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第4話

 魔法使いマダム・ヴィヴィアンに無理やり押し込まれた漆黒の馬車は、リーゼリットの抵抗も虚しく、あっという間に王城の広大な敷地へと到着した。

 城の開け放たれたエントランスには、煌びやかなシャンデリアの光がまばゆい。華やかなドレスをまとった貴婦人や、きらびやかな衣装の紳士たちが談笑する声が、城のホールから溢れ出していた。

 まさに、自分が最も避けたかった「舞踏会」の光景がそこにある。


 馬車を降りると、ヴィヴィアンは意気揚々とリーゼリットの手を引いた。


「さあ、私の芸術品を見せつけてやりなさい!」


 そう言って、彼女を人混みの中へと誘っていく。

 胸元の大きく開いた真っ赤なマーメイドドレスは、周囲の視線を一手に集めた。

 前世の記憶が蘇り、リーゼリットの心臓は嫌な音を立てていた。

 あの頃と寸分違わぬ、目立つだけの嫌悪感。まさにトラウマそのものだった。


 どうにか人々の視線から逃れたい一心で、リーゼリットはヴィヴィアンの気を逸らし、そっとその手を振りほどいた。

 そして、王城の広間を足早に横切り、人影の少ない場所を求めて奥へと進む。

 目指すは、この騒がしい喧騒から逃れられる、静かで目立たない場所。

 どこでもいい、この居心地の悪さから解放されたい。


 やがて、彼女がたどり着いたのは、夜の闇に沈む王城の庭園だった。

 月明かりに照らされた噴水が静かに水を湛え、薔薇の香りがほのかに漂う。

 舞踏会の賑わいからは完全に切り離された、別世界のような静けさだった。

 リーゼリットは大きく息を吐き出し、人心地ついた。


 このまま、時間が過ぎるのを待とう。


 そう決めて、奥まったベンチに腰を下ろした、その時だった。


「まさか、こんなところに人がいるとはな」


 穏やかな、しかしどこか諦めを含んだ男性の声が、闇の中から響いた。

 リーゼリットがハッと顔を上げると、そこに立っていたのは、一人の青年だった。

 煌びやかな正装をしているにもかかわらず、その表情にはリーゼリットと同じような、舞踏会への倦怠感が滲んでいるように見えた。

 彼は、この国の王子ではなく、隣国イグニス王国の第三王子、シリウス・アストリア・イグニスだった。


 リーゼリットは見知らぬ男に眉間に皺が寄る。


 ――まさかこんなところに人がいるとはな、は、こっちのセリフよ。


 それに、タッチの差とはいえ先客は私のはず。

 それを何なの、この男は。


 そう、無意識に彼を睨みつけてしまっていた。


「失礼、人混みが苦手なもので……」


 そう、声を出すのがやっとだった。


「人混みが苦手な女性が着るドレスとは、とても思えんがな」


 シリウスはリーゼリットの大胆な、まるで男を誘惑するかのようなドレスを見て、フッと嘲笑った。


「私の好みではありません。出たがりな魔女が勝手に着せて、無理やり連れてきたんですよ!」


 リーゼリットは溜息を吐く。


 ――見るに、この国の人ではないだろうし、魔女の話も知らないだろう。

 頭のおかしな女だと思われただろうな。

 でも、そんなことはどうでも良いから、どこかへ行ってほしい。


「それは面白そうな話だ。詳しく聞かせてみろ」


 シリウスはドカッとリーゼリットの隣に腰を据えてしまった。

 まさか居座られるとは思わず、リーゼリットは驚く。


「人を避けているなら、他をあたってください」


 城は広大だ。静かで人が来ない場所など、沢山あるはずである。


「長旅で疲れたのだ。俺も休みたい」


 シリウスは「ふぁあ」と、大きな欠伸をする。


「眠いのでしたら、部屋に案内してもらえば良いのでは?」


 おそらく見た目からして、どこかの王子だろう。

 誰かに言えば部屋の1つや2つ、すぐに工面してくれるはずだ。


「そうすると、俺が舞踏会をサボったのがバレるだろ」


 シリウスは心底嫌そうだ。


 ――王子も大変なのね。


「ここで会ったのも何かの縁だ。名前は?」


「人に名前を尋ねるなら、先に名乗るのが礼儀ですよ」


「そうだな。俺はシリウス・アストリア・イグニスだ。イグニス王国の第三王子をしている」


「イグニス王国の!?」


 リーゼリットは驚いて聞き返してしまった。

 イグニス王国の第三王子といえば、「世界三大イケメン」の一人とか言われている王子である。

 それは舞踏会に顔を出したら大変なことになるだろう。


「そう。俺は名乗ったぞ?」


 シリウスから「早く名乗れ」という圧がすごかった。


「リーゼリット・フォン・クライアントです」


 おずおずと名乗るリーゼリット。


「は?  クライアント侯爵の一人娘?  第一王子の婚約者様じゃねぇか!  ここで何してんだ!?」


 シリウスは驚いて、素っ頓狂な声をあげてしまった。


「だから、人混みが苦手なのよ」


 ――さっきから言ってるじゃない!


 リーゼリットは溜息を吐く。


「はー、アンタも大変なんだな」


「シリウス様ほどではありませんよ」


 シリウスとリーゼリットは顔を見合わせ、頷く。


 なんとなくお互いの苦労が分かり、苦笑してしまうのだった。

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