ぎゅっと瞑った瞼に浮かぶは走馬灯。二回目のそれは前回の現実とは違い今回はゲームでの思い出だった。
マイファンは私が中学に上がる時に発売されたゲームであり、今年で10周年だった。でも、10周年で公式からの企画などはなかった。そう、公式からの供給は何もなかった。マイファンはもはや若い頃に夢中になっていたゲームの一つとして数えられていた。
正直に言って私は悲しかった。
あれだけ多くの人がいたのに。
あれだけ好きと言ってた人が多かったのに。
最速クリアを競い合ってたライバルたちも、一緒にマルチで潜っていた戦友たちもいなくなっていた。
私は一人になっていた。
私の知っているマインズ・ファンタジーは既になくなっていた。
過去の思い出はキラキラしていた。その思い出に全てを寄せていただけ。
ただそれだけ。私は空っぽ。だから加点方式で70点な人生。だって、マイファンがあったから。でも私の人生を減点方式で評価するのなら、40点にも達さない。達するわけがない。
古臭いゲームに私は依存していた。古びた埃を食って生きていただけ。
二度目の生は本当に短くて、哀れ。死んだらどうなるのかな?前の人生に戻るから?スタイルの良い美人な私に戻れるかもしれない。
こんなずんぐりむっくりからおさらば。
なるわけがない。私はあの世界で死んでる。この世界で惨めな体で生きてる。まだ生きてる。
生きたいのよ。だって、この世界はマインズ・ファンタジーだから。私の知らないマインズ・ファンタジーかもしれないから。
じゃあ、この世界を生きなくちゃ。加点方式の70点を、減点方式の40点を大きく超える。満点まで生きたい。
私は体を捻る。ガン!と剣が地面に刺さる音が響く。
ツルハシを手に持ち、立ちあがり、スパロウへと視線を向けた。睨んでるねぇ。
装備品がちぐはぐというか。この時点で装備できる武器に対して防具との性能に差があるってことは完全にバグ利用だね。
スパロウが着ている恋乙女装備って本編攻略以上にRTAで最も使われたと言われている装備なのよね。序盤からボスや敵に火属性持ちが多かったり、中盤からは火や溶岩によるトラップが増える都合で恋乙女の火炎耐性が活きやすくなる。
終盤になると火炎耐性をアクセサリー装備で賄えるし、その上にラストダンジョンに近づくにつれ、トラップが雷属性になってたり敵が土属性が多くなるから、それに耐性がある装備が優先されちゃうのよね。火炎耐性の優先度が低くなる。
それでもスペック自体は高いから人気はある。
もし、この装備が序盤で行えるのなら、ごり押しによるタイム短縮を狙えるのでは?という話がRTA会話で話題になる時が定期的にあった。終盤装備を序盤入手はロマンあるけど、実際は無理だろうという話だった。夢だし、そんな話しても実際は何も変わらない。
ボススキップはゲームのフラグ管理の都合で不可能である。ならば、倒すボスの種類とその順番。あとは壁抜けの位置や回数などの細かいテクニックを極めるしかないのか?という話になっていた。
その夢は現実となった。
目の前にいるスパロウが、主人公が着ているんだ。なら、このバグは存在しているのは確か。そして、それはこのバグの弱点も確かに存在する。ゲームだから。
私はツルハシをスパロウの鎧にガツンと叩く。そして、ツルハシを一気に引く。
ツルハシの固有アクション、引き寄せ。武器種にはそれぞれ固有アクションがあって、それは
ツルハシの武技は引き寄せ。敵の盾はもちろん、ボスの装甲までもはぎ取れる技。
この技、敵モブも使うので油断していたら盾を剥がされてそのままボコられてしまうから、印象深い技。
でも鎧には使えない。鎧を剥がすのは不可能。でもこのスパロウが装備している恋乙女には例外。
だってこの人、『装備変更バグ』使っているもん。
装備を着る際に装備品を捨てると別の部位に装備してしまうというバグが存在する。もちろん、位置がずれるだけなので体に盾を張り付けたり、頭部に剣が生えたりと滑稽な姿になるだけの存在。
笑えるバグみたいな形で広まっていたけど、とある方がそのバグの神髄を見つけてしまった。
武器には16桁の番号が振られていて、その番号で管理しているのよね。武器であることを示す最初の2桁とそれ以降の12桁で武器の情報を、最後の2桁で所持の有無を示しているの。
これさ、装備変更バグで最初の2桁の数字がズレる事が判明しちゃってて。でも真ん中の数字で合う事がないから、テクスチャがそのままってなってたのよね。
でもダンジョンの外で即入手できるショートシールドと恋乙女の骸鎧の真ん中の数字が一致しててね。
なので、装備変更バグでうまく盾を体装備の位置に移動させると、あら不思議、ショートシールドが恋乙女になっちゃいましたができちゃう。
通称、『恋するお盾』。これが完成してからRTAは劇的に変化した。ごり押しができるようになり、時間の大幅な短縮が可能になった。
でもこのバグには欠点が一つ。どうやら、盾としての情報は残っている。
つまり
ガラン!と盾が地面に転がる。それにスパロウは驚いた顔をする。
私はツルハシを構えなおす。
「もしかして、ニュービー?」
「…」
私の言葉にスパロウは睨むのみ。この世界はゲームだ。このバグが存在して、それを知っているという事は?
この人も転生者かもしれない。
ありえるのかな?と私は疑問を胸に一歩踏み込んだ瞬間だった。
バッとスパロウは背中を向けて逃げていった。
あまりの速さに私は慌てて追いかけるけど、悲しいことかな?足の長さというのは速度に差を作っちゃう。
「卑怯者オおおおお!!!!」
ドンドン遠くなる背中に私の怒声は追いついたのだろうか?