静かな庭園の奥で、リーゼリットとシリウスは舞踏会の喧騒を忘れ、しばし話し込んだ。
お互いの素性を知った後も、彼らは奇妙なほど自然に言葉を交わし続けた。
婚約者探しから逃れたい王子と、目立つことと面倒事を避けたい侯爵令嬢。
境遇は違えど、互いの「ご苦労様」という無言の共感が、二人の間に確かな繋がりを生み出した。
シリウスは、婚約者を探すために開かれた舞踏会であるにもかかわらず、その場を離れて隠れている理由を包み隠さず話した。
自国の将来や王族としての重責、しかしそれに縛られず自由に生きたいという本音。
彼の言葉には、表面的な王子の顔とは異なる、真摯な悩みが滲んでいた。
リーゼリットもまた、自身の前世の記憶や、ロザリアとの複雑な関係、そして平穏を願う気持ちを、言葉を選びながら少しだけ打ち明けた。
普段なら決して口にしないような個人的な感情を、初対面にもかかわらず、なぜかシリウスには話すことができたのだ。
彼が自分の話を決して馬鹿にせず、真剣に耳を傾けてくれることが、リーゼリットにとって心地よかった。
時間があっという間に過ぎていく。
舞踏会は最高潮に盛り上がっているようで、遠くから聞こえる音楽の音も一層大きくなっていた。
「リーゼリット、俺、本当は冒険者になりたいんだ」
「素敵ね」
第三王子である彼が冒険者になるのは難しいであろうが、夢があることは素晴らしいことだ。
「リーゼリットは、何かやりたいことはないのか?」
「そうね……」
破滅エンドの回避ばかりを考えて、そんな夢を見たことはなかった。
前世も侯爵家の未来のために王子との結婚ばかりを考えていたし、ロザリアが現れてからは、ロザリアが可愛らしくて、憎らしくて、いじめることばかり考えていた。
我ながら性根が腐った女である。
でも、せっかく二度目の人生なんだもの。何か楽しいことをした方が良いわよね。私のやりたいことって何かしら。
直ぐには思いつかなかった。
「リーゼリットはデザインが得意なようだし、洋服屋さんはどうだ?」
「そうね。楽しそうではあるわね」
そんな他愛もない話を楽しんでいた、その時だった。
「お姉様〜! どこにいらっしゃるの? お姉様〜!」
不意に、ロザリアの声が聞こえてきた。
舞踏会を楽しんでいると思っていたのに、なぜ私を探しているの!?
「ごめんなさい。妹が私を探しているわ。もう行かなきゃ」
リーゼリットは急いで立ち上がる。
「リーゼリット、また話せるかな?」
「さぁ? 機会があれば話しましょう」
名残惜しそうなシリウス。
リーゼリットも後ろ髪を引かれる思いだが、相手は隣国の第三王子である。そうそう会えるものではないだろう。
二度と会えない可能性の方が大きいように感じた。
リーゼリットはシリウスに頭を下げると、ロザリアの声のする方へ向かうのだった。
「リーゼリットお姉様、やっと見つけました! どうしてこんな場所に?」
ロザリアを見つけて駆け寄るリーゼリット。
――「どうしてこんな場所に?」は、こちらのセリフだ。
「王子様はどうしたの?」
今頃あなたは王子様に一目惚れされてダンスを楽しんだり、会話を楽しんだりした後のはず。
そして私は唐突に婚約破棄を言い渡されるのだ。
もしかして、婚約破棄イベントは絶対的なイベントなのだろうか?
そのために私を探している?
「王子様? 何を言ってるのですか。王子様も婚約者であるお姉様がいらっしゃらないことを心配して探しておいでですよ」
「王子が私を!?」
――やっぱり婚約破棄イベントが絶対的らしい。
「分かったわ。探させてしまって悪かったわね」
リーゼリットは急いで大広間に向かう。
その背中を見送りながら、ロザリアはリーゼリットが出てきた方向を確かめた。
ベンチには見知らぬ男が座ってこちらを見ている。
――お姉様はあの男と話し込んでいたのね。
ロザリアはキッと、シリウスを睨むのだった。
「リーゼリット、どこに行っていたんだい!? 探したじゃないか。心配したんだよ」
大広間に入るとすぐに、この国の王子がリーゼリットを抱きしめた。
リーゼリットは意味が解らず、ポカンとなる。
王子とは十二歳の頃に形式的に婚約を結んだ時以来である。
「やっと会えるのを楽しみにしていたのに。ああ、僕のリーゼはやっぱり愛らしいね」
「どうしたんですか!?」
――この王子、どうなっているんだ!?
頭でも打ち付けたのだろうか。
「皆にやっと紹介できるよ。僕の婚約者のリーゼリット嬢だ」
リーゼリットを紹介する王子に、盛大な拍手が巻き起こる。
ロザリアが拍手しているのも見えた。
――なんだこれは……??
「リーゼ、一曲踊ってくれるかい?」
「あ、はぁ、はい?」
跪いて手を差し出す王子に、リーゼリットはその手を取るしかできなかった。