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第79話


嵐は一瞬手を止めたが、すぐにさらに強く彼女を抱き寄せた。

唇が彼女の髪をかすめ、額の端に羽のように軽く触れる。


「今は俺がいる。」


その言葉は四度目の雷鳴にかき消された。


彼女は目を閉じ、雨音と鼓動が交じり合う暗闇の中で、嵐の薬指が再び自分に触れるのを数えながら、やがて深い眠りに落ちた。


朝の陽ざしがレースのカーテン越しに寝室を照らす頃、先に目を覚ましたのは嵐だった。


彼は腕の中でまだ眠っている陽葵を見て、

彼女はコアラのように手足をしっかり絡め、頬を彼の胸に押し当てて、穏やかな呼吸をしていた。


嵐はそっと動き、彼女を起こさずに起き上がろうとしたが、ふと自分のパジャマの前が濡れているのに気づいた。


眉をひそめ、指でその濃い色の布を摘んでみると、少し冷たかった。


「陽葵。」


嵐は声を潜めて、くすっと笑いながら呼びかけた。


「もしかして昨夜……」


陽葵はぼんやりと目を開け、その疑わしいシミを見た瞬間、完全に目が覚めた。


勢いよく起き上がり、乱れた髪を逆立て、まるで怒った猫のようだった。


「ち、違う!それは偶然よ!」


断固として言い張りながらも、耳が見る見る赤く染まっていく。


「私は……」


嵐はゆっくりと身体を起こし、わざとその濡れた部分を平らにして彼女に見せた。


「よく眠れたみたいだな。」


よだれまで垂らして。


「それは汗よ!」


陽葵は苦し紛れに枕を抱きかかえ、まるでそれで説得力が増すかのように言い張った。


「夏は汗をかきやすいんだから!」


「そうか。」


嵐は眉を上げ、もうそれ以上追及しなかった。


嵐はとうとう笑い出し、彼女の乱れた髪をくしゃくしゃと撫でた。


「俺の汗ってことにしよう。」


陽葵はぷいっと不満げにベッドを飛び降り、スリッパも履ききれずに慌てて部屋を飛び出した。

パジャマのズボンにつまずきそうになりながら。


嵐は彼女の逃げる背中を見送り、くしゃくしゃのパジャマをもう一度見下ろして、さらに笑みを深めた。


すぐにキッチンからは、いつもの三倍は大きな鍋や食器のぶつかる音が聞こえてきた。


誰かさんが、全く気まずさなんて感じていないことを証明しているようだった。


嵐はゆっくりと後を追い、ドア枠にもたれて、慌ててインスタント麺を用意する陽葵を見つめていた。


「なあ、」


突然嵐が声をかける。


「今度また雷が鳴ったら……」


陽葵は振り向きもせず、カップ麺の容器を机にガチャンと置いた。


「次はないから!」


「いや、」


嵐は彼女に近づき、顎を彼女の頭に乗せた。


「パジャマは何枚でもあるし、いくら濡れても構わないから。」


陽葵の耳は真っ赤になったが、今回は言い返さなかった。

立ち上る湯気をじっと見つめながら、口元にゆっくりと微笑みが浮かぶ。


そうだ。


「もうすぐお盆だね、嵐、実家帰るの?」


お盆は祖先を祀るだけでなく、家族が集まる大事な時期。嵐なら、実家に帰るはずだ。


嵐はうなずいた。お盆は大切な行事で、成宮家に帰らなければならなかった。


「陽葵は?お盆、どう過ごすの?」


陽葵は少し寂しそうだった。


自分の両親がどこにいるのかも、祖先が誰なのかも分からない。

毎年のお盆は、ずっとバイトで過ごしていた。


ここ二年ほどは、灰崎グループが安定したので外で働く必要もなく、灰崎の母と一緒に、灰崎家の祖先を祀っていた。


でも今は、離婚してしまった。


今年のお盆は、もう法事やお墓参りの準備をしなくていい。


しばらく、どう過ごせばいいのか分からなかった。


だけど、すぐに答えが見つかった。


陽葵がぼんやりと窓の外の雨を眺めていると、テーブルの上の携帯が震えた。


「もしもし、不二子さん?」


陽葵は電話に出て、少し驚いたような声を出した。


不二子さんから電話がかかってきたのは、これが初めてだった。


「陽葵、お盆の予定はある?」


電話の向こうで、不二子の落ち着いた声が響く。


「エンジェルナンバー3」が少し懐かしくなった。

早く元気になって、またステージで歌いたい。


陽葵は空白のカレンダーを見つめた。水道光熱費の支払いメモ以外、何の予定もなかった。


「まだ……」


「今年は特別なお盆祭りを開催するんだけど、人手が足りなくて。手伝ってくれない?」


「ぜひ!」


陽葵は思わず即答した。


離婚して初めてのお盆、行く場所もなく困っていたところだった。


予定が決まると、不二子は「近々戻ってきて、一緒にリハーサルをしよう」と言い、そのまま電話を切った。


同じころ、灰崎家の本宅の和室では、空気が張りつめていた。


お盆が近いので、灰崎は実家に戻り、母と法事の相談をしていたが、思いがけず結婚を迫られることになった。


「蒼空、もうすぐ三十歳なのよ。そろそろ跡継ぎのことを考えてもいい頃よ。」


灰崎美恵は一束の写真を息子の前に差し出した。

一枚一枚が名家の令嬢たちの詳細なプロフィールだった。


灰崎蒼空は頭を抱えた。


「母さん、今は結婚なんて考えたくないよ……」


灰崎美恵は澄んだ瞳でじっと蒼空を見つめ、圧力をかけてくる。


母はとても厳しい人で、蒼空は幼い頃から母の笑顔をほとんど見たことがなかった。


いつも「灰崎家の誇りと名誉」を口にし、努力と向上心を求め、堕落や享楽を許さなかった。


父が亡くなり、かつての栄光や誇りが踏みにじられても、母は失態を見せなかった。

むしろ蒼空に「灰崎家再興の責任と重み」を説き、努力と復讐を促した。


彼はそのすべてをやり遂げた。今度は跡継ぎを産めと言うのか……


蒼空は心底疲れていた。


「あなたのためなのよ。最近あなたの女性関係の写真や噂がネットで広まって、家の名誉に傷がついた。今一番いいのは、釣り合う家柄の縁談を進め、灰崎家の名声を挽回し、立派な跡取りを残すことよ。」


灰崎蒼空は写真に目もくれず、細い指で湯呑みの縁をなぞっていた。


「母さん、今はそういう話をする時じゃない。」


「じゃあ、いつならいいの?」


美恵の声は一気に鋭くなる。


「モデルとのスキャンダル写真がネットで騒がれて、広報部がなんとかしたけど、取締役会ではあなたのリーダーシップが疑問視されているのよ!」


蒼空のこめかみに青筋が浮かぶ。


あれほど注意していたのに、なぜあんな写真が撮られ、ネットに流出したのか。


成宮グループからの圧力も解決していないのに、今度はスキャンダル、さらに母親の強引な介入。


蒼空は最近ついていない、近いうちに神社へお参りに行こうと考えた。




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