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第11話 彼女が“あの女”なのか?!


抑えきれない悔しさと、ぶつけようのない怒りが藤原星奈を飲み込んだ。もう限界だった。星奈は子どものように「うわああっ」と泣き崩れた。


「なんでこんなひどいことするの? あなたのせいでどれだけ苦しんだと思ってるの?! いったい何がしたいの?!」


突然の号泣に、藤原悠真は思わず固まった。


涙でぐしゃぐしゃになった星奈の顔を見ていると、頭の中を六年前のあの夜の記憶が一瞬よぎる――薄暗いANAのファーストクラスラウンジ、彼の腕の中で静かに涙を流していた少女の姿。薬と怪我で朦朧とする中、顔も声もはっきり思い出せない。ただ、指先に触れた冷たい涙の感触だけが鮮明だった。


今、目の前で泣く星奈の涙に、不思議な哀れみと痛みが胸に広がり、無意識に手が動きそうになる。彼女の涙を拭ってやりたい――そんな衝動に駆られた。


しかし次の瞬間、悠真は眉間にしわを寄せた。


あり得ない。優の実の母親、あの時、彼の下で必死に耐えていた小さな猫のようにおとなしい女の子と、今目の前で感情を爆発させている“鬼嫁”が、同一人物のはずがない。


――気のせいだ。


悠真は苛立たしげに大きく息を吐き、星奈をきつく見下ろした。


「黙れ。」


「なんで命令されなきゃいけないのよ?! あなた、何様のつもり?! 私をこんな目に遭わせて、良心は痛まないの?!」星奈はさらに泣きじゃくり、これまで積もりに積もった苦しみと、ここ数日のショックが一気に爆発した。


離婚は進まず、一億円もの借金、そして息子の怪我……。太郎や次郎にそっくりなその顔を見るたび、過去の傷がえぐられる。まるで神様が意地悪しているみたいだった。


子どもたちができてからは、もう過去の痛みを乗り越えたと思っていた。だけど、この顔を見るとなにもかも崩れてしまう。


悠真は星奈の「六年前」の訴えなど理解できず、単に借金一億円のせいで彼女が取り乱しているのだと思い込んでいた。そんな態度がますます彼を苛立たせた――過ちを認めず、他人のせいにするだけの女だと。


「本当に、いい加減にしろ。」


「うわああああっ!」星奈は完全に逆上し、小さな猛獣のように悠真に向かって叫んだ。今にも飛びかかりそうな勢いだった。


悠真は奥歯を噛み締め、危険な光をその目に宿す。


「これ以上泣いたら、二度と三郎に会わせないぞ。」


その言葉は、即効の鎮静剤のように効いた。


星奈は泣き声をぴたりと止め、目を見開く。「な、何ですって……?」


「信じないなら、試してみろ。」悠真の声は冷たく、威圧的だった。


星奈は慌てて口を手でふさぎ、必死にすすり泣きをこらえた。お金は弱点だが、子どもは命そのものだ。貧しくても耐えられる。けれど、子どもを失うことだけは絶対に耐えられない。


星奈は悔しそうに、怒りを隠しきれないまま悠真を睨みつける。その姿は、喉元を押さえられた小動物のようだった。


悠真は冷ややかに星奈を見下ろす。その威圧感に、星奈はすぐに目をそらした。


恐怖が一気に押し寄せる。もし彼が本当に“あの人”だったら、今の発言で正体がバレるところだった。もし子どもまで奪われたら――この人が本気を出せば、絶対に敵わないに決まってる。


……でも、ただの人違いかもしれない。今の自分は、まるで錯乱した人間みたいだ。


星奈は深呼吸を繰り返し、無理やり気持ちを落ち着かせた。


悠真は彼女がやっと静かになったのを確認し、冷たい声で問いただす。


「話せ。昨日のことはどうなっていた?」


「え……何のこと?」星奈はぽかんとする。


「誰に助けられた? その後どこへ行った? 俺に近づく目的は何だ。金か、命か。」


星奈はますます混乱する。「私がいつあなたに近づいたっていうのよ? 昨日はあなたが私を捕まえたんでしょ! それからビルの警報が鳴って、その隙に逃げただけ! 別にあなたのお金も、あなたの命も……」


言いかけて、ぐっと言葉を飲み込む。もし本当にあの人なら、殺してやりたいくらい憎いのに――。


「も、もちろん命なんて狙ってないわよ!」星奈はふてくされたように言い直す。


「俺が信じると思うのか?」


「信じたくないなら、信じなくていい! 私は本当のことしか言ってない!」


悠真の表情はさらに険しくなった。「昨夜はどこに泊まった?」


部下がホテルを探したが、どこにもいなかった。横浜でこれほど巧妙に足取りを消せる人間など、普通はいない。


星奈は太郎の手助けだと気付かず、眉をひそめて言う。「私の私生活よ、教える義務はないでしょ?」


「言いたくない理由でもあるのか?」


「別に。あなたに隠すことなんて……」――一億円の借金を思い出し、言葉に詰まる。


そのとき、ふと思い出して、星奈はスマホを取り出し、写真を悠真の目の前に突きつけた。


「よく見て! 昨日三郎があなたの車を傷つけたのは理由があるの! あなたの家の森下さんがこんなことを! 三郎を蹴って、こんなにひどい青あざ! これは児童虐待よ。訴えたっていいんだから!」


写真には、三郎の白い足にくっきりとついた青あざが映っていた。


悠真は写真を一瞥し、眉をひそめた。森下美月の性格はよく分かっている。横浜駅での一件も、ほぼ事実だろうと思った。


「ケガをさせたのは俺じゃない。けど、車を壊したのはお前の息子だ。」悠真の声は冷淡だった。


星奈は言い返せず、黙り込んだ。


「それと……」悠真は袖をまくり、赤い歯型の痕を見せた。「この傷、お前がつけたな。」


星奈は気まずそうに肩をすくめて、小さくなった。


「刑務所に入って子どもを失いたくなければ、正直に話せ。」悠真の声はさらに冷たくなる。


「何を話せっていうのよ?」


「誰に指示された? 目的はなんだ?」


星奈は叫びたい気持ちだった。「何度も言ってるでしょ! 誰にも指示されてないし、あなたに近づくつもりもなかった!」


悠真の目は鋭く、容赦がない。「本当のことを言わなければ、どうなるかわかっているだろうな。」


「本当のことしか言ってない!」


とうとう悠真の我慢も限界に達し、鋭い声で命じた。


「小林、警察に引き渡せ。俺の許可があるまで、絶対に解放するな。」


直後、車のドアが開き、小林健太が無表情で外に立っていた。


「藤原さん、降りてください。」


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