目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

ゲーム感覚で生きてはいけない世界

 戦闘のチュートリアル。ポピュラー・ドワーフが相手になる戦闘だ。主人公の初戦闘だし、弱めの特殊個体が用意されている。全身がっつりと鎧をしているので一見強く見えるのも特徴的。

 鎧ちゃんとも呼ばれるドワーフは補正のないツルハシを装備していて、攻撃も遅くてワンパターン。ツルハシを振り下ろす攻撃しかしてこない。

 湾曲系の武器、ツルハシや鎌系統は引っ張りアクションが着いてて、盾やもちろん一部ボスの弱点を露出させるというプレイも可能。

 この引っ張りはモンスターであるドワーフたちも使えるけど、ここで出て来るチュートリアルドワーフはそれすらできない。完全に最初の敵として出てくるモブ。


 私はこの子も何回も何十回も倒している。


 ストーリーモードだと基本的に一本道だけど、複数のルートに分岐している上に攻略するダンジョンを変えることで遭遇しないNPCやボスとか普通に存在する。マイファンでの最適解がドワーフ状態の私に反映されるかは怪しいけど。

 それでも何とかなるでしょう。だってゲームだから。


 私は通路を通り部屋を出る。

 広くはなく狭くもない部屋。鉱石を仕分けするエリアかもしれない場所。ここで屑と鉱石を分けていた痕跡をゲームだと確認できる。

 このダンジョンでは主人公が目覚める部屋以外にはこの部屋しか存在しない。奥に進めば、行き止まりだから。

 私が採掘していたのはそこだし、その採掘で上がったステータスは正直、主人公のステータスと比べて低め。初期装備であるショートソードではないのは気になるけど…


 ツルハシはショートソードよりも攻撃力は高いけど、装備補正の都合で出せるダメージはショートソードよりも低い。せめて斧系の武器があれば良いけど。残念ながら、斧武器は次のダンジョンクリアまで存在しない。


 このゲームでクリアに必要なダンジョンは18。今のチュートリアルダンジョンとラストダンジョン。主要ダンジョンが4つあり、そこに入る為にそれぞれの対応したゲートキーを特定のダンジョンから3つずつ入手する必要がある。

 なので、ゲートキーダンジョンが12個追加されての18のダンジョンをクリアするのが目的の一つ。


 全てで60近いダンジョンが存在するけど、種類で言うと30種前後。あーでも、チュートリアルとラストは独自のダンジョンなので実質28種のダンジョンなのよね。


 ここが最も簡単なダンジョンなのは変わらない。


 私は部屋の真ん中に立つ人を見て、固まる。


 廃坑牢獄。その看守は弱いドワーフが一人。何故なのか?そもそもどこかに閉じ込めるなら、炭鉱のカナリアにすればいい。何故、主人公にはそうしないのか。

 主人公が賄賂を使ったわけでもなければ、特別体が弱いわけでもない。

 答えは単純。だって、主人公はドワーフ軍に潜入しているスパイが送り込んだ存在だから。

 ダンジョンの破壊活動を行うことでドワーフとゴブリンの連合軍に混乱を持たせる存在として送られた生体兵器。ダンジョンを攻略する事により、軍の分裂が目標である。

 このゲームがゲームではないから。ポピュラー・ドワーフが自由に動けるように主人公もまた自由に動ける。


「だからと言って、ここにいるのは思わないじゃん」


 例えば目の前にいる男の様に。整えられた筋肉は浅黒い肌で芸術的に仕上げられている。堀のある顔は勇ましさという言葉が似合う程に端正である。がっつりとした鎧装備は前半が終わるぐらいに装備すべきテンプレートの歯こぼれ骸骨装備だ。若干茶色く見える白はまさに骨色のそれであり、高熱で解けた鎧を着ていたスケルトンが更なる高熱で徐々に変形していった話がある。あ、いや…歯こぼれじゃない。右肩にあるは彼岸花の文様。つまり、恋乙女の骨鎧。…終盤装備!

 つまり、腰にあるは百足狩りか、それとも…。いやアレは腰に付けれるタイプの装備ではない。背中に着ける奴だから、違うね。

 ただ、私の前にいるのは明らかにオーバースペックな主人公。


「…」


 主人公は何も言わない。言うわけないじゃん。言えないから。主人公の名前は初期武器であるショートソードに刻まれている。スパロウ・リトルバスケット。珍妙な名前だけど、英語で雀と小さなバスケット。いや、小さなつづらとは公式資料集の文言。小さなつづらと雀の組み合わせと言えば、舌切り雀。


 主人公、舌がちょっぱんこですの。ないんですの。囚われて拷問されても話さないようにするためって考察があるけど。メタ的に主人公が話さない問題を無理やり納得着ける為の設定であり、そのついでにこの世界の容赦のなさを示してる。

 ぶっちゃけ、ヒューマンは混血に対する偏見というか憎悪が割と強めなのよね。なお、この主人公は混血。

 ドワーフとヒューマンの混血。

 なので舌きりは行き過ぎた罰の可能性もある。


 シャーとスパロウは鞘から剣を抜いた。


 あー…。ロングソードじゃん。一般装備というか、次のダンジョンで最初に入手できる装備。両手で持ち、まっすぐと構える。


 やばい!

 私はツルハシを前に突き出す。ガン!と腕に痺れる勢いで剣が叩きつけられる。

 一瞬だった。10歩の距離は彼にはなかった。潰れた距離と腕の痺れだけが彼が攻撃した事実だった。


 相手の頭の上に表示されるはHPバー。つまり、敵対状態。


 ゲームにはいないよ、スパロウとの戦闘はぁ!私はツルハシを横で振るう。

 カンッと軽い音と共に鎧で止まる。


 やべ。

 防具だけは終盤装備。それも最終装備として候補に残る恋乙女の骨鎧装備。火炎耐性が高さと防御力は全体の三位という高スペックのみならず、追加効果としてクリティカル攻撃を無効にする。対ドラゴンで必須級とも言われている最強の一角。


「えーと」


 私が何か言う前に剣はすでに振るわれていた。私は慌ててツルハシを動かそうとするが、動かない。

 ガツン!と剣が顔にぶつかる。


 痛い!!痛い!!!

 私は顔を抑えて、その場で蹲る。痛いよ。叫び声をあげるのもキツイ。ぼやける視界と熱くなる顔。ナニコレ?

 現実じゃない。私は起き上がろうとするけど。


 無理。体が動かない。シャキと何かを構える音が上から響く。

 あぁ、私また死ぬのかな?


 バグってこれなのかな?主人公スパロウが合わない装備をして最初のボスとしていますってか。ふざけないでよ、確かにあの装備はバグで生み出せるけど…。


 生きたい。私はぎゅっと目を瞑った。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?