「きっと桔梗ちゃんの周りも全部監視してるに違いない!」
彩子はますます確信したように叫んだ。
嵐はようやく少しだけ反応を見せ、ゆっくりと顔を彩子に向けた。
怒りで頬を赤らめた彩子の顔を、静かな眼差しで見つめている。
その目には温度もなければ、指摘されたことへの苛立ちもなく、ただ淡々と秘密を共有するように彼女を見ているだけだった。
反論もせず、感情の起伏も一切見せない。
まるで彩子が言う変人や怪物は自分ではないかのように平然としている。
まさに兄のことを一番よく知っているのは妹だ。
嵐は本当に、その通りのことをしていた。
エンジェルナンバー3だけでなく、二人が暮らす団地にも監視カメラは張り巡らされている。
片手をスラックスのポケットに無造作に入れたまま、嵐はもう一方の手で突然何かを彩子に投げた。
銀色の軌跡が空中を描く。
彩子は反射的に手を伸ばして受け取る。
ひんやりとした金属の重みが手のひらに伝わる。
手の中を見て、彼女は思わず固まった。
それは、ずっと欲しかった、嵐に何度も頼み込んできた限定版スーパーカーの鍵だった。
これまで嵐は様々な理由をつけて断り、ガレージで埃をかぶらせるだけだったのに、なぜ急に態度を変えたのか?
……彩子は夢にまで見た鍵を握りしめたまま、一瞬何も言えなくなった。
その大きな猫のような瞳には信じられないという思いが浮かんでいる。
この人、今日はどうかしてるの?何かの冗談?それとも……
嵐の眼差しは相変わらず淡々としていて、鍵を握った彩子の手元に一瞬だけ視線を落とすと、薄く唇を開いて静かに言った。
「今日は、よくやったな。」
彩子は眉を上げ、すぐに理解した。
これは、ご褒美だ。
さっき玲子の一件で、誰よりも早く陽葵を守りに飛び出した、その行動への褒美だった。
まったく、どこまでも不器用で分かりづらい男!
怒っていいのか笑っていいのかわからない複雑な感情が一気にこみ上げてきて、彩子の顔は赤くなったり白くなったり。
彼女はその冷たい鍵をぎゅっと握りしめ、今にも壊しそうなほど力を込めて嵐の方へ向き直った。
心の中で無言のツッコミ。
「車をくれても、買収されるもんか。桔梗ちゃんは私のもの!」
不二子はそんな二人の無言のやりとりを見つめていた。
特に、むくれているのにどこか嬉しそうな彩子の様子が可笑しくて、思わず艶やかに髪をかき上げながらくすりと笑う。
彼女の眼差しには、面白そうだという色がにじんでいた。
その時、陽葵がシンプルなバッグを手に休憩室から出てきた。
嵐はすぐに迎えに行き、自然な動きで陽葵のバッグを受け取り、優しく持った。
同時に、さりげなく体を陽葵の方に傾け、腕を彼女の左肩の後ろに回す。怪我をしている右腕には触れないように気を配りながら、もしもの時はすぐ支えられるような守る姿勢をとった。
「行こうか。」
嵐は少し声を低くし、穏やかさをにじませて言った。
「うん。」
陽葵は小さく頷き、嵐にそっと支えられながら二人で出口へ向かう。
「ちょっと、待ってよ!」
彩子は思わず後を追おうとする。
手の中ではまだ鍵が熱を持っている。
でも、車に買収されるつもりはない。しっかり陽葵を見張らなきゃ!
「彩子。」
不二子が素早く彩子の腕を掴み、ぐいっと引き止めた。
彼女は艶やかな笑みを浮かべながら、徐々に賑やかになってきた店内を指差した。
「そろそろ開演よ、ステージに行かなきゃ。」
彩子は引き止められたまま、嵐が陽葵を守りながら通路の奥へ消えていく姿をじっと見送り、思わず足を踏み鳴らした。
ドラマーとして採用されたのは桔梗ちゃんに近づくためだったのに、かえって遠のいてる気がする!
可愛らしい顔が悔しさと不満で真っ赤になり、大切なものを奪われた子供のように不二子に向かってツンとした声を上げた。
「不二子さん!あなたまで彼らの味方なの?みんなグルなんだから!」
=====
玲子はネオン瞬く街を歩いていた。
その時、ポケットの中のスマホが激しく震え、鋭い着信音が彼女の沈黙を破った。
病院からだった。
玲子の心臓が激しく波打つ。
苛立ちと、どこか抑えきれない期待が入り混じった複雑な感情が込み上げてくる。
深呼吸して、込み上げる憎しみを必死に抑えながら電話に出た。
わざと焦りをにじませた声で、
「もしもし?先生?おばあちゃんは……」
「松本さんですか?すぐに病院に来てください!」
電話越しの看護師の声は慌ただしく、切迫感に満ちていた。
「おばあさまの容体が急変して、今心肺停止状態です!ただいま救命中です、急いで!」
「すぐ行きます!」
玲子は電話を切ると、顔から憎しみの色が消え、冷ややかな静けさが広がった。
手で顔をぬぐい、乱れた表情を拭い去ろうとした。
=====
陽葵と嵐は並んでエンジェルナンバー3を出た。
嵐は陽葵の横に立ち、絶妙な距離感を保ちながら、吹き付ける風からも彼女を守るように位置を取る。左肩の後ろにさりげなく腕を回し、ぶつかったりしないように、まるで何度も練習したかのような自然な動きで守っていた。
駐車場の明かりは薄暗い。
陽葵は自分の少し古めかしい黒いSUVをすぐ見つけた。
まるで忠実な相棒のように静かにそこに止まっている。
だが、彼女の目はその隣にある、ひときわ目立つ真っ赤な車に惹きつけられた。
フェラーリだった。
流れるようなシルエット、低くて猛々しい車体、まるで燃える炎のように駐車場の薄暗い中で存在感を放っている。
鮮やかな赤いボディはライトに照らされて宝石のような光を反射し、曲線のすべてが高級感とスピード感を放ち、陽葵の質素なSUVとは鮮烈なコントラストをなしていた。
「わあ……」
陽葵は思わず息を呑み、目を見開いた。圧倒的な美しさとインパクトに心を奪われ、無意識に感嘆の声を漏らす。
「LaFerrari Aperta……すごい、これいったいいくらするんだろう?」
その声には、ただ純粋な感嘆と桁違いの価格への驚きだけがあり、羨望や欲しさは微塵もなかった。