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第12話 極限の気まずさ


星奈はついに我慢の限界に達した。


「本当のことを言ってるのに信じてくれない!じゃあ何を聞きたいの?私に作り話でもさせたいの?別にあなたに近づきたくて近づいたわけじゃないし、誰かに頼まれたわけでもない!できることなら、あなたの顔なんて二度と見たくないし、できればこの先一生会いたくもない!」


ほとんど叫ぶような勢いで言い放つと、悔しさと怒りで目が赤くなっていた。


悠真の表情が一気に険しくなる。


「さっきまで俺のこと知らないって言ってたよな?それなのに、どうして一生会いたくないなんて言う?俺と何か因縁でもあるのか?」


その矛盾を鋭く突かれて、星奈は思わずハッとする。しまった、口が滑った……。長いまつげが必死に瞬いて、慌てて否定した。


「ない!そんなもの、あるわけないでしょ!」


「じゃあ、さっきの発言はどういう意味なんだ?」悠真は容赦なく追及する。


「それは……えっと……」星奈は頭をフル回転させ、咄嗟に口走った。「だって、あなたの顔見てると夜叉みたいで怖いから!だから近づきたくないだけ!」


悠真「……」


車のドアは開いたまま。外には健太と何人かのボディーガードが立っている。星奈の言葉を聞くなり、みんなの顔が微妙なものになった。


世間では、悠真のことを「生き地獄」なんて陰で呼ぶ者もいるが――


本人の目の前で、ここまでストレートに「ブサイク」呼ばわりする人間など、星奈が初めてだろう。


「警察に連れて行け。三日間は飯抜きだ。俺の許可があるまで何も食わせるな。本当のことを言うまでな。」


そう吐き捨てると、悠真はうんざりした表情で目を閉じた。もうこれ以上関わりたくもないという態度だ。


すぐに二人のボディーガードが星奈の腕を取って、車から引きずり降ろそうとする。


今度こそ星奈は本気で焦った。もし拘束されれば、子どもたちはどうなる!?恐怖に駆られて、思わず大声をあげた。


「バカ!やめて!私は藤原悠真の妻よ!」


悠真の目が、ぱっと開かれる。


星奈は息を切らしながら、もう後には引けないと覚悟を決めて続ける。


「本当に私は藤原悠真の妻よ!信じないなら調べてみなさい!藤原財閥って知ってるでしょ?横浜一の大財閥、権力も影響力もすごいのよ!悠真は……体が弱くて、家族の中で立場があまり良くないけど、それでも藤原家の本家の人間よ!私はその法的な妻、つまり藤原家の一員ってこと!私に手を出すってことは藤原家への侮辱よ!あの家は家名が何より大事なんだから、タダじゃ済まないわよ!」


悠真「……」


星奈は彼が反論しないのを見て、これはいけるかもとさらに勢いを増す。


「それにね、悠真は私のことを……すごく愛してるの!私のことしか見えてないくらい!私に手を出したら、絶対許さないから!」


悠真「……」


健太とボディーガードたち「………………」


車内外に、凍りつくような沈黙が流れる。


まるで空気が止まったかのようだった。


目の前に悠真本人がいるにもかかわらず、星奈は悠真のことなど全く知らないふりをしながら、「悠真は私を心から愛してる」なんて堂々と嘘をつく……その姿は、見ている方がいたたまれなくなるほどだった。


もし妻だと言い張るだけなら、悠真も多少は気に留めただろう。しかし、今や彼女の言葉の一つ一つすら信用していない。


悠真は唇をきつく結び、あからさまな嫌悪感を隠そうともしなかった。その虚勢に付き合う気もなく、冷たく命じた。


「連れて行け。」


「ちょっと、待って……」星奈は必死に抵抗したが、すぐに口を塞がれ、無理やり車から引きずり出される。


その時、健太がタブレットを手に急いで戻ってきた。ボディーガードに少し待つよう合図し、車内に滑り込むと、声をひそめて告げた。


「社長!見つかりました!高木先生が探していた女性……まさにこの方です。モニターをご覧ください!」


タブレットには、中遠通りで星奈が悠斗を優しくあやしている映像が映し出されていた。


悠真「……!」


彼は瞳孔を大きく開き、驚きと困惑の入り混じったまなざしで、外の星奈を見つめた。


まさか、高木一郎が必死に探していた、双極性障害を抱える子どもを落ち着かせられる“あの女性”が、星奈だったとは――


悠斗は悠真の親友の甥で、二年前の誘拐事件で心に深い傷を負い、以来同じ病を患っている。家族も名医も皆お手上げだった。


その悠斗を、星奈が――


もしこれまでの不審な行動がなければ、彼女の能力だけで即座に優ちゃんの世話を頼んだだろう。しかし今は疑念が消えない。


悠斗の件も、もしかしたら彼女が仕組んだ罠なのでは?自分と優ちゃんに近づくための芝居だったら――


星奈が横浜に現れてから、彼女を巡る出来事はどれも不可解だ。この女は、見かけほど単純ではない。


悠真は星奈が子どもを優しく抱きしめる映像と、今目の前で必死に抵抗している姿を見比べ、しばし黙考した末、静かに命じた。


「放してやれ。」


――もっと観察する必要がある。もし本当に俺たちに近づこうとするなら、必ずまた現れるはずだ。優ちゃんの前にこの女を連れていく前に、危険がないかどうか見極めなければ。


突然解放されて、星奈は呆然とした顔で車内をうかがう。


もしかして――「藤原悠真的な妻」っていうハッタリが効いたのか?


たぶんそうに違いない。家族の中で苦境にあると言われている悠真でも、藤原の名前はやはり強いのかも。


星奈は深く考える暇もなく、逃げるようにその場を後にした。


その様子を、少し離れた人混みの陰から、背の高い男がじっと見つめていた。彼の口元には不気味な笑みが浮かんでいる。


「ふっ……面白くなってきたな。」


車の窓が下がり、悠真の鋭い視線が星奈の消えていった方向と人混みを見やる。一瞬、何か違和感を覚えたものの、特に怪しいものは見つからなかった。


「どうかしましたか、社長?」と健太が尋ねた。


「いや、問題ない。」悠真は目を戻し、低く答えた。「行くぞ。」


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