成宮家の旧邸には、百年の名家が積み重ねてきた威厳と古びた空気が漂っていた。
書斎には、重厚なベルベットのカーテンが外界の喧騒を遮り、暖炉で燃える松の木が時折パチパチと静かに音を立てているだけだった。
上質なシガーの芳醇な香りと、ほんのりとした沈香の清らかな香りが交錯し、権力の中枢ならではの独特な雰囲気を作り出している。
成宮家当主・成宮野二は、広い机の後ろに堂々と座っていた。
歳月と権勢が刻んだ深い皺、鋭い鷹のような目つきで、両側のソファに座る親族たちをじっと見渡す。
彼らは、家族の海外鉱山に関わる重要な買収案件と、間近に迫ったお盆の祭りについて話し合っていた。
空気は重く、皆一言一句を慎重に選びながら発言していた。
だが、嵐だけはその場にそぐわない雰囲気を漂わせていた。
彼は一人用のベルベットソファにだらしなく身体を沈め、まるで他人事のように、長い指先でスマートフォンの画面を無言で滑らせている。
画面の冷たい光が彼の顔を照らしていた。
画面は複数のクリアな映像に分割されており、角度はさまざまだが、すべて「エンジェルナンバー3」の映像だ。
彼は左下の映像をタップし、そこには陽葵が映っていた。
ちょうどリハーサルを終えたばかりらしく、シンプルなTシャツ姿で、額には細かな汗が浮かび、舞台裏の給水機の前で水を飲んでいる。
映像は鮮明で、彼女の微かに震えるまつ毛や水を飲むときに動く喉元まではっきり見える。
嵐の視線は静かに画面に固定され、指先が時おり画面を滑るたびに映像がなめらかに切り替わるが、陽葵の姿は常にその中央にあった。
彼女は仲間と小声で話したり、疲れて壁にもたれて目を閉じて休んだりしている……。
暗闇に隠れ、どこにでもある監視カメラは、まるで見えない蜘蛛の巣のように彼女をしっかりと包み込んでいた。
エンジェルナンバー3だけではない。
彼らの住まいの周辺にも、すでに無数の見えない目を張り巡らせていた。
書斎では一人の年長者が慎重に買収リスクを分析していた。
成宮野二はわずかにうなずき、机の上を指で軽く叩いていた。
それは彼が考えごとをするときの癖だった。
突然――
嵐は組んでいた長い脚をすばやく下ろし、獲物を狙う豹のように体を緊張させた。
その目は一瞬で氷のように冷たく光る。
画面の光が急に強張った彼の顔を照らし、引き締まった顎と固く結ばれた唇を浮かび上がらせる。
その身から発せられる凄まじい威圧感が、書斎の重苦しい空気を一気に吹き飛ばした。
彼はもう画面に目もくれず、ソファから立ち上がる。
高級なスーツの上着が勢いよく舞い上がる。
「お父さん、皆さん、失礼します。」
その声は低く冷たく、まるで氷のようで、誰にも視線すら送らず、先ほどまでの議題などまったく関係ないかのようだった。
言葉が終わるより早く、嵐は踵を返し、書斎の重厚なドアへと大股で歩き出した。
成宮野二の机を叩く指も、ぴたりと止まる。
彼は嵐を呼び止めることはしなかった。
どうせ、この息子を引き留めることなどできないと分かっていたし、この場で呼べば父子ともに面目を失うだけだ。
「このクソガキ…」
心の中で毒づき、怒りで胸が波打つ。
だが、長年家を率いてきた冷静さで、表面上は何事もなかったように感情を抑え込んだ。
書斎は静まり返る。
成宮野二の表情は変わらず、すべてを掌握した者らしい余裕に満ちている。
彼は周囲の息を潜めた一同を見渡し、落ち着いた、むしろ余裕すら感じさせる声で言った。
「続きをどうぞ。」
さきほど中断された者に促し、まるで先ほどの突然の退室などなかったかのように振る舞った。
嵐の姿は、すでに薄暗い廊下の奥に消えていた。
彼は早足で外に向かいながら、携帯を取り出して素早く番号を押す。
電話はほとんど瞬時に繋がった。
「ゼロに、エンジェルナンバー3で待機させろ。」
「かしこまりました。」
簡潔に命令を下し、電話を切ると、彼はがらんとした、しかし贅沢で重苦しい回廊を速足で抜け、ガレージへ向かった。
ずらりと並ぶ高級車。
広大なガレージの中で、いつも使っているマイバッハに向かいかけた嵐は、ふと足を止め、真っ赤なフェラーリへと進路を変えた。
=====
エンジェルナンバー3では、まだ騒動が続いていた。
玲子の顔は紙のように真っ白で、ヘアバンドを握る手が激しく震え、そのヘアバンドも細かく揺れていた。
だめだ、バレてはいけない――
重苦しい沈黙の中、玲子が動いた。
彼女は驚きと悲しみが入り混じったような表情を浮かべ、まるで壊れたのが自分の大切なものだったかのようにしゃがみ込む。
慎重に、鋭い破片を避けながら、一つ一つ、床に散らばった鳳凰の残骸を拾い集めていく。
動作はゆっくりと丁寧で、指先が冷たい金属やクリスタルのかけらに触れるたび、まるで祈るかのような仕草だった。
誰も知らない。
彼女の心臓は今、胸の中で激しく跳ねていた。
指先が破片に触れるたび、完璧な計画に確認の印を押しているような気分だった。
指紋?もちろん残る。
だが、それこそが彼女の狙いだった。
後の鑑定で自分の準備した言い訳がどれほど完璧に通るか、想像も容易だった。
自分はただ善意で後片付けを手伝っただけ。
陽葵の指紋が消えている?それは陽葵がやましい気持ちから、壊した時にわざと拭き取ったに違いない!
この事故自体が陽葵の仕組んだ罠で、自分を陥れるための苦肉の策。
その理由?同僚たちには前から言っていた。
陽葵は自分を嫌っているし、悪口も言われたし、コーヒーもかけられた。
だから、陽葵が自分を陥れようと何をしても不思議じゃない、と。
玲子の頭の中には完璧な論理の輪が高速で出来上がっていく。
彼女はこみ上げる笑みを必死で抑え、最後の青みがかった尾羽のかけらを拾い上げ、両手で大切にすべての破片を元の木箱に収めた。
そして、その「善意」と「証拠」を抱えて、玲子は人ごみの中を迷わず進み、常に明るい笑顔を浮かべている彩子のもとへと向かった。
「彩子さん……」
玲子の声は意図的に柔らかく、
「見て、こんなに粉々になって……陽葵、不注意すぎるよね……」
そう言いながら、玲子はわずかに首を傾げ、横目で顔色の悪い陽葵を素早く見やった。