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第10話 怒りに燃えて、手が出そう!


藤原星奈がどんな方法を使ったのかはわからないが、数分後、あれほど荒れていた小さな男の子が自ら彼女に近づき、しがみついて肩に顔を埋めて泣き出した。


星奈は子どもを抱き上げ、公園の芝生に腰を下ろし、優しく声をかけながらあやし続けた。驚くべきことに、三十分も経たないうちに子どもは彼女の腕の中で眠りについてしまった。


ずっと心配そうに見守っていた高橋夫妻は、信じられないと言った表情で駆け寄ってきた。


「この子、いつも情緒が乱れると鎮静剤なしでは落ち着かないんです。まさか薬を使わずにここまで安らかにできるなんて……!」


星奈は静かに説明した。


「感情が爆発するのは、心の傷や安心感が足りないからなんです。叱ったり怒鳴ったりしても逆効果なんですよ。ちゃんと向き合い、彼の世界を理解してあげることが、薬よりも大切です。」


そう話しながら、星奈はバッグからメモとペンを取り出し、いくつか漢方薬の名前を書き記した。


「もしよければ、これらの漢方を煎じて、ステビアで少し甘みをつけて飲ませてあげてください。少しは助けになると思います。」


「もしかして、お医者さまですか?」


夫妻が尋ねると、星奈は少し恥ずかしそうに首を振った。


「資格はありませんが、家族から少し教わっただけです。でもこの処方は体にやさしいので、安心して使ってください。」


そう言って、眠った子どもを両親に手渡し、星奈はその場を離れた。


この一部始終を、たまたま通りかかった高木一郎が目撃していた。


彼は車で通りかかり、高橋悠斗の様子に気づいて車を止め、助けようとしたが、星奈の方が一歩早かった。悠斗の症状が自分の娘・優とそっくりなうえ、星奈が見事に落ち着かせたのを見て、一郎の胸に希望が灯る。


彼女なら、優も受け入れてくれるかもしれない。しかも漢方にも詳しいなら、副作用も少なく、優のためにもなる!


一郎は興奮気味に高橋家に挨拶し、星奈が書いた漢方のメモを見せてもらって内容を確認した。間違いなく安神作用のある生薬だった。すぐに星奈の姿を探したが、彼女はすでに遠くへ歩いていた。慌てて後を追いかける。


その時――


グレーのワゴン車が急停車し、男たちが降りるなり星奈を無理やり車に押し込んで走り去った!


「くそっ!」


普段は冷静な一郎も、思わず口をついて罵声を吐いた。車が遠ざかるのを呆然と見送り、すぐさま藤原悠真に電話をかける。


「悠真!優の世話にぴったりの女性を見つけたんだが、さっきその人が目の前で誘拐された!早く助けてくれ!あの人なら、きっと優にも希望がある!」


「どんな女性だ?」


「すごく綺麗で細身、色白で長い髪、笑うとえくぼができて、すごく優しそうな感じで……」


「要点だけ言え。」


「とにかく、とびきり綺麗で優しい女性だ!」


「……場所は?」


「中遠通りだ!」


悠真が電話を切って監視カメラの確認を指示しようとしたその時、車窓がノックされた。


「藤原社長、捕まえました!」


護衛の声に振り向くと、連れてこられたのは――星奈だった。


悠真は無意識に彼女をじっと見つめ、眉をひそめた。


一郎は「優しそう」と言っていたが、目の前の彼女は目を見開き、怒り心頭の様子……どこが優しいんだ? 絶対に別人だろう。


星奈もまた、車内の悠真を見て驚愕した。


またこの顔!自分の息子たちそっくりの男!今日離婚が進まず、息子がケガをし、1億円の借金を背負わされたことまで思い出し、怒りが頭に上る。


「またあんた!? 一体何がしたいの? 離してよ!昨日の監禁もまだ許してないのに、今すぐ警察呼ぶわよ!離しなさい!」


必死に抵抗する星奈の顔は真っ赤だ。


悠真は冷ややかに彼女を見つめる。普通の女性なら彼を前に怯えるか遠ざかるのに、星奈は真っ向から怒りをぶつけてくる。小林に一郎の言っていた女性の調査を命じ、星奈を車内に押し込むよう合図した。


星奈は乗り込むや否やドアを開けようとしたが、ロックがかかっていて脱出できない。ますます苛立ち、ドアノブを力いっぱい引っ張る。


「俺の許可なしじゃ降りられない。」


悠真が冷たく言うと、星奈は勢いよく振り返り、睨みつけた。


この顔、太郎と次郎にそっくり……。6年前に自分の人生を壊した「あの男」を思い出さずにはいられない。長年溜め込んできた悔しさに、この数日の不運が重なり、ついに理性が吹き飛んだ。


全部こいつのせいだ!目の前の男こそ、自分を不幸にした元凶!


新たな怒りと過去の恨みが一気にこみ上げ、星奈は我を忘れて悠真に殴りかかった。


全部ぶつけてやる!自分が味わった苦しみは、あいつのせいなんだ!


悠真は咄嗟に彼女の手首をつかみ、呆れた顔で言った。


「本気で俺を殴る気か?」


「殴ってやる!ぶっ倒さないと気が済まない!」


星奈は必死にもがき続ける。


まるで狂ったような星奈の様子に、悠真は信じられない思いだった。今までどんなに落ちぶれても、こんなふうに面と向かって殴りかかってきた人間はいなかった。


その時、突然手首に鋭い痛みが走った!


星奈は振りほどけないと見るや、思いきり噛みついたのだ。血がにじむほどの勢いだ。


「いったい、狂犬病かよ!?」


悠真は痛みに顔をしかめ、思わず星奈を突き放す。


しかし星奈は息つく間も与えず、怒りに燃えた小動物のように再び飛びかかる。今日だけは、この怒りをぶつけずにはいられない!


悠真は険しい顔で彼女を押さえつけ、怒鳴った。


「本当に頭がおかしいのか、それとも死にたいのか?!」


「そうよ!私はもうおかしくなった!全部あんたのせいだ!殺せるもんなら殺してみなさいよ!」


星奈は泣き叫ぶように怒鳴る。


悠真には何を言っているのか全く理解できなかった。全く取り合わない星奈に、今度は冷たく警告する。


「これ以上暴れたら、1億どころか100億請求してやるぞ。裁判で必ず勝てるからな。」


「……!」


金。


その言葉が氷水のように星奈の怒りを一部冷まし始める。


お金は、三人の息子以外で彼女が一番気にしているものだった。貧しさの苦しみも、金を稼ぐ大変さも、身にしみて知っている。


このあまりにも露骨な脅しは、まさに彼女の弱点を突いた。


星奈は悔しそうに悠真を睨みつける。まだ目には怒りの炎が残るが、もう手を出すことはできなかった。


だが、そのことがかえって、彼女をさらに苦しめた。


目の前に憎い相手がいるのに、殴ることも罵ることもできず、金で脅される――その現実が、何よりも悔しかった。


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