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第七話


最近、陽葵は毎日配信していた。


「あなたの後ろに」と名乗るファンは、配信のたびに必ず現れ、一日で三百万円もの投げ銭をしてくる。十日で三千万円、一ヶ月なら……。


陽葵は考えるのも恐ろしい。配信プラットフォームの手数料を差し引いても、自分の手元に残る額は相当なものだった。


彼女は慌てて「あなたの後ろに」にメッセージを送った。


「今まで応援してくれて本当にありがとう。でももう十分だよ。これ以上ギフトは送らなくても大丈夫。配信を観てくれるだけで私は嬉しいから」


だが「あなたの後ろに」は、またもや豪華なギフトで応じてきた。


【画面に手を伸ばせないこの無力感。お父さん、行方不明になった娘だよ。本当に私のこと覚えてないの、パパ!】


【ははっ、俺なんてさ、残高200円しかないのに、何者なんだ俺は!】


【全部、無駄な片思いだったんだな!】


――みんな冗談やネタで盛り上がっていた。


陽葵はもう何を言ったらいいのかわからない。


歌っている最中に、歌詞も間違えてしまうほどだった。


コメント欄はさらに大騒ぎ。


【証明する!うちの配信者は生歌だ!】


【投げ銭が多すぎるって思ってるでしょ、じゃあ私が代わりに受け取るよ!これ私のアカウント!@¥%¥@¥¥】


【私も混ぜて!#¥%#¥】


【参加希望】


【百人分加わる!】


ようやく配信が終わり、「あなたの後ろに」からは返事がなかった。


その頃、彼女が気づかない場所で――


男は東京の夜景を見下ろしながら、スマホ画面の中の明るい笑顔をじっと見つめていた。


女の顔を、指でそっとなぞる。陶酔と愛しさが入り混じる表情で。


昨日、彼は調べて彼女がすでに離婚し、今は自由な身だと知った。


一度彼女を失ったが、もう二度と手放すつもりはない――



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

今日は、彼女にとって新しい職場の初日だ。


陽葵は早めに「エンジェルナンバー3」に到着した。


マネージャーがフロアや更衣室を案内してくれる。


その後、彼女はバンドと今夜の曲を合わせることにした。


夜が深まるにつれ、「エンジェルナンバー3」にはどんどん人が集まってくる。


「ねえ、蒼空、なんだか浮かない顔してるな」


友人たちに誘われて、灰崎蒼空は渋々飲みに出てきていた。


ここ最近、灰崎グループの事業がなぜか次々とトラブルに見舞われていた。


家では宮崎華恋が騒ぎ立て、会社も問題山積みで、蒼空はすっかり気が滅入っていた。


友人はそんな彼を飲みに誘い、気晴らしも兼ねて情報を探っていた。


「会社、大変らしいな」


東京の上流社会は、噂がすぐに広まる。

灰崎グループのトラブルも当然知れ渡っていた。


今日の飲み会は、蒼空を慰めるふりをしつつ、内情を探るのが目的だった。


「誰かに狙われてるんじゃないか?」


皆が勝手な憶測をしていた。


蒼空はその意図を見抜き、にこやかに答える。


「業務の波だよ。全部コントロールできてる」


他の連中がどこまで信じているかは分からない。


さらに、もう一つ話題が持ち上がる。


「それにしても、離婚したって聞いたぞ?」


蒼空が結婚していた平凡な家柄の女性のことは、皆知っていた。


突然の離婚の知らせに、皆は驚きながらも納得していた。


彼らは名家の出で、家柄を何よりも重視する。蒼空の元妻には家も後ろ盾もなく、運よく瀕死の蒼空を助けたことで、ずっと彼のそばにいただけだった。


蒼空自身も、元妻には多少の恩は感じつつも、今の自分の立場ではもう不要だと思っていた。離婚は正しい選択だと、友人たちは祝福していた。


だが、蒼空はどこか浮かない顔をしていた。


「まさか、あの女に未練でもあるのか?」


陽葵のことを好きかって? 冗談じゃない。


彼女があんなにも冷たく自分に別れを告げ、ケイル夫妻の前で自分を辱めたことが許せないだけだ。


勝手に態度を変える女なんて、好きになるわけがない!


そのとき、不二子がゆっくりとステージに現れる。彼女が登場すると、店内は一気に静まり返る。どれだけ彼女を見慣れていても、その美しさには誰もが息をのむ。


不二子は簡潔に告げる。


「今夜は新しいシンガーが来てくれています。皆さん、桔梗を歓迎してあげてください」


陽葵が選んだ名前は「桔梗」。


桔梗の花と言葉――「永遠に忘れない愛」が好きだからだ。


賑やかなバンド演奏の中、彼女は黒い光沢のあるセットアップに、黒い模様入りの仮面をつけ、星のように輝く瞳と鮮やかな赤い唇でステージに飛び乗った。


ウェーブのかかった長い髪が、躍動的に揺れる。


「準備はいい?みんな、行くよ!」


ステージで跳ねながら、何度も客席を煽る。


彼女はステージのスーパースターであり、女王だった。


熱いメロディと、セクシーでハスキーな歌声が「エンジェルナンバー3」に最初のクライマックスをもたらす。


蒼空は突然立ち上がり、ステージで踊る彼女を信じられないように見つめた。


どうして彼女がここに? そんなはずはない!


「どうした、蒼空?」

松下家の御曹司が、不思議そうに聞く。


蒼空は状況を飲み込めず、まさかここで陽葵に会うとは思いもしなかった。


彼女は一体何をしているんだ。

あんな格好で、ステージで男たちの前で踊るなんて!


怒りでグラスを飲み干し、テーブルに叩きつけると、そのままステージへ突き進む。


こんな場所で彼女が男たちに見せびらかすなんて、絶対に許さない!


「どけ、どけ!」と、ステージ前で彼女をいやらしく見ている男たちを押しのける。


片手でステージに跳び乗ると、音楽がピタリと止まった。


陽葵も驚く。まさかここで蒼空に会うとは――本当に腐れ縁だ。


陽葵は腕を組み、冷ややかに蒼空を見据える。


「ここで何してるんだ」


あら、ちゃんと私だと分かったの?


それは予想外だった。


以前、蒼空と一緒にいた頃は、いつも清楚で大人しい服装だった。


こんな大胆な格好も、濃いメイクも初めて。それに仮面までしているのに。


それでも彼は見抜いたのだ。


もうバレたのなら、陽葵も隠すつもりはなかった。


「見ての通り、歌ってるのよ」


歌? こんな短いスカートで、派手な服装と濃いメイクで、あんな風に踊って――


「恥というものはないのか!」と彼は怒鳴る。


陽葵も怒りを隠せない。


不二子がゆっくりとステージに上がり、二人の間に割って入る。


不二子は蒼空のことをよく知っていた。

彼は「エンジェルナンバー3」の常連客だったからだ。


「灰崎様、うちの桔梗が何か失礼をしたのでしょうか?」

不二子は陽葵を守るように彼女の前に立つ。


「関係ない、どいてくれ!」


陽葵は、ここで騒ぎを大きくしたくなかった。


もううんざりだった。彼女はすぐに踵を返し、裏方へと早足で向かった。


蒼空は逃がすはずもなく、そのまま裏方まで追いかけてきた。


陽葵は仮面を外し、メイクを落としている最中、彼に腕を掴まれる。


「放して!」


陽葵は全身で拒絶する。


彼を拒む。


彼女がステージで楽しそうに踊り、多くの男たちに見られているのは平気なのに、彼が少しでも触れれば、これほど嫌悪する。


「出ていけ!全員、今すぐ出ていけ!」




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