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第6話 音楽の目利き


陽向は思いがけない申し出に一瞬呆然としたが、すぐに我に返って何度も頷いた。


「はい!はい、もちろん!……今すぐ休みをもらってきます!」


興奮気味に言い、古いスマートフォンを掴んで外に飛び出し、電話をかけに行った。


陽向の慌てた背中を見送りながら、遥菜は口元に微かな笑みを浮かべた。陽向は興奮しているとはいえ、きちんと仕事のことも考えている。やはり物事の優先順位は分かっているようだ。


電話を終えて戻ってきた陽向は、目を輝かせ、満面の笑みを浮かべていた。厨房で見習いとして働き始めてから、こんなに嬉しそうな彼を見るのは初めてだった。





一方、白鳥家。


光司は美桜を家まで送り届けた後、帰ろうとしたが、美桜に腕を掴まれて引き止められた。


「光司兄さん、せっかくだから少しお茶でもどう?父が新しい玉露を手に入れたの。光司兄さんの大好物でしょ……」


彼女は優しく頼むように言った。


光司は一度断ろうとしたものの、今の婚約関係を考えると、あまりよそよそしくするのも不自然だと思い、頷いた。


居間で腰を下ろしたところで、使用人がお茶を運んできた。だが、誰も予想していなかった事態が起きる。その使用人が突然腰からナイフを抜き、光司に襲いかかった!


一瞬の出来事、美桜が悲鳴を上げながら光司の元に飛び込む。


ブシュッ。


刃が肉に食い込む音が、思わず身震いさせる。


「美桜!」


光司は崩れ落ちる美桜を抱きとめ、瞬く間に鮮血で染まる彼女の服を見て、動揺を隠せなかった。





週末。


普段は騒がしい暮長町も、今日は珍しく静かだった。


特に、星野家が住む古びた長屋のあたりでは、多くの住人が窓から顔を覗かせていた。


遥菜は緊張した様子の陽向の手を引いて階段を下りていく。薄暗い廊下の壁は剥がれ、独特の臭いが漂う中、住人たちはどこか無関心な表情だ。


陽向は自分たちの貧しい住環境を見つめ、そして路地の入り口に停まっている場違いな高級SUVに目をやると、顔を赤らめた。


「本当に……彼が迎えに来てくれたの?」


小声で妹に尋ねる。


「うん」


遥菜は頷いた。


二人が車のそばに近づくと、ドアが開き、金髪で全身ブランド物に身を包んだ佐藤雄治が勢いよく降りてきた。彼は遥菜に敬意を込めて声をかける。


「遥菜姉さん、本当にここに住んでるの?!」


周囲を見回して、驚きを隠せない。


「何か問題でも?」


遥菜は淡々と答える。


「大ありだよ!」


佐藤は嘆いた。


「これ、どう見ても危ない建物だよ、姉さん!一体どんな生活してるんだ?俺のアドバイスだけど、音楽業界に入った方が絶対に稼げるよ!」


彼は遥菜の才能をよく知っている。白鳥家で埋もれていた彼女を思うと、もったいなくて仕方がない。


「興味ないから。」


しかし、ふと口調を変えて冗談めかして言う。


「でも、佐藤。占いの仕事を紹介してくれるなら、考えてもいいよ。」


佐藤は一瞬絶句。


さすが大物だ。この環境でも陰陽師としてやっていく気持ちは変わらないようだ。彼は苦笑しながら両手を合わせて降参した。


隣の陽向は緊張しきりで手に汗をかいていたが、二人の会話を聞いてさらに驚きを隠せなかった。


まさか妹が佐藤雄治と本当に知り合いだったとは!数々のアーティストを世に送り出した伝説的なプロデューサー、まさに自分の憧れの人だ。


「紹介するね、私の弟・星野陽向。」


「陽向くん、よろしく!」


佐藤は満面の笑顔で手を差し出す。


陽向は慌てて手の汗をズボンで拭い、緊張しながらも憧れの人と握手した。


「ど、どうも、よろしくお願いします!」


声が震えていた。


「車で話そう!」


佐藤は二人のためにドアを開けた。





レストラン


佐藤はまず基本的なことをいくつか質問した。初めは陽向も緊張で口ごもっていたが、音楽の話題になると一変。目を輝かせ、理論やスタイル、作曲への考えを自信満々に語り始めた。その様子は、先ほどまでの遠慮がちな姿からは想像できない。


遥菜はコーヒーをゆっくり飲みながら、その様子を見守っていた。今の陽向はまさに眩しいほどに輝いている。やっぱり、彼は生まれついての音楽に向いていると確信した。


食事が終わり、陽向がトイレに立つと、遥菜は佐藤に尋ねた。


「どうだった?」


佐藤は目を細めて満足げに微笑む。


「最高だよ!この雰囲気、この才能、まさに求めていた逸材だ。ただ……」


「ただ?」と遥菜。


「基礎訓練が足りない。ちゃんとした専門学校で学ばせる必要がある。俺が一番いい先生を用意するけど、あとは本人次第だね。」


「お金はかかりますか?」


後ろから緊張した声がした。陽向が戻ってきて、顔色が少し青ざめていた。音楽学校の費用がどれだけかかるか、身にしみてわかっている。うちにはとても払えない。


佐藤と遥菜が振り向く。


佐藤はすぐににこやかに陽向の肩を抱いた。


「心配しなくていいよ!うちの事務所と契約してくれたら、学費は全部俺が面倒見る。その代わりうちのアーティストに楽曲を書いてくれ!」


「はい!やります!」


陽向は即答した。さっきの会話で、佐藤の本気と誠実さを感じていたからだ。


遥菜は腕を組み、口元に微笑を浮かべて黙っていた。心の中ではすでに計算を始めていた。


「それで……陽向、バラエティ番組に出る予定とかある?」


遥菜が尋ねる。


「今のところはまだ。明日はまず、事務所で契約とボーカルテストだよ。」


佐藤は少し間をおいて遥菜を見つめ


「遥菜姉さんも良かったらうちに遊びに来ない?」


できれば彼女にも事務所に顔を出してもらいたい。もしかしたら、その気になってデビューしてくれるかもしれないからだ。


遥菜は笑って首を振る。


「ごめん、明日は用事があるの。」


明日は高橋美紀の叔父さんの家を見に行く予定だった。


佐藤はがっかりした大きな犬のように、しょんぼりと兄妹を見送った。


車が遠ざかると、助手が小声でささやく。


「佐藤さん、まさか……星野さんのこと好きなんじゃ?」


佐藤は即座に助手の頭を軽くはたいた。


「何言ってんだよ!それよりも彼女を拝めなきゃ!大物になるに決まってる」





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