「破片は早く片付けたほうがいいですよ。床に散らばったままだと、誰かが怪我をしたら大変ですから。」
玲子は箱を両手で差し出し、まるでゴミの山ではなく、真心そのものを抱えているかのように、控えめで誠実な姿勢を見せた。
皆の視線が彼女の動きに合わせて、破片でいっぱいの箱へと移り、そして何も言わずにいる陽葵へと流れる。
空気には微妙な変化が生まれていた。
玲子の行動にはどこか違和感があるようで、一体どこがおかしいのか、すぐには言葉にできなかった。
だが、彩子はその箱を受け取ろうとはしなかった。
アイラインが美しく描かれた猫のような目が、面白そうに玲子を上から下まで眺め、口元が徐々に上がっていき、ついには、艶やかでありながら毒を秘めた芥子の花のように咲き誇る笑みとなった。
そのあまりにも鮮やかな笑顔に玲子が不安を覚えたその時、彩子は少し身を乗り出し、玲子と真正面から向き合った。
親しげな仕草だが、声は大きすぎず小さすぎず、周囲の誰もがはっきりと聞き取れる絶妙なトーンだった。
「ふふっ、玲子さん、そんなに一生懸命拾い集めて……。もしかして、全部の破片にあなたの指紋が残ってるんじゃない?」
彩子はわざと間を空け、玲子の一瞬で固まった表情を楽しみながら、すべてを見抜いたようなゆっくりとした口調で、決定的な言葉を吐き出した。
「もしかして、あとで言い訳も考えてた?例えば、『この破片の指紋は、私が親切に片付けた時についたものだ』とか。ついでに、『陽葵さんがわざと壊して、指紋をあらかじめ拭き取った』なんて暗にほのめかしたり?」
ガーン。
玲子の頭の中で何かが爆発した。
彩子の言葉は、彼女が心の中で何度も練習していた台本をひとつ残らず打ち砕いた。
顔から血の気が一気に引き、唇までが小刻みに震えた。
箱を抱える指が思わず強張り、関節が白く浮き出るほどだった。
今やこの箱は、持つことも捨てることもできない、熱すぎる芋のようだった。
足元から背筋にかけて、氷のような寒気が一気に駆け上がる。
「ち、違う、私はただ……」
先ほどまでの彩子の明るい笑顔は、潮が引くように冷たくなり、すべてを見抜いたような冷たい弧を描いた。
「玲子さん。」
彩子の声は大きくはないが、針のように鋭く、ひとつひとつの言葉が皆の耳に突き刺さる。残酷なまでに落ち着いた口調だった。
「さっき指紋を調べたいって言い出したのは、本当の犯人を探したかったからよ。」
猫のような冷たい目で玲子を見つめ、ゆっくり頭を傾ける。
「まんまと、罠にはまってくれたわね。」
一瞬、場の空気がすべて消えたような静寂が訪れた。
玲子の身体は硬直し、箱を抱える手が激しく震え、中の破片が耳障りな音を立てた。
それはまるで、玲子の崩れ落ちる心の音のようだった。
彩子は薄く嗤い、薄暗い廊下の広告灯の下、その笑い声は不気味に響いた。
周囲の同僚たちの顔には、驚きから、理解、そして怒りと軽蔑が浮かんでいた。
唇を動かし、彩子はこの巧妙な心理的罠を、白日の下にさらけ出した。
「指紋検査なんて、やろうと思えば簡単なこと。」
彼女の視線は再び、顔面蒼白の玲子に向けられる。まるで罠にかかった獲物を眺めるように。
「本当は、犯人を自白に追い込めなかった時の次の一手だったの。」
わざとらしく間を取り、玲子の目から最後の希望が消え去るのを見届けると、一語一語、はっきりと言い放つ。
「でも、もう必要ないみたい。」
「だって――」
彩子は冷たい勝利の笑みを浮かべ、裁きの刃のような視線で玲子を貫く。
「本当の犯人は、もう自ら罠にかかってくれたから。」
玲子は目の前が真っ暗になり、彩子の一言一言が脆い神経を打ち砕いていく。
あれは脅しではなく罠で、自分から飛び込んだのだと気付いた。
腕の中の箱、死ぬほどしがみついた箱の縁には、既に自分の指紋がべったりと付いている。
さっきまでは逆転の切り札だと思っていたそれが、今や自分を断罪する証拠となった。
恐怖と、完全に騙された恥ずかしさが津波のように襲い、全身が冷たくなり、唇が震えても、声はうまく出せなかった。
ただ喉から嗚咽のような音が漏れるだけだった。
彩子は本当に指紋を調べる必要すらなかった。
ただ「指紋」という餌を投げれば、本当にやましい犯人は自ら喰いついて、証拠に自分の痕跡を残すのだ。
玲子のさっきまでの熱心な演技、助けているだけだと必死にアピールした言葉――今思い返せば滑稽で、自滅以外の何物でもなかった。
玲子は、みんなを騙したのだ。あんなに彼女を庇っていたというのに。
彩子は、今にも倒れそうな玲子を見つめ、その絶望しきった目を見て、冷たい笑みをさらに深くした。
完璧な狩りを終えた捕食者のように、優雅でありながら容赦がなかった。
「違う、違うの!」
玲子は激しく首を振り、最後の望みにすがるように叫んだ。恐怖で声が尖りきっていた。
「誤解よ!私は本当に親切で……みんなが怪我しないようにと思って……」
必死で言い訳しながら、玲子は周囲の顔を見回し、誰かの助けを求めた。
だが、返ってくるのは冷たい沈黙だけだった。
リハーサルで音を外した時のように、誰も彼女を庇ってはくれなかった。
無言の拒絶に玲子が息苦しさを覚え、必死にもっとましな言い訳を考えようとしたその時。
クラブのぼんやりとしたネオンの中から、背の高い姿が大股で近づいてきた。
嵐だ。
整った顔にはほとんど表情はなく、その鋭い視線が群衆を貫き、箱を抱えて青ざめる玲子に真っ直ぐに向けられていた。
彼は一人ではなかった。
半歩後ろには、ダークグレーのパーカーに黒縁メガネをかけた若い男がついてきていた。
男は銀色のノートパソコンを抱えており、青白い画面の光が、薄暗い廊下でひときわ目立っていた。