのだ。

 舞踏会に行けずに悲しんでいる娘をドレスアップさせ、舞踏会に連れて行くことを楽しむ魔女の伝説。

 確か名前はマダム・ヴィヴィアンだったかしら?


 ロザリアの妄言かと思っていたが、本当だったのね。


 しかし、その魔法使いは、なぜ今、自分の部屋にいるのか。

 私は別に舞踏会に行けずに悲しむ娘ではないのだけど。


「何をぼんやりしているの!  私はあの娘さんをこの手で輝かせるのを楽しみにしていたというのに、あんたが先に手を回したせいで、私の出番がなくなってしまったじゃないの!」


 ヴィヴィアンは両手を腰に当て、ぷりぷりと怒っている。

 その様子は、伝説の魔法使いというよりは、おもちゃを取り上げられた子供のようだ。

 リーゼリットは、この魔法使いがとんだ出たがりだという情報を、彼女の伝説を語る本で読んだことを思い出した。 


「わ、私がドレスを用意したから、ロザリアはもう……」


「そうよ! だから私の仕事がなくなったの! どうしてくれるのよ! 私のこの素晴らしい魔法の腕前を披露する機会を奪って、あんたは何食わぬ顔でここにいるつもりかしら!」 


 ヴィヴィアンはそう叫ぶと、手のひらからキラキラと輝く魔法の粉を放ち始めた。

 リーゼリットの寝室は、またたく間に光に包まれ、きらめく埃が舞い踊る。


「ふぅー、さすが私だわ。天才的ね!」


 自画自賛する魔女に呆れながら、リーゼリットは自分の姿を確かめる。


「ギャー!  何よこれ!  私の趣味じゃないわ!」


 身につけていたのは、真っ赤なマーメイドドレス。

 胸元は惜しげもなく開き、ひどくセクシーだ。

 まさに前世の自分が舞踏会で着ていた、派手で目立つドレスそのもの。

 以前の自分なら好きなデザインだったかもしれないが、今の自分は無難で落ち着いたデザインを好んでいる。 

 こんなドレスで舞踏会になど行きたくない。

 トラウマを思い出させないでほしい。


「さぁ、舞踏会へ行っておいで〜」


「行きたくないんだってば!」


 魔女はにこやかにリーゼリットを掴むと、魔法で出した漆黒の馬車に押し込むのだった。

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