シュールズベリー伯爵夫人エレニア・カレン・ノーウィッチは、広間に一歩足を踏み入れた瞬間自分が場違いだと感じた。
グレイストン公の屋敷は帝都でも1.2を争う絢爛豪華さを誇り、広大な広間には数十のクリスタルシャンデリアが輝きを放っている。
招待された貴族たちも寄りすぐりだ。みな華々しく着飾り、ろうそくの光に宝石がきらめいていた。
それに引き換え――エレニアは壁に埋め込まれた鏡に写った自分を眺めた。
従女は久しぶりの女主人の晴れ舞台によく働いてくれた。
淡い金色の髪はゆるやかにカールさせて結い上げ、蔓を形どったエメラルドの髪飾りをつけている。ネックレスとイヤリングは小粒のエメラルドとダイヤモンドが連なった上品なものだ。
でも……これじゃあ、田舎娘だわ。
問題は着ているドレスだった。
手持ちで一番マシなドレスを選んだつもりだった。亡き夫であるアーサーが晩年過ごした田舎で晩餐会があった時に仕立てたドレスだ。
暗いセピア色のシルクに銀糸で花草模様が刺繍されたもので、私室で見た時はそれなりにマシに見えた。
喪明けなので派手すぎず、それでも26歳になる未亡人が舞踊会で着るのに相応しい豪奢なドレスを選んだつもりだった。
でも、なんだか――ろうそくの光に照らされると……麻袋をかぶったように見える。
顔を上げなさい、エレニア。なんのためにここに来たの!
エレニアは自分を鼓舞した。
そうだわ、自分のために。一歩を踏み出すために来たのよ!
「エレン!!エレンじゃない!!」
明るい声にエレニアは顔を上げた。
「ローラ!」
黒髪の小柄な女性が駆け足で向かってくる。
太陽をたっぷり浴びたマリーゴールドのような艶のある黄色のドレスを身にまとい、びっくりするほど洗練されている。
彼女と直接顔を合わせるのは6年ぶりだ。
「今はシュールズベリー伯爵夫人と呼ぶべきよね」
ローラがいたずらっぽく言った。
「そうですね、テンプルトン侯爵婦人。ごきげんよう」
エレニアはかしこまった調子でカーテシーすると二人は笑いあった。
彼女は数少ない友人の一人だ。同じ年に社交界デビューをして、母親の影に隠れながらワクワクとパーティーを眺めていた時に知り合ってからの長い付き合いだ。
お互いすんなり結婚が決まり、住む場所は遠くなってしまったが手紙のやり取りはずっと続けていた。
エレニアが夫の看病に付きっきりで、田舎の屋敷に長くいたときも明るい彼女の手紙には何度も励まされたのだ。
「アーサーのこと残念だったわね。お葬式に行けなくてごめんなさいね」
「いいのよ。子供もいるでしょうし。もう5歳でしょ」
「今日もパーティーに行けないってふてくされてるわ。いたずらっ子の子悪魔みたいよ」
「母親に似たのね」
「もぅ!!」
二人はクスクスと笑った。
10年前に戻ったみたいだ。エレニアは居心地の悪さが薄れていくのを感じた。
次の瞬間、広間中のざわめきが突然途絶えた。
「見て! 公爵の悪友よ」ローラが目を輝かせながらヒソヒソ声で囁いた。
エレニアは周りのレディたちの視線の先を追った。探す必要はなかった。
広間の入り口にひときわ目立つ3人の紳士が立っていて、広間中の視線を一心に集めている。特に女性方の。
どの紳士も背が高く、離れていても惹きつけられる華がある。
「グレイストン公爵、バーモント子爵、ヘンリフォード侯爵よ。エレン、あなた知ってる?」
エレニアは頷いた。
「名前だけ……初めて見たわ」
「金髪の一番背の高い方がグレイストン公爵。帝都で一番の花婿候補ね。眼帯の軍人さんはバーモント子爵。黒髪はヘンリフォード侯爵。三人は学友で一緒に戦争にも参加したのよ」
ローラは意味深な笑みを浮かべた。
「美形の悪友3人組ってわけ」
なるほど。確かに。
遠目でもわかる。全員が抜群にハンサムなのは間違いない。
公爵は昨年先代の公爵が亡くなられ、まだ若いのに爵位を継いだ方だ。するどい顔立ちに誠実そうな印象だ。濃い金色の髪をきっちりと編み込んでいる。白銀の正装がよく似合っており、品のある風貌をしている。
ブルネットの男は軍人らしく髪を短くまとめ、眼帯をつけていた。軍服に勲章が光り、自信に満ちた颯爽とした佇まいがある。
もう一人の黒髪の紳士はヘンリフォード侯爵だ。たしか名前は――何度も紙面を賑わせているので覚えている――フィリップ・メイル・ランカスター。
全身が黒い正装で、薄い青色のクラヴァットがどことなく危険な雰囲気を漂わせていた。
軽くウェーブのある艶のある黒髪をゆったりと後ろで結んでいる。
公爵とバーモント子爵が談笑している中、彼は物憂いげな様子でグラスを弄んでいた。
彼はまるで――黒豹のようだ。エレニアはひっそりと思った。
どんな状況でも、何食わぬ顔で木の上で優雅に毛づくろいをするツヤツヤの黒豹。
彼はレディ達に注目されているのを全く気にかけていないようだ。
「気をつけてね。あの3人、そりゃあもう女ったらしなんだから。」
それはそうだろう。まばたき一つで女性陣が足元にバタバタと倒れそうだ。今だって、未婚、既婚問わず女たちの熱い視線を集めている。
「あの紳士達の寝室の前には御婦人達が列を作ってるって噂よ」
「噂じゃなくて本当の話なんじゃない?」
「そりゃそうよ。なんでも、ヘンリフォード侯爵は一度に2人の女と楽しむらしいわよ」
ローラが声を一層ひそめる。
エレニアは眉を上げて、感心しませんね。の表情をした。母がよくしていた表情だ。
「どうやったらそんなことができるのよ」
「彼なら可能でしょ」
たしかに、彼なら女性2人とベッドで楽しめるかもしれない。
私の知らない、なにか特別なテクニックがあるのかも。だって……アレは1つしかないはずだし。
エレニアは自分の考えにギョッとして頭を振った。ちょっと浮かれすぎたのかも。
「目の保養よねぇ」
ローラがうっとりとため息を付く。
「ウィリアムがいるのに、そんなこと言っていいの?」
ローラがいたずらっぽく微笑んだ。
「私は彼らの寝室の列に並ばないもの。見て楽しむくらいいいじゃない」
二人はまたクスクスと笑った。
「私はそろそろ行かなくちゃ、ウィルが怒っちゃう。ね! しばらくこっちにいるんでしょ。買い物いきましょうよ」
ローラと次に会う約束をして別れてから、エレニアは古い知り合いと挨拶した。
全員が社交界への復帰を暖かく歓迎してくれたし、ドレスの事には一切触れなかった。
いい友人に恵まれたことにエレニアは感謝した。
エレニアは満足して、夜風にあたりに庭園に続くテラスに出た。
テラスからの景色は美しかった。
外から見ると、大広間はひときわ輝いて見えた。
広間全体がクリスタルとろうそくでキラキラと黄金に輝き、着飾った男女が音楽に乗ってクルクルと入れ替わる。宝石が七色に反射して夢のようだ。
そして、庭園では複数の男女のカップルが月明かりの元で愛をささやいている。
エレニアは懐かしく思った。
デビュタントの時もこんな光景を見てワクワクしたものだ。
結局、舞踊会は2回しか参加できなかったけれど。
すぐにアーサー出会いと婚約したからだ。たぶん、父とアーサーの間であらかじめ約束があったのだろう。
エレニアは苦笑した。
あの時の自分は本当に幼かった。アーサーは20も年上だった。
周りのデビュタントの中でも早々と婚約が決まってホッとしたのもあったし、名家のシュールズベリー伯爵に嫁ぐこと決まり両親も喜んだ。自分を誇らしく思ったものだ。
それからの結婚生活は想像していたものではなかったけれど。
アーサーは優しく理想の夫ではあったが、理想の結婚生活とは程遠かった。
結婚後すぐに夫は病に臥せり、長い闘病生活が続いた。
エレニアは献身的に看病をしたが、アーサーの気力はジリジリと尽きていった。
屋敷には死の暗い空気が立ち込め、使用人達の表情も重々しいものだった。
1年前に夫が息を引き取った時は、悲しくもあったがホッとしたものだ。
キラキラとした広間を見ながら頭を振った。
暗い結婚生活を思い出すのも、もうおしまいにしなきゃ。
その時、低いがよく通る声が闇から来た。
「シュールズベリー伯爵夫人ではありませんか」
ヘンリフォード侯爵だった。
月光でクラヴァットがひときわ輝き、ぼんやりと彼の整った顔立ちを照らしている。
「あなたは……」
エレニアは戸惑いながらカーテシーをした。
同時におかしさも覚える。どんな時でも礼儀作法は身についているものだ。たとえこんな美男子が目の前にいる時でさえ。
「ご紹介されたことがありましたか?」
エレニアは言った。紹介されていない男女が会話するのは少々マナー違反だ。
「ええ、昔に」
伯爵は悪魔めいた笑みを浮かべている。
私が舞踊会に出席したのは2回だけ。この方には会ったことはないはず。
「まぁ、いいでしょう」
エレニアは微笑んだ。
なんたって、私はもうデビュタントではない。
「このシーズンでお見かけするのは初めてですね」
侯爵は礼儀正しく言った。
「ええ。喪に服していましたから」
エレニアは自分の服を見下ろしたくなるのをこらえた。
「シュールズベリー伯爵のこと。お悔やみ申し上げます」
「ありがとうございます。ヘンリフォード侯爵。アーサーも喜んでいますわ」
「僕の事はフィルと呼んでください」
まさか。呼ぶわけがない。
ふいに笑みがこみ上げてくる。
「どうかしましたか?」
「いえ……」エレニアに吹き出すのを堪えながら言った。
「私のような女とあなたのような方が話しているのがおかしくて」
「『私のような女』とは?」
エレニアは肩をすくめた。
「地味で……」
「控えめです」
「古臭いドレスを着た……」
「流行に流されない」
「パッとしない未亡人」
「あなたの輝きは夜露のように穏やかで、静かに周囲を照らし皆を惹きつけるでしょう」
おやおや、女たらしっていうのは伊達じゃないわね。エレニアは感心したが口には出さなかった。彼を喜ばせるだけだ。
「このドレス、麻袋みたいでしょう?」
虚を突かれたのかフィルはフッと吹き出した。自然な笑みだった。すぐに礼儀正しく生真面目な表情を取り繕う。
「上等のシルクに見えますよ」
「帰ったら絶対に燃やすの。二度と着ることはないわね」
これは冗談ではない。幸いなことに、夫の残した遺産で生活に不自由はないのだ。
「それがいいでしょう」
二人は笑った。
「次は僕の番です。『あなたのような男』というのは?」
フィルは満面の笑みを浮かべた。自信家の笑みだ。
「公爵の悪友」
「あなたも伯爵婦人です。僕と会話しておかしいことはない」
「遊び人」
「問題でも?」
「女たらしと評判の」
「噂ですよ」
「寝室の前にレディが列を作っているとか……」
彼は肩をすくめた。
「最も狙い目な独身貴族」
「それはグレイストンですね。僕はありふれた男ですよ」
彼は芝居がかった様子でため息をついた。
「御婦人方の間で出回っている噂はそのくらいですか? 今までせっせと話題を振りまいて楽しい評判を積み上げてきたのに、残念だな」
「ねぇ、あなたは美辞麗句を聞き飽きていると思うし、あなたが聞いたことのない噂もお世辞も私は言えないわ」
「例えば……? 聞いてみない事には判断できませんね」
フィルは面白そうにニヤリとした。
「あなた大鴉みたい」
エレニアは負けじと言った。黒豹と思ったのは秘密にしておこう。彼を喜ばせるだけだと思ったからだ。
フィルは驚いた様子で声を上げて笑った。
「ありがとう。シュールズベリー伯爵夫人。僕を鴉に例えたのはあなたが二人目です」
クスクスと笑いながら続ける。
「僕はあなたが思っているよりずっと誠実な男かもしれませんよ。今も広間から逃げてきたのです。僕がデビュタントと目を合わせると彼女たちの母君から睨まれるし、なにもしないでいるとどこからともなく女性達が押し寄せてくる。彼女たちの評判を落とすわけにはいかないでしょう」
「そうでしょうとも」
フィルはおもむろに腕を差し出した。
「僭越ながら散歩にお付き合いいただけませんか? 中庭を一回り。大鴉がいるかもしれません。僕とじっくり比べられるかも」
思ってもみない申し出だったが、エレニアは考えるより先に返事を口にしていた。
「ええ。よろこんで」
エレニアが軽く頷くと同時に手を取られ、気づくと彼女は階段を庭園に向かって降りていた。
舞踊会の音楽が少しずつ遠くなっていく。
男性と腕を組んで歩くのは何年ぶりだろう。しかもこんな美男子と。
亡き夫の腕は細く柔らかかった。フィルの腕はがっしりと硬く、服越しにも鍛えた体躯を感じられる。
腕にかけた自分の白い手がなんだか少女のように小さく感じた。
庭をあてどなく歩きながら、どうしても横目でフィルの横顔をチラチラと見てしまう。巨大な満月が彼の横顔をハッキリ際立たせ、黒い髪が夜空に溶け込んでいた。
この人の瞳は灰色だわ。エレニアはぼんやり思った。灰色の虹彩に銀箔が散らされているように見える。
銀色の目をした黒豹ね。
エレニアはふぅっと息をはいた。
腕から伝わってくる彼の熱と、男らしい葉巻とワインの香りにつつまれていい気分だ。
女性達が寝室に列を作るのも無理はないわね、とエレニアは考えた。
並ぶつもりはないけれど……さすがにそれは飛躍し過ぎだ。
パッとしない未亡人から、奔放な未亡人にステップアップするのはまだ早すぎる。
エレニアは最先端のドレスを身にまとい、羽飾りの付いた扇子を意味深に振り紳士を誘惑する自分を想像した。うーん。まずは、扇子の振り方を練習しないと。
誘惑なんてしたことがない。夫とさえ、何が何だかわからないままに結婚したし、キスだって夫以外とはしたことはないのだ。
アーサーとの長く暗い結婚生活では、キスや誘惑に時間を費やす余裕はなかった。
礼儀正しいキスや夜の営みが少し、そのどちらもアーサーが病に臥せってからはなくなったものだ。
キスか……。寝室の相手は無理でもキスなら……。
エレニアはフィルの横顔をまじまじと見つめた。
彼は恰好の相手だ。今まで出会った中で一番美形だし、女性に対して乱暴を振るうようにも見えない。
それに私の1000倍はキスの経験があるはず。
誘惑してみる? どうやって?
二人は東屋の池の近く、人気のない場所で自然と足を止めた。
水面に反射した月明かりがチラチラと揺れている。
舞踊会の音楽はもうだいぶ遠くから聞こえていた。
そして、どちらかともなく唇をあわせていた。
思いがけず優しいキスだった。フィルの唇は柔らかかった。
素敵……
エレニアはその感触に身を委ね、彼の体温と呼吸を感じた。
服越しに彼の硬い体を感じる。エレニアは腕を首に回した。柔らかい髪が手をかすめる。わざと無造作に見せた髪型にしているのだろう。エレニアは彼の髪をくしゃくしゃにしたい衝動にかられた。それでもきっと、彼は魅力的に見えるはずだ。
「んん……はぁ……」
息をはくとさらにキスは深まった。大きな手がエレニアの腰に周り、優しく抱きしめる。
お互いの舌がからみあう。探るような舌の動きにエレニアはうっとりとした。
彼は火酒と蜜の味がする。
こんなキスは初めてだった。身体がとろけ相手にもたれかかるのもいい。
エレニアの体の芯が柔らかくなり、ずっと暗く冷え切った魂に小さな火が灯った。
コルセットの上から背中を撫でられるのを感じゾクゾクする。エレニアは更に身体を彼に押し付けた。
二人は息を荒らげて見つめ合った。フィルの瞳は銀が溶けたような熱を帯び、エレニアは頬を撫でる彼の手の感触を楽しんだ。
「もう一度……」
フィルは掠れた声でささやく。
エレニアは喜んでもう一度唇を重ね合わせた。今度は今までもよりも深く。
舌を重ね、相手を誘うように唇を噛む。
フィルの手が腰まで届き、スカートの布越しに彼の足を感じる。
「――ん……あぁ」
裸のフィルが、あの笑みを浮かべながらゆっくりと自分の脚をなで上げる想像をしてエレニアは思わず声が漏れた。
身体が自然に揺れ、エレニアの奥が潤う。
エレニアとフィルはゆっくりとダンスのように揺れながら長いキスを楽しんだ。
ふいにフィルが後ろに下がり二人は離れた。
二人の間に風が通り抜け。急に肌寒さを感じる。
エレニアは、何か重要なものを失ったような、ぽっかりとした空虚な感覚を抱いた。
エレニアはふと我に返り、探るように彼を見上げた。
フィルの表情は強張り、瞳は暗く冷え切っていた。
「ここまでにしましょう」
掠れた声だった。
「え、ええ。そうね……」
エレニアは急に恥ずかしくなり、乱れてもいない髪を直した。
「わ、私は……もう帰るわ。玄関まで送ってくださる?」
二人は無言で歩き出した。
満月は今は陰り、うす青い曇天が広がっている。
玄関までの道のりの中で、杓子定規な礼儀正しさはエレニアを落ち着かせていった。
素晴らしいキスだった。今まで生きてきた中で最高のキスなのは間違いない。
エロティックで情熱的で……しかも相手は並外れた美しさを持った男性だ。
腰に回された大きな温かい手の感触がまだ残っている。エレニアはふぅと息を吐いた。
今更ながら顔が熱くなってくる。一度消えかけた身体の奥に灯った火もまだ十分に暖かく感じる。
気まずい思いが少しずつ和らぎ、エレニアは満足感に包まれていた。
馬車を待つ間も二人は無言だった。
先に沈黙を破ったのはエレニアだった。
「今夜はありがとうございました」
「いえ」フィルは遠くを見つめたままつぶやくように言った。
エレニアはしっかりとフィルの瞳を見て言った。これだけは伝えなくては。
「ヘンリフォード侯爵。あなたは私のキスをお気に召さなかったようですが、私はとても満足しましたわ。素敵な時間でした」
「え……?」
フィルはぽかんと口を開けて、閉じた。
「これからの取っ掛かりになりそうなくらい」
エレニアはにっこりと微笑むと来た馬車に乗り込んだ。
「これから……って、あのっ!」
フィルを無視して馬車に出発の合図を出す。
彼のあっけにとられた表情が小さくなるにつれ、エレニアは笑みが大きくなった。
素敵な舞踊会だった。昨日の私だったら想像もつかないことがあった。
暗い馬車の中で、セピア色のドレスが鈍く輝いている。
このドレスは記念に取っておこう。決して着ることはないけれど。残す価値はある。
そして、今夜のような満月の夜に眺めては思い出すのだ。
本当に来てよかった。