このとき、次郎は無事に小野星奈と合流していた。
星奈はJR横浜駅での出来事をまったく知らず、次郎が大きなトラブルに巻き込まれたことにも気づいていない。息を切らして駆けてきた息子の顔を見て、心配そうに声をかけた。
「次郎、どこに行ってたの?ママ、心配でたまらなかったんだから!」
次郎は母の様子から、まだ何も知られていないことをすぐに察した。にっこりと笑って、
「ママ、大丈夫だよ!初めて大きな街に来たから、ちょっと見て回っただけ。すごく賑やかだね!」
「そりゃそうよ、ここは日本でも有数の大都市なんだから。でも人が多いから気をつけなきゃダメよ。もし知らない人に連れていかれたら、ママもお兄ちゃんも三郎も困っちゃうでしょ?」
次郎は胸を張って、
「大丈夫だよ、ママ!悪い人が僕に近づいたら、きっと相手の方が困るよ。僕、ママの子どもだもん。賢いんだから!」
「もう、調子いいこと言って……」星奈は呆れたように言いながらも、その目は優しく息子を見つめていた。
次郎は甘えるように、
「ねえ、ママ、僕はちゃんと帰ってきたよ?早くご飯食べに行こうよ!お腹ペコペコだし、お兄ちゃんも三郎もきっとお腹空いてるよ!」
実は、森下美月が追いかけてきて、ママを怒らせやしないかと心配だったのだ。
「うん、じゃあ、みんなで美味しいものを食べに行きましょう!」
「やったー!」三人の子どもたちが元気よく声を揃える。
太郎は自然に星奈のキャリーバッグを受け取った。
「ママ、僕が持つよ。」
次郎もリュックサックを奪い取って、
「ママは綺麗でいればいいんだよ!重いものは僕たちに任せて!」
三郎も小さな手を差し出して、
「ママ、手をつないで。三郎も守ってあげるからね!」
星奈はまるでお姫様のように、三郎の手を取って幸せそうな笑顔を浮かべ、三人の子どもたちと一緒にJR横浜駅を後にした。
誰も気づかなかったが、少し離れた場所から、不気味な視線が彼らを見つめていた。唇の端には不気味な笑みが浮かんでいる。
大きな荷物があるため、星奈は駅近くの安宿に泊まることにした。
経済的に余裕がなかったので、高級ホテルには泊まれない。まずは藤原悠真を見つけて離婚し、子どもたちの戸籍を整えてから横浜を離れ、住みやすい小さな町で仕事を探すつもりだった。
「ママ、今日ここに泊まるの?」太郎が聞いた。
星奈は太郎が潔癖気味なのを知っているので、優しく説明した。
「今はあまりお金がないから、ちょっと我慢してね。でも、ママが自分のシーツとカバーに替えるから心配いらないよ。すぐに終わるから、用事が済んだらすぐ引っ越すからね。」
太郎は母を見つめて、心の中で溜息をついた。彼の名義には何千億という資産が眠っているのに、ママはそんなことにも気づかない。
二年前、初めての稼ぎ十万円をママに渡したとき、ママは詐欺か何かと怯えて、夜も眠れなくなってしまった。それ以来、もっと大きな額を稼いでも、言えなくなった。貯金はどんどん増える一方、使う機会もない。山を下りるときに、ママが本当にお金に困っているのを見て、こっそり次郎に「宝くじに当たった」と言わせて、数千円だけ渡したこともあった。
太郎は純粋なママを見て、心の中でそっとため息をつきながらも、顔には優しい笑顔を浮かべて言った。
「ママ、気にしないで。ただ聞いただけだよ。ママと一緒なら、どこにいても楽しいから!」
星奈は微笑みながら、
「太郎は本当にいい子ね!ママも頑張ってお金を稼いで、みんなにいい生活をさせてあげるから!」
「うん!ママ、頑張って!」
「ママが一番!」次郎と三郎も元気に声を合わせる。
星奈の表情は温かくほころんだ。
「じゃあ、まず荷物を片付けてから、ご飯を食べに行こう!」
「うん!」
夕食のあと、子どもたちは洗面所へ。星奈は部屋でシーツを替えていた。
そのとき――
コンコン、とノックの音が鳴った。
星奈はサービススタッフだと思い、声をかけようとした。
「はーい……」
しかし、外から黒服の男が低い声で命じた。
「連れて行け。」
星奈が言い終わる前に、二人の男が突然部屋に押し入り、彼女を乱暴に押さえつけた。
「やめて、あなたたち誰なの?放して!んっ……」口を塞がれ、そのまま強引に連れ出されてしまった。
すぐに、星奈は立派なオフィスビルに連れて行かれた。
藤原悠真はそこにいた。彼は仕事熱心な男で、息子以外は仕事しか興味がない。森下美月を家に送り届けた後、すぐに新しい買収案件の調査のためこの場所に来ていた。
オフィスで書類に目を通していた悠真のもとに、小林健太が入ってきた。
「藤原社長、調査が終わりました。車のタイヤはマイクロ爆破装置で破壊されていました。しかし、あの子どもには特別な経歴はありません。父親はおらず、母と三人兄弟で山村で育ち、今日初めて横浜に来たばかりです。家族にも特に怪しい点はありません。母親はすでに会議室に連れて行きました。」
藤原悠真は眉をひそめた。マイクロ爆破装置……?タイヤだけを正確に壊し、人に怪我をさせない。子どもができるはずもない。
彼は書類を置き、会議室へと向かった。小林も後に続く。近年、藤原悠真の命を狙う者は数えきれない。警戒を怠れなかった。
会議室の中、星奈は動揺しきったまま、心臓が激しく波打っていた。
「あなたたち、一体何なの?どうして私をここに……」
そのとき、カチャリとドアが開いた。
藤原悠真は何人もの部下に囲まれ、堂々と入ってきた。その圧倒的なオーラは、まるで王のような存在感。190センチ近い長身もひときわ目立つ。
星奈は彼に気づいた途端――
ぱっと大きな瞳が見開かれた。
呼吸が止まりそうになり、信じられない思いでその顔を見つめる。
この男、太郎や次郎と、まるで瓜二つじゃないか――!
まさか、子どもたちの本当の父親なの?
この男こそ、あのとき私の人生を狂わせた相手……?
一瞬で、星奈の瞳孔はギュッと縮み、手は固く握りしめられた。
血圧が急上昇し、息も荒くなる。
耐え難い過去が一気に蘇る――あの夜、私の人生は粉々に砕かれた。
予期せぬ妊娠で、周囲から非難され、ひどい言葉を浴びせられた。「ふしだら」「恥知らず」――そんなレッテルを貼られて。
母親として、三人の天使のような子どもたちを持てたことは幸せだった。
でも、あの時味わった苦しみは――今も胸に深く刻まれている。
そして、そのすべての苦しみの元凶が、目の前のこの男なのだ。