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第86話

床一面に冷たい金色の破片が散らばり、陽葵の孤独な姿を静かに映し出していた。


玲子は美咲の腕の中でかすかに震え、唇には鮮血が滲んでいる。

その姿は、傷つきながらもなお純粋で無垢な勝者のシルエットのようだった。


本当に、玲子を甘く見ていた。


これが玲子の本当の顔だったのだ。


陽葵は決して愚かではないが、やり方において玲子には遠く及ばない。

玲子はほんの数言で、陽葵のイメージを皆の前で崩し、悪者に仕立て上げてしまった。


滑稽なことに、陽葵は今後玲子とは距離を置き互いに干渉しないつもりでいたのに、玲子は最初から陽葵を許す気などなかったのだ。


三葉がため息をついた。


「一条、今回は私も君の味方にはなれない。」


皆が玲子の周りに半円を描いて集まり、それぞれ違う表情で中央にぽつんと立つ陽葵に視線を注いでいる。


陽葵はうつむき、肩をこわばらせていた。

どうしようもない悔しさが今にも溢れ出しそうだった。


その時、背後から軽やかな足音が響き、張り詰めた沈黙を破った。


「ずいぶん賑やかね?秘密の会議でもしてるの?」


不二子の艶やかな声が響く。

彼女は彩子とともに部屋に入ってきた。


不二子の鋭い視線は、まず敵意を持った皆の立ち位置を一瞥し、次に孤立無援の陽葵に、そして最後に陽葵の足元に落ちた。


そこには、いくつかの金色の破片が散らばっていた。それはまさに高価な鳳凰の残骸だった。


不二子の表情が目に見えて険しくなり、まるで嵐の前触れの空のように急に暗くなった。


「誰がやったの?」

眉間に皺を寄せ、信じがたい冷たい声で問いかけた。


その言葉は静かだったが、重く心に響いた。


短い沈黙の後、火が付いたように非難の声が一斉に上がり、矛先は陽葵に向けられた。


「こいつだ!」

「鳳凰を壊して、玲子に罪をなすりつけようとした!」


陽葵は眉を上げ、冤罪に対するやるせなさが顔に浮かぶ。

説明したいが、ここは監視カメラの死角で、誰が鳳凰を壊したか証拠はない。


皆が玲子の味方をする中、陽葵は泣き寝入りするしかないようだった。


いっそ弁償してしまおうか。

しかし、玲子にこんな仕打ちを受けるのは、どうしても納得できなかった。


陽葵は不二子に助けを求めるような視線を送る。


不二子はすぐに騒がしい非難に応じなかった。


彼女の視線は人垣の端、顔色の優れない玲子に正確に向けられる。


玲子は無意識に藍色のヘアバンドを握りしめ、力の入りすぎた指先が白くなっていた。


「玲子」


不二子が感情の読めない声で呼ぶ。


「あなたもその場にいたのでしょう?どういうこと?」


玲子の体がわずかに震えた。


不二子の視線を避け、地面の破片と陽葵を一瞬見て、すぐに目を伏せる。

声はわざと柔らかく、ほとんど懇願するようだった。


「それが、私もどうしてこうなったのかよく分からなくて……たぶん陽葵さんがうっかり壊したんじゃないかと思います。でも、不二子さん」


玲子は涙ぐんだ目で見上げた。


「もう鳳凰は壊れてしまいましたし、これ以上追及しても仕方ないと思います。どうか、もうやめにしませんか?」


玲子の曖昧な態度、特に最後の「やめにしませんか?」という一言は、まるで不二子の疑念に鍵をかけたかのようだった。


不二子は玲子の逃げるような視線と手に握られた藍色のヘアバンドを見つめ、わずかに表情を強ばらせた。


唇の端には、皮肉な笑みさえ浮かんでいる。


不二子は陽葵に視線を移す。

その目は複雑で、まるで「運が悪かったわね」と言っているようだった。


陽葵はその意味を悟り、苦く力のない笑みを浮かべた。


幸いにも、陽葵は事前に不二子に玲子と絶交したことを伝えてあった。

もし玲子が友人としてこの言葉を口にしていたら、信憑性はさらに高かっただろう。


その場合、不二子も玲子の味方になり、鳳凰を壊したのは陽葵だと思ってしまったかもしれない。


この緊迫した空気の中、ずっと冷静に様子を見ていた彩子が、ふいに口を開いた。


「ふふっ」


彼女は笑い、以前と変わらぬ明るい笑顔を浮かべながらも、不思議と冷たさを感じさせた。


彼女はゆっくりと破片のそばに歩み寄り、靴先で一番大きな鳳凰の尾羽をつついた。


「たかが鳳凰の飾りじゃない。」


皆の視線が一斉に彩子に集まる。


彩子は顔を上げて全員を見渡し、無邪気な表情で笑みを浮かべるが、その目は少しも笑っていなかった。

かえって彼女の邪悪さを際立たせていた。


「家には、こういうものがいくらでもあるの。ひとつ壊れたら、また新しいのを飾ればいいだけで、そんなに大騒ぎすること?」


彩子の何気ない言葉は、湖に投げ込まれた石のように皆の心に波紋を起こした。


「いくらでもある」だなんて、まるでお金持ちみたいな言い方だ……


玲子はその言葉を聞いて、張り詰めていた神経が一瞬だけ緩み、そっと息を吐いた。


だが、彩子は急に話のトーンを変え、その明るい笑顔を消し去り、無邪気さの中に背筋が凍るような鋭さを見せた。


「でもね――」


わざと声を伸ばし、氷のような視線で玲子の顔を刺す。


「私は、物事がはっきりしないのが何より嫌いなの。特に、誰かが濡れ衣を着せられるのは絶対に許せない。」


彩子は首をかしげ、地面の破片と様々な表情の皆を見渡し、最後に不二子の顔に視線を止めた。

口調はまるで天気の話でもしているかのように軽いが、その内容は玲子の心を凍らせた。


「ちょうど私、とても権威のある痕跡鑑定の専門家を知ってるの。こういう証拠品の扱いは得意だから、彼に来てもらって、このガラス片に残っている指紋を調べてもらいましょう。今日ここにいる人たちの指紋と照合すれば、真実はすぐに明らかになるはず。そうすれば、誰も逃げられないし、誰も冤罪を受けることもない。」


「指紋鑑定」という言葉が、雷鳴のように玲子の頭を直撃した!


さっきまでの僅かな希望は、一瞬で恐怖に押しつぶされた。


玲子は彩子を見上げ、その目には信じられない驚愕と隠しきれない恐怖が浮かんでいた。


まるで彩子の言葉が解決策ではなく、彼女を奈落に突き落とす判決のように感じられた。


再び、空気が固まる。


皆が、新入りのドラマーである彩子を見つめていた。


今まで、彩子は可愛くておっとりした妹のように思われていたが、どうやらその正体は謎めいていて、かなり強い人物のようだし、手腕もあるらしい。


だが、これは陽葵の本当の姿を皆に見せるチャンスでもある。


「いいわ、私は彩子の提案に賛成!」


「鑑定してもらえばいい。誰かが脅して罪をなすりつけることもなくなる。」


皆の視線は意識的に陽葵に向けられる。


陽葵は最初から最後まで落ち着いていた。

顔色一つ変えず。


逆に玲子の顔からは血の気が一気に失せていった。


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