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第7話 子どものための出入り禁止


「優……」


「出て行って。ひとりにしてほしい。」


「……」悠真は仕方なく部屋を後にした。


ドアが閉まると、彼の穏やかな表情は一瞬で消え、冷たい面持ちに変わった。


美月の行方を尋ねようとしたそのとき、本人がすでに一階のリビングに現れていた。目元が赤い。


彼の姿を見るやいなや、美月はすぐに駆け寄り、不安そうに問いかけた。「悠真さん、優はどうですか?」


悠真は冷ややかな表情のまま、その場で怒りをあらわにすることはなかった。美月は優の命の恩人だからだ。


あの時、美月が偶然家の前に捨てられていた優を見つけてくれたおかげで、優は命を取り留めた。


彼は一度、どうしてそんな偶然が起こるのかと疑ったこともある。美月が自作自演で優の実母を隠し、優を救うふりをして自分に近づいたのではないか、と。


ドラマや小説のような話だ。


だが徹底的に調べた結果、美月が優を見つけたのは本当に偶然であり、優の実母の失踪にも無関係だと分かった。


それ以来、彼は美月を好んではいなかったが、礼儀をもって接してきた。優が母親の愛情に飢えていることもあり、美月が優に会いに来ることも黙認してきた。周囲からは、二人が特別な関係にあるように見られ、果ては美月が優の実母だという噂まで流れた。


だが真実は、ごく限られた人しか知らない。


彼の心にあるのは、優の実母ただ一人。美月には一切の好意もなく、期待を持たせたこともない。それは、優にもはっきり伝えてある通りだ――彼は彼女を好きではない。


悠真はゆっくりと階段を降り、美月の腕に巻かれた包帯に目を留めて、淡々と言った。「すまない。優が傷つけてしまった。」


美月はすぐに気遣う素振りを見せた。「大丈夫です。心配なのは優の方で……。今日、私の顔を見た途端、怒り出したのは、私が撮影で長く家を空けていたから、距離ができたせいでしょうか?」


彼女は何も知らないふりをしている。


悠真は鋭い目で彼女を見つめた。優が取り乱したのは、彼女が優に「自分は悠真と結婚する」と嘘をついたからだと分かっている。


彼は冷たく言い放った。「違う。母親に会いたがっているだけだ。」


その言葉に、美月はこっそりと拳を握りしめる。……またあの女! 藤原親子が行方不明のあの女に固執していることが、彼女には耐えられなかった。


あの日、優を「救った」とき、美月は藤原家と繋がるチャンスを得たと思った。そこで、たとえ形式的でもいいからと、悠真に結婚を申し込んだが、即座に断られた。当時、悠真はまだ既婚だったのだ。


名実ともに、彼女は何も手に入れられなかった――その落差は、美月の心に優の実母や悠真の妻、さらには優に対しても、強い憎しみを生じさせていた。


その感情を必死で抑え、表面上は自責の念を装う。「私がちゃんとできていなかったせいで、優に十分な母の愛情を与えられなかったから、実の母親に執着して、体調まで崩してしまったんですね……」


「君のせいじゃない。」悠真は彼女の言葉をさえぎり、感情を見せずに続けた。「子どもが母親を思うのは自然なことだ。君は実の母親じゃない。どれだけ努力しても、彼が本当に求めている母の愛情を与えることはできない。」


その言葉は、氷のように美月の胸を突き刺した。実の母親ではない――それは、どれだけあがいても変わらない事実だった。


彼女が何か言い返そうとしたそのとき、悠真はさらに冷静な口調で言った。「優の状態は良くない。今後、特別な用事がなければ家に来ないでくれ。どうしても来る必要があるときは、事前に連絡を。」


美月は目を見開いた。優が騒ぎを起こしただけで、もう自由に藤原家に出入りできなくなるなんて! これでは、外の女たちと何も変わらない。


「悠真さん、私は……」


「すべては優のためだ。決まりだ。」悠真は彼女の言葉を冷たく遮り、事実上の出入り禁止を告げた。勝手な言動で優を刺激したことへの罰だ。彼は、もう二度と彼女を妻にするつもりがないことも、はっきり伝えていたのに、それなのに優の前で勝手なことを言うとは――。


美月は悔しさでいっぱいだったが、悠真が本気で怒っているのを見て、これ以上逆らうことはできず、しぶしぶ家を出た。


悠真はすぐに田中に指示を出す。「今後、彼女が来ても、すぐには中に入れず、必ず俺に連絡しろ。」


「かしこまりました。」


しばらくして、親友の高木一郎が慌ただしくやってきた。彼は医師であり、悠真が信頼している数少ない人物のひとりだ。


悠真から優の様子を聞いた高木は、深刻な表情で言った。「今日の様子を見る限り、優の双極性障害が悪化しているかもしれない。状況はかなり厳しい。」


「薬はきちんと飲ませている。」


「問題は薬じゃない。心の問題だよ。優は母親への執着が強すぎる。もし実母を見つけて、そばに置いてあげられれば、心のしこりも解けるかもしれないが……」高木はため息をついた。


悠真は苛立ち、タバコに火をつけた。もし見つけられるなら、とっくにそうしている。以前、優の記憶にある母親と雰囲気の似た女性を連れてきたこともあったが、すぐに見破られてしまい、かえって大騒ぎになった。


高木はそんな悠真の苦悩を察し、仕方なさそうに続けた。「今できることは、専門の子どもの心理カウンセラーで、かつ日常の世話もできる人をつけて、長く優のそばにいさせることだ。その人に心を開いてくれれば、少しずつ感情を整理し、傷を癒す手助けができる。完全な回復は難しくても、発作時にはすぐ対応して、今日のような事態は防げる。」


悠真は即答した。「心当たりは?」


「今のところいない。でも、知らない女性が長く家に住むことを受け入れられるなら、探してみる。」


「俺は構わない。大事なのは優だ。」


「分かった。すぐに探してみる。」


その矢先、悠真の携帯がけたたましく鳴った。小林からだった。


「藤原社長、大変です!小野さんが逃げました!」


「逃げた?!」


「はい。ビルの火災警報が突然鳴り響き、避難の混乱に乗じて小野さんが抜け出したんです!」


「女一人見張れないのか!役立たずめ!」悠真は苛立ちを爆発させ、ネクタイを引き絞ると鋭い声で尋ねた。「警報はなぜ鳴った?原因は?」


「地下室で煙幕が焚かれて警報が作動したようです。でも……煙幕を仕掛けた人物と、防犯カメラを破壊した者はまだ見つかっていません。監視カメラもハッキングされていました!」


悠真の目に鋭い光が走る。


煙幕で混乱を起こし、カメラを正確に破壊――偶然のはずがない。やはり、彼女の背後には誰かがいる。


今日は警戒を解いてしまった。自分の油断だった。


「徹底的に調べろ。地の果てまで探して、必ず連れ戻せ!」


「はい!」


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