二人のボディーガードが物音に気づいて振り向いた瞬間、背後から奇襲を受け、あっという間に叩きのめされて気を失った。
次郎は藤原星奈が無事にタクシーを捕まえて安全に去るのを見届け、ようやく胸を撫で下ろした。
もし兄の太郎に「ママを陰ながら守っても、どうしてもという時以外は絶対に正体を明かすな」と念を押されていなければ、さっきの時点であの二人組をとっくに叩きのめしていただろう。
大事なママに手を出すなんて、命知らずにもほどがある!
ママの安全を確認した次郎は、すぐにターゲットを切り替え、ママを叩いたあの女に仕返しをしに向かった。
森下美月は足首を捻り、顔をしかめながら地面に座り込んで、なんとか立ち上がろうともがいていた。
次郎は跳ねるように駆け寄り、遠くから大声で叫んだ。
「おーい!おばさん、どいてどいて!道を塞がないでよ!」
森下美月が振り向くと、小さな影がものすごい勢いで突進してくるのが見えた。
まるで小さな弾丸みたいだ。
もしこのままぶつかったら……
「ちょ、ちょっと待って!走るな、このガキ!やめ……きゃあっ!」
次郎は勢いよく飛びかかり、そのまま森下美月に体当たり。大きな衝撃で彼女を数メートルも吹き飛ばした。
小さいながらも力持ちの次郎は、祖父から柔道を少し習っている。
森下美月は痛みで涙がボロボロとあふれ出し、「ああっ!誰の子よこれ!親はどこにいるのよ!」と叫んだ。
次郎はわざとらしく近寄り、
「あらら、ごめんね、おばさん。ブレーキきかなかったや。大丈夫?ほら、手貸すよ。」
そう言いながら、わざと森下美月の怪我した手を思い切り踏みつけた。
「ぎゃあああ!」森下美月は悲鳴を上げ、次郎を振り払おうとする。
だが次郎は「あいたたっ」と言いながら、再び彼女の体の上に倒れ込んだ。
そして、偶然を装って小さな手で彼女の捻った足首をしっかりと押さえつけた。
「バキッ」という鈍い音が響く。
「ぎゃあああああ!」森下美月は目の前が真っ暗になり、激痛のあまり気絶してしまった。
次郎は素早く立ち上がり、手をパンパン払ってから森下美月を見下ろして冷たく鼻を鳴らした。
ママは「女性やお年寄り、子どもは弱い立場だからいじめちゃだめ」と言っている。
でも、こういう“女”は人間の皮を被った悪魔で、害虫で、毒サソリだ。
自分は女性を殴ったわけじゃない。
相手は女の悪魔をちょっと懲らしめただけだ。
遠くから車のライトが近づいてくるのを見て、次郎は森下美月に大きな変顔をして、すばやくその場を離れ、夜の闇に消えていった。
——
一方その頃、藤原星奈はようやく自宅に戻ってきた。
太郎と三郎はすでに次郎から「ママがいじめられた」という報告を受けていた。
藤原星奈の頬に残るはっきりとした手の跡を見ると、三郎はすぐに涙をこぼした。小さな手でママの腫れた頬をそっと撫でながら、しゃくりあげる。
「ママ……痛いの?……ううっ……」
藤原星奈は慌てて三郎を抱きしめ、優しく慰めた。
「痛くないよ、ママはちょっと転んだだけ。全然大丈夫、本当に痛くないの。」
三郎は彼女の首にしがみつき、肩に顔をうずめて泣き続ける。
太郎は目を真っ赤にしながらも、感情を抑えていた。ママが本当のことを言おうとしないのを察し、無理に問い詰めず、黙って冷蔵庫から氷袋を取り出し、そっとママの頬に当ててあげた。
藤原星奈は次郎の姿が見えないのに気づき、尋ねた。
「次郎は?」
「次郎はゴミ捨てに出かけたよ。もうすぐ帰ると思う。」と太郎。
藤原星奈は特に気に留めず、次郎の短気な性格をよく知っているので、自分の顔の傷を見て騒ぎにならないか心配だった。しばらく三郎をあやしてから「ちょっと洗面所に行ってくるね」と部屋を出た。
彼女が洗面所に入ると、ちょうど次郎が帰宅した。
「ママは?」
「洗面所だよ。」
太郎はすぐに次郎を自分たちの部屋に引き込み、ドアを閉めて小声で尋ねた。
「どういうことだったの?」
次郎は悔しげに答えた。
「ちょっと距離があって、何を話してたかは聞こえなかった!でも、派手な格好の女がボディーガードを連れてママを囲んで、ママを叩いたんだ!ママに聞かなかったの?」
「ママは自分でぶつけたって言ってる。話したくないみたいだから、無理に聞かなかった。」
「でも、もう俺がママの仇は取ったよ!しっかり仕返ししてやった!」
太郎は眉をしかめて言った。
「この街はママに本当に冷たいよね。帰ってきてから、ママが心から笑ったことがない。ママが本当に帰ってきた理由を調べて、早くこの街から連れ出せるようにしよう。」
「でも、ママが話してくれなかったらどうする?」
「自分たちで調べるしかない。これからママが出かける時は、次郎が引き続き影から見守って、絶対にママを傷つけさせないこと!」
「任せて!あ、今夜ママは居酒屋でお酒を売りに行ったよ。」
三郎が目を赤くしながら小さな声で言った。
「きっと僕たちの生活費を稼ぎに行ったんだよ……さっき、ママがスマホでバイトを探してるのを見た……ううっ……」
お金の話になると、太郎は胸が痛みつつもどうしようもなさを感じていた。自分の名義には何千億円もの財産があるのに、どうやってママに伝えればいいのか。前に二十万円渡しただけでママは驚いてしまったし……またうまく“自然に”ママにお金を渡す方法を考えないと。
——
洗面所で、温かいシャワーを浴びながら、藤原星奈は目を閉じて心のモヤモヤを洗い流そうとした。
誰とも関わっていない、やましいことは何もない。ただ、今夜のあの狂った女が人違いをしたに違いないと思うしかなかった。
それにしても、理由もなくビンタされ、顔まで傷つけられそうになるなんて……本当に最悪だ。
居酒屋ではセクハラ野郎に絡まれ、帰りにまた変な女に遭遇するなんて……
本当にツイてない。
風呂から出ると、藤原星奈は気持ちを切り替えることにした。
三郎は彼女のために熱々の素うどんを作ってくれていた。薬味のねぎと香菜、そしてふたつの丸い卵がのっている。
その温かさに胸が熱くなり、藤原星奈は三郎の頬にぎゅっとキスした。
「ありがとう、三郎!本当にママの宝物だよ!」
三郎は顔を真っ赤にして恥ずかしそうにうつむいた。でもママの頬の痕がまだ完全に消えていないのを見ると、また目に涙が溢れそうになる。
「ママ……今夜、一緒に寝てもいい?ママとくっつきたいの……」
太郎と次郎も、その言葉を聞いて期待に満ちた目で藤原星奈を見つめる。
藤原星奈は優しく微笑んでうなずいた。
「もちろんよ!今夜はみんなで一緒に寝よう!」
「やった!あとでママにおもしろい話してあげる!」
「僕はママの背中をトントンしてあげる!」
「僕はママを寝かしつけてあげる!」
小さな部屋はすぐに笑い声と幸せな空気で満たされた。
三人の息子たちが自分のそばにいてくれることに、藤原星奈の心は何とも言えない温かさで満たされながらも、ふと胸の奥がチクリと痛んだ。
まるで、満ちていたはずの心から、小さなかけらがいつの間にか抜け落ちてしまったような、そんな感覚。
この気持ちは、四人で幸せな時間を過ごすたびに、ふいにやってきては、かすかな痛みを残す。
まるで――何か大切なものが、気づかないうちに失われてしまったような。
それが何なのか、彼女には分からなかった。