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第19話 厄介ごとがやってきた


朝早く、藤原星奈は目を覚ましたが、自分が多方面から捜されていることなど知る由もなかった。


彼女が最初にしたのは、桜庭苑に電話して藤原悠真が戻ったかどうかを確認することだった。


またもや「出張中でまだ帰っていない」との返事に、星奈は苛立たしげにため息をついた。


離婚の話は一向に進まず、この先どうなるのだろうと気が重い。


気分が晴れないままベッドに横になり、スマホをいじって悠真の情報でもないかと探していたが、思いがけずネット上に溢れる「捜索依頼」の投稿を目にした——高橋家が自分を探しているのだ。


写真や名前こそ載っていなかったが、経緯の説明を見て、誰のことかすぐに分かった。


本来なら関わりたくなかった。横浜に戻ってきたのも悠真と離婚するためで、余計な問題はごめんだった。


だが、双極性障害を抱え、傷ついた小動物のような高橋悠斗のことを思い出すと、星奈の心は揺れた。子どもの心の病が自傷や自殺にまで発展すれば、取り返しがつかない。


山奥での五年間、三人の息子を守るために、彼女は子どもの心理学の本を数多く読んできた。資格こそなくても、経験と知識には自信があった。


せめて子どもたちのためにも、何かしてあげよう。星奈は病院に行くことを決意した。


彼女は三人の子どもたちに朝ごはんを用意し、メモを残して家を出た。


まさか、病院の入口で森下海と鉢合わせするとは思いもしなかった。


昨夜、居酒屋の非常階段での出来事を思い出し、星奈は気まずくなり、見つからないようにそっと通り過ぎようとした。


だが、森下海はすぐに彼女を見つけ、にやにやしながら近づいてきた。


「おや、これは小川幸恵さんじゃないですか?こんなところでまた会うとは、奇遇ですね!」


彼は下品な目つきで星奈の全身を舐めるように見ていた。


星奈は嫌悪感を押し隠し、できるだけ丁寧に言った。「友人のお見舞いに来ただけです。急いでいるので失礼します。」


横をすり抜けようとしたが、森下海はしつこく食い下がった。「友達なんて後にして、俺と遊んだほうが楽しいだろ?昨日はちゃんと話せなかったし、今日はたっぷり付き合ってもらうぞ。さ、いい所に連れてってやる!」


そう言って、彼は無理やり手を伸ばしてきた。


星奈はついに我慢できず、強い口調で言い返した。「やめて!近寄らないで。私たち、そんな関係じゃないでしょ!」


逃げようとすると、森下海は部下に合図を送り、二人の男が駆け寄ってきて星奈の口をふさぎ、問答無用で彼女をアルファードに押し込んだ。


「素直に言うことを聞けばいいものを……」森下海は満足げに鼻で笑いながら、森下美月に電話をかけた。


病室の森下美月は、星奈がまだ病院に来ていると聞いて激怒した。


自分のケガも、藤原悠真の出資取りやめも、悠真が距離を置いたことも、すべて星奈のせいにしたのだ。


「アイツ、よくものこのこと出てこられたわね!おじさん、あの女に思い知らせてやって!その顔を台無しにして!それから適当な連中に好き勝手させて、最後は海外に売り飛ばして!二度と私の前に現れないようにして!」


美月は電話越しに怒り狂って叫んだ。


森下海はその言葉を待っていた。美月の指示があれば、思う存分好きにできる。


「任せとけ、美月ちゃん!」そう言って電話を切ると、ニヤリとしながら車へ向かった。


車内で、星奈は必死に抵抗し、森下海がドアを開けた瞬間、思い切り叫んだ。「助けて!誰か助けて!」


病院の前は人通りが多く、何人かが異変に気づいて振り返った。


森下海はすぐに態度を変え、困ったような表情を作って大声で言った。「みなさん、誤解しないでください!私たち夫婦なんです。彼女、私の子を妊娠してるのに勝手に堕ろそうとしてるんですよ。だから家に連れて帰って説得しようとしてるだけなんです!」


そう言いながら、無理やり星奈を車内に押し込んだ。


「こんなにきれいな子が、なんであんな男と結婚したんだろう?」


「どうせ金目当てでしょ……」


周囲からそんなひそひそ声が聞こえ、森下海は得意げに鼻で笑い、ドアを閉めて外の視線を遮った。


車の中で、星奈の怒りに紅潮した顔を見て、森下海はますます興奮していた。顔を傷つけるなんてもったいない、この美しさは俺のものにしなくては——


「本当にきれいだな。怒った顔もそそるよ。今からたっぷり可愛がってやるからな」


下卑た笑みを浮かべて近寄ってきた。


「バシン!」星奈は堪忍袋の緒が切れ、思い切り彼の頬を打った。


「この女!俺に手をあげるなんて!」


森下海は激昂し、逆に星奈を平手打ちした。「生意気な!今ここで思い知らせてやる!」


彼はベルトを外し、ズボンのチャックに手をかけ、車の中で暴力に及ぼうとした。


星奈の目が鋭く光る。このまま黙ってやられるつもりはない。彼女の袖口から細い鍼が指先に滑り込む。相手を一生男にできなくする自信はあった。


だが、森下海はまるで気づかず、ズボンを半分ほど下ろして星奈に飛びかかろうとした。


星奈が鍼を握りしめ、今まさに動こうとしたその瞬間——


「ギィッ!」突然、運転手が急ブレーキを踏み込んだ。


強い衝撃で、無防備だった森下海は勢いよく前方に突っ込んだ。


「ドンッ!」という鈍い音とともに、頭をフロントガラスに激しくぶつけた。


「いてっ!バカヤロー!運転下手くそか!」と怒鳴りながら体を起こそうとしたが、その勢いで「ゴン!」と今度はハンドルに額をぶつけ、白目をむいてそのまま気を失った。


運転手は前方を凝視したまま、震える声で言った。「に、二代目……前……」


車の前方には、真っ黒なベンツが道を塞ぐように停まっていた。その威圧感は、まるで静かに獲物を狙う獣のようだった。


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